第22話 全国一位の座

*本エピソードで登場するリストのピアノ・ソナタについては、こちらで紹介しています。

https://kakuyomu.jp/users/hirotakesan/news/16816700427715541954




 本選がスタートした。昨日の予選の中から厳選された者だけが立てるこのステージ。昨日よりも更にハイレベルな演奏が繰り広げられる。だけど、何も心配はいらない。もう、僕の奏佑が、僕だけのものになった奏佑が負けるわけがない。


 本選の出場者も後数人を残すだけとなった。とうとう、奏佑の出番だ。奏佑の表情は心なしか緊張しているように見えた。僕は食い入るように奏佑を目で追う。すると、奏佑は、客席の僕に目を留めた。僕と目が合う。僕は静かに頷いた。奏佑も頷き返す。次の瞬間、奏佑の顔からは先ほどまでの緊張感は消え、あの地区大会の時のような微笑が口元にたたえられた。もう、大丈夫。僕はそんな確信を得た。


 奏佑が本選のために選んだ楽曲。その選曲を知らされていなかった僕は驚いた。僕が常々一番好きなピアノ・ソナタだと話していた、リストのピアノ・ソナタロ短調を奏佑が弾き出したからだ。奏佑のやつ、結局僕のために弾くつもりだったんじゃないか。そんな奏佑が僕はいじらしかった。


 果たして、奏佑の演奏は今大会の中で断トツだった。地の底から響いて来るような下行音形を、静かに、だが明らかに闘志を漲らせて弾き始めた。一転、曲調が変化し、激しいオクターブによる第一主題が始まる。そこからがこの曲の真骨頂だ。まるで、奏佑の感情が発露するかのように、ピアノが唸りを上げる。強弱やテンポのコントロールが完璧で、曲の細部まで研究し尽くされた緻密さ。だが、その中に圧倒的な音楽への愛が溢れ出す。いや、これはただの音楽への愛ではない。奏佑の愛する音楽を通した僕への愛だ。ああ、これこそ奏佑だ。僕が憧れた奏佑のピアノだ。音楽を心から愛してやまない奏佑の真骨頂だ。


 万雷の拍手と観客総立ちのスタンディングオベーションが奏佑の演奏の大成功を物語っていた。三十分に渡る大曲を弾き終えた奏佑は光る汗を白いハンカチで拭うと、僕の方へニッと笑いかけた。僕は満面の笑みを奏佑に返した。


 今年の全国の頂点に輝いたのは、津々見奏佑、僕の初めてできた恋人だった。第一位に彼の名前が呼ばれた瞬間、僕の目から大量の涙が溢れ出した。優勝した本人よりも僕の方が派手に泣きじゃくっているのを、周囲の人は面白おかしく笑っていた。そんな僕を、奏佑はそっと抱き寄せて僕の頬に軽くキスをしてくれた。


 奏佑は、僕だけのものだ。他の誰のものでもない。今日のリストのソナタは僕のためだけに捧げられた奏佑からの愛の告白だったのだ。


 僕は、燦然と金色に輝く優勝メダルを下げた奏佑と、一緒にホールを出た。僕は、このまま家に帰る予定で宿も取っていなかったのだが、


「明日まで俺に付き合ってくれないか」


という奏佑のリクエストを快諾することにした。奏佑が二人分予約し直してくれたホテルに、僕らは並んで歩き出した。奏佑と一緒に一夜を過ごす。僕は嬉しさと照れ臭さが入り混じった気持ちで、全身が高揚するのを感じた。奏佑の方をチラっと見ると、彼も彼で顔が高揚しているのが街灯の光が彼を照らす度に浮かび上がる。僕らはあえてホテルに着くまで手もつながなければ、キスもしなかった。もし、ちょっとでも互いに触れたら、それだけで僕らは理性を失ってしまうような気がしていた。


 ホテルの部屋に入るなり、奏佑は僕をベッドの上に押し倒した。そのまま風呂も入らず、服も脱がずに僕の上に折り重なろうとする奏佑を僕は止めた。


「待って! 奏佑の服がよれよれになっちゃうよ」


「じゃあ、律が脱がして」


奏佑はそう僕に囁いた。僕は耳まで真っ赤になった。そんな、いきなり服を脱がせろだなんて・・・。僕が躊躇していると、


「お願いだ。律に脱がしてもらいたいんだ」


奏佑は僕に優しくそう囁いて僕の頭を撫でた。そろそろ僕の我慢も限界だ。僕の股間は今にも爆発しそうなほど膨れ上がっている。もう、こうなったらやけっぱちだ! 僕は目をつむりながら、奏佑の服を脱がした。あの水泳の授業の時にあれほど僕のものにしたいと欲した奏佑の身体が今や本当に僕の目の前にあった。でも、やっぱり見るのが恥ずかしくてたまらない。僕がどうしても奏佑を直視できずにいると、


「律も脱いで」


と奏佑が僕の服も脱がせにかかった。奏佑は少しずつ露わになっていく僕の身体に、今までに見たこともないような情熱的な視線を送っている。その目の奥が燃え滾っているように熱い。その熱に当てられたのか、僕はもう全身が熱くてたまらない。裸になりたい。だけど、裸になるのが恥ずかしい。両方の感情が複雑に絡み合う。奏佑はすっかりパンツ一枚になった僕の身体に舌を這わせた。


「あぁん」


思わず声が漏れる。これだ。僕はこういうことをされたかったんだ。


「律の喘ぎ声可愛い。律の身体可愛い。律の顔も可愛い。律の反応も可愛い。律の全部が可愛い」


奏佑の声が、初めてコンクールの会場で聴いた彼の『愛の夢』のような甘美な響きとなって僕の頭に鳴り響く。僕は思わず奏佑にしがみつきながら懇願した。


「早く全部脱がせて。奏佑と一つになりたい。僕の中に奏佑がほしい」


すると、奏佑はぱっと顔をほころばせ、まるで少年のように無邪気な笑顔になった。


「うん、そうだね。律と一つになろう。可愛い律を俺だけのものにしてやるよ」


 奏佑は僕のパンツに手をかけた。つるんと僕の身体の全てが奏佑の前に晒け出される。僕も奏佑も既に理性を失っていた。僕らは互いの身体をむさぼるように舌を這わせ、身体をよがらせ、声と吐息を漏らした。僕らは抱き合い、互いの素肌をすり合わせ、互いの温もりを独占し合った。


 そして、僕と奏佑は一つになった。奏佑が僕の中へ入って来る。慣れない感覚にうっとなる。だが、その感覚は僕が奏佑と一つになったという証だ。それだけで、僕の心は激しく燃え上がった。もう、奏佑は僕だけのものだ。僕は勝利に満ちた感覚でいっぱいだった。奏佑をとうとう勝ち取った。そう思った。


「奏佑、好きだ」


僕は荒い息をしながら奏佑に何度もそう言った。


「俺も律のことが大好きだ」


奏佑はそう返事をすると僕をギュッと抱きしめ、あまりにも熱く、とろけてしまいそうなキスをするのだった。

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