第六章 大発表
第33話 売れっ子ピアニスト
奏佑と出会ってから一年が経過した。僕は高校二年生になっていた。公約に掲げた通り、とうとう僕は地区大会を突破し、全国大会への切符を手にした。全国の舞台では、弦哉や彩佳と相まみえ、なんと僕は第二位に入賞した。第一位は弦哉だった。僕は結局弦哉に勝つことはできなかったが、もう弦哉は僕に奏佑と別れろ、とは言わなかった。僕はこの結果をもって、高校三年生で芸大を受験することを両親に認めてもらった。
一方の奏佑だが、こちらは僕の全国二位どころの騒ぎではなかった。なんと、出場を宣言していた国際ピアノコンクールに約束通り出た彼は、若干十七歳にしてそのコンクールを制してしまったのだ。これに対して、あの花崎響輝を超えるフィーバーが奏佑には訪れた。テレビの密着取材やら、雑誌の特集記事やら、奏佑は一躍時の人となった。そのアイドル顔負けの端正なルックスから、「ピアノの王子様」などとくすぐったい愛称で呼ばれるようになった。
奏佑には次々にリサイタルやオーケストラとの共演の話が舞い込み、すっかり売れっ子ピアニストの仲間入りを果たしたのだが、奏佑は至って冷静だった。
「ほとんどのやつらは俺のピアノじゃなくて、俺の顔が好きなだけだ」
と奏佑は愚痴をこぼしていた。だが、有名になるということは、ただ単に人々に好かれるだけではない。奏佑の元には大量のファンレターと共に、あることないこと誹謗中傷する酷い手紙も中には混ざるようになっていた。「顔だけで売ってるピアニスト」だの、「下手なくせにロビー活動でもしたに違いない」だの、その内容はくだらないものばかりだった。だが、その中に「ホモ野郎」という文言を見つけた僕らは顔を見合わせた。
「これ、やばくない?」
心配する僕を奏佑は笑い飛ばした。
「よく見てるじゃん。俺と律の関係、そんなに有名なのかな?」
「そんなわけは・・・。あ、でも、奏佑は前の高校のみんなの前で僕が彼氏だって宣言したし、もしかしたら・・・」
「あいつらがこんな手紙寄越すわけないだろ。もし、俺に言いたいことがあるなら直接言いにくるさ」
奏佑は全く心配していない様子だったが、僕はどうしても気懸りだった。もしこれが、花崎響輝の時のようなスクープにでもなったとすれば、世間的にどんな反応になるのかと考えると、僕は急に恐ろしくなった。
僕はそれからというもの、外ではなるべく気を遣い、奏佑のただの「友達」を装うように気を付けていた。そんな中、奏佑は次第に何か物思いに沈むことが増えて来た。僕がその理由を尋ねても、奏佑は頑なにその理由を僕に語ろうとはしなかった。だが、何かに思いつめたような表情を時折見せる奏佑を僕は心配した。もしかして、僕らの関係がバレたのではなかろうかと思ったが、どうもそんな話も聞こえて来ない。
その上、ここ最近は奏佑がいつも僕との肉体関係を頻繁に求めて来るようになった。奏佑に抱かれるのはもちろん大好きなのだが、今までは月に数回だったものが、会えば必ず求められるようになり、その急な変化にも僕は戸惑いを覚えた。奏佑は「律が可愛すぎて抱きたくなったんだ」と言うばかりだった。そんなに急に僕が色っぽくなったとでもいうのだろうか。別に僕は奏佑と出会った時からそんなに変わってないと思うのだが。
そんなある時、三日間にわたるリサイタルを終えた終演後、ホールの裏手の誰もいない暗がりで、奏佑は僕に手を出して来た。
「ちょ、ダメだって! ここ、外だから。家に帰ってからやろ?」
僕はそう言って奏佑を止めようとしたが、奏佑は激しく僕を求め、僕の服の中に手を忍ばせ、僕の胸を揉みながら熱烈なキスをした。僕はその必死の抵抗も虚しく、思わず、喘ぎ声を上げて反応してしまった。と、その時、茂の方から何やらカメラのシャッター音のようなものが聞こえた気がして僕は暗がりを振り返った。だが、暗くてよくわからない。
「ん? 律、どうかしたか?」
奏佑が当たりを見回す僕にそう尋ねた。
「ううん。何でもない。でも、やっぱりここでやるのはまずいよ。誰かに見られたらいけないし」
「こんな所、誰も来るわけないだろ? 本当に律は心配性だなぁ。じゃあ、もうこのまま俺んちに来いよ。今日もお前を抱きたい」
「シーッ! 声が大きいって」
「いいだろ。他のやつに聞かれるなら、聞かれたときまでの話だよ」
と奏佑は言うなり、思いっ切り大声で
「俺は霧島律が好きだーーー!」
と叫んだ。夜の静寂に奏佑の大声が一際大きく響き渡った。
「奏佑!」
慌てる僕を奏佑はもう一度抱きしめると、僕の唇を奪い、僕からそんな奏佑を止めるチャンスを奪ってしまった。奏佑の溢れんばかりの僕への愛に、僕はもうされるがままだった。こうやって奏佑に愛されていると、世間の声などどうでもよくなって来る。
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