第46話 打ち上げ兼祝賀会

 終演後の打ち上げで、僕ら二人は皆からの祝福を受けた。ある者は涙を浮かべながら、またある者は優しい笑顔で僕らの婚約を祝ってくれた。


 弦哉など、すっかり酔っぱらった勢いで号泣し出すので、僕は思わず笑ってしまった。あんなに僕と奏佑の関係に反対していた弦哉がすっかりこんなに丸くなるなんて。かくいう弦哉だが、東京の芸術大学に進学したものの、指揮科に進学したというから驚きだ。あんなにピアノ以外のことに関心を持つな、と言っていた弦哉がね・・・。人も年月が経てば随分と変わるものだ。今は修士課程で指揮法の勉強を続けているそうだ。


 彩佳は大阪の音楽大学に進学し、今はピアノの先生として活躍している。僕との関係はすっかりと終わり、今では大学時代に付き合い始めた彼氏と結婚し今日は二人で僕らのコンサートに来ている。その旦那さんというのが声楽科の出身で、オペラが趣味の僕や奏佑とすっかりオペラ談義に夢中になっていた。


「でもさ、まだ日本では男同士結婚できない訳じゃん? 結婚っていってもどうするの?」


と、東京の大学を卒業し、今は僕らの母校となる高校で教師をしている隼人が僕らに尋ねた。


「確かにそうだよ。奏佑、その辺、どうするつもりなの?」


僕も隼人に言われて気が付いた。


「うん。そうだよ。こっちではまだ結婚は認められない。でも、俺も律もドイツを拠点にしているし、このままいけばドイツでの永住権も取れそうなんだ。だから、ドイツの役所に婚姻届は提出するよ」


「なるほど、そういう方法を取るんだね」


と隼人が納得する。僕もそれなら納得だ。僕は日本だろうがドイツだろうが、奏佑と結婚できるのであれば、場所は問わないもの。そもそも、ベルリンはすでに僕の第二の故郷のような場所になっている。


「ま、いずれこっちでも結婚が認められるようになったら出すつもりでいるけどね」


奏佑はそう言いながら、夢中で刺身のお造りを頬張っている。


「奏佑ってお刺身そんなに好きだったっけ?」


僕が口いっぱいに刺身を頬張る奏佑に笑いながら尋ねると、


「だって、ドイツじゃ生魚なんか食べる習慣ないからさ。今の内にたくさん食べとこうと思って。やっぱり食事は和食がいいよ」


と、今度は唐揚げにがっついている。


「あはは、確かにそうだよね。でも、日本にいるのは今日だけじゃないし、あまり食べ過ぎてお腹壊したら嫌だよ」


「そんなに俺の腹はやわじゃねぇよ」


奏佑はそう言いながら、脇目も振らずに料理に手を伸ばしている。僕は半分呆れながらも、そんな奏佑が愛おしくてそっと奏佑の肩に頭を預けた。


「ねぇ、今日、帰ったら楽しいことしよ?」


「楽しいこと? って、ゲームか何かか?」


奏佑は食べ物に夢中でちっとも僕の意図することをわかってくれない。


「ちっがうよ。もう、知らない」


僕がいじけてプイっと横を向いたのを彩佳がクスリと笑った。


「相変わらず、律くんは甘えん坊なんだね」


僕は顔を赤くして反論した。


「僕が甘えん坊だったことなんて今まで一度もなかったけど?」


「よく言うわ。ずっと津々見さんにべったりだったでしょ? 今みたいに」


 あー、もう彩佳ったらいらないことばかり言って来やがって! 僕は一気にビールを流し込んだ。


 その夜、すっかりほろ酔い状態で気持ちよくなった僕らは、居酒屋から近い僕の実家に泊まることにした。僕の部屋に二人で機嫌よく肩を組み合いながら入った。この部屋にこうやって二人で上がり込むのも久しぶりだ。


 ようやく一休みできそうだ。そう思った瞬間、奏佑がベッドの上に僕を押し倒し、服を脱がせにかかった。


「奏佑! ちょっといきなり何するの?」


そう叫ぶ僕の唇を奏佑は奪った。


「楽しいこと、したいんだろ?」


奏佑がそう僕の耳元で囁く。クソ! わかっていたのかよ。だったらそう言ってくれればいいのに。奏佑はそのまま僕を優しく激しく求め続けた。奏佑の素肌を直に感じながら、僕の身も心も奏佑の中に溶け込んでいくのだった。


 翌朝、すっかり寝坊した僕ら二人に母さんが目玉焼きを作って待っていてくれた。母さんの目玉焼きを食べるのもいつぶりだろうか。僕と奏佑は並んで手を合わせると、遅い朝食を食べ始めた。奏佑にはコーヒーが、コーヒーをいまだに飲めない僕には牛乳が出されている。僕らは仲良く目玉焼きを互いに食べさせ合いながら、久しぶりに二人でゆっくり過ごす実家を満喫していた。そんな僕らの様子を見ていた母さんがポツリとつぶやいた。


「二人とも本当の夫婦みたいね」


「夫婦みたい、じゃなくて、これから夫夫ふうふになるの」


「ああ、そうだったわね。で、どっちが奥さんになるつもり?」


僕らは顔を見合わせた。


「どっちだろ?」


「そりゃ、夜のポジション的に律が奥さんじゃね?」


「は? 何で夜のポジションがここで関係あるんだよ」


軽く言い争いを始める僕らをニコニコ眺めていた母さんは、


「でも、二人とも心は女の子なんでしょ? 性転換手術もゆくゆくは受けたいと思っているの? でも、それだけはやめてちょうだいね。律がいくら女の子になりたくても、身体にメスを入れるのだけはお母さん、心配で賛成できないわ」


僕は思わず飲みかけの牛乳を噴き出しそうになった。


「あのねぇ! 僕は心は男のままなの! 別に女の人の心だから奏佑が好きなわけじゃなくて、僕は男として男の奏佑が好きなの! LGBTの勉強始めるのはいいけど、するんだったらもうちょっとちゃんと勉強してよね!」


 居間の本棚にはLGBTやらセクシュアルマイノリティやら、そんなタイトルのついた本がずらりと並んでいる。母さんは母さんなりにあれ以来僕を理解しようと努力してくれているが、どこかがいつも抜けているのだ。


 そんな僕と母さんを見て、奏佑は食卓を叩きながら大笑いしている。もう、笑いごとじゃないんだってば!

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