第19話 冷酷な現実
「
僕は思わず、
「お前、なんでそのことを……」
「奏佑に、奏佑のこと何も知らないって言われて、いろいろ調べたんだ。奏佑の過去のこと。奏佑の前の高校の担任の先生が僕のピアノの先生の友達でね。いろいろ話を聞かせてもらったよ」
「あいつ、余計なことを……」
奏佑はブツブツ文句を言っている。
「花崎響輝なんてすごい人に、僕は敵わない。花崎響輝がどうなったのかも訊いた。僕は、花崎響輝にはなることは出来ない。でも、それでも奏佑が好きだ。もし、奏佑が彼のことを忘れられないなら、それでもいい。もし、そのことで奏佑が苦しんでいるなら、僕が少しでも奏佑の力になりたい」
そんな僕の方に、奏佑は歩いて来ると、いきなりドイツ語で何やら詩らしきものを
「
僕はいきなり奏佑が訳の分からないこと言い出したので、すっかり壊れてしまったのではないかと心配した。
「奏佑……?」
僕が恐る恐るそう声をかけると、奏佑は僕に淋しそうに笑いかけた。
「今のはね、リストが書いた『愛の夢』の歌曲の方の歌詞なんだ。歌詞を翻訳するとね、
おお、愛しうる限り愛せ!
おお、愛したいだけ愛せ!
その時はやって来る。
お前が墓の前で嘆くときが。
っていう意味になるんだ。
確かに、俺は花崎響輝と付き合っていた。響輝は、俺との関係が週刊誌にバレた後、事故で死んでしまった。だけど、きっとそれは俺との関係が世間にバレたから。だから、それを苦にして車に飛び込んだんだと思う。
俺、最初はすげぇ辛かったよ。響輝がいたから、俺はいろんな音楽に出会ったんだ。俺も、昔は
俺は、響輝に、花崎響輝という人間自体に興味を持つようになっていった。俺は響輝のリサイタルの終演後、響輝の楽屋に無理言って入れてもらったんだ。そしたら、響輝とは話が合ってどんどん俺たちは仲良くなっていった。響輝はピアノしか興味のなかった俺に、音楽のいろんな魅力を教えてくれた。それからだ。俺がいろんなジャンルの音楽を聴くようになったのは。
忙しい時間の合間を縫って会っているうちに、俺は響輝のことを友達以上の存在として見るようになっていった。響輝を見て、俺は初めて恋というものを知ったんだ。だけど、相手は男。俺も男。そんな男同士で恋人になれるなんて、当時の俺は思ってもみなかった。だけどある時、俺は、響輝に告白された。俺たちは付き合うことになった。
そんな付き合うようになった響輝から、この『愛の夢』の歌曲を教えてもらった。あいつの弾く『愛の夢』は本当に美しくて、俺は大好きだった。それを伝えたら、この曲は元々歌曲で歌詞もあったんだって響輝はキラキラした顔で俺に言うんだ。あいつ、歌も上手くて、綺麗なバリトンの声でこの歌を弾き語りしてくれた。俺もすぐに歌曲の方も好きになったよ。俺、その時はこの歌詞の意味をよく考えていなかった。ただ綺麗な旋律に俺たちは互いの愛を込めて、互いの想いを確認するように一緒に歌っていたんだ。
そんなある時、俺たちが付き合っているって情報が週刊誌にスクープされた。響輝はもうその時、売れっ子ピアニストだったから、そのスクープの世間に与える影響は凄かった。それに、響輝は昔、同級生にゲイであることを理由にずっといじめられていたことを俺に語ってくれたことがある。きっと、響輝はまた世間から偏見を向けられ、虐げられるんじゃないかと怖くなったんだと思う。あいつは死んでしまった。
俺は、ずっと自分を責めた。俺さえいなければ、あいつは死なずに済んだんじゃないかと思って。あいつとの想い出がつまっているあの学校に、俺はもういたくなかった。俺は中学の頃から響輝といるために、あの学校に入り浸っていたからな。心が持たなかった。だから、俺は転校することにしたんだ。
でもな、俺、こっちに転校して来て、お前と出会って少しずつ変わったんだ。お前、なんか昔の俺にそっくりでさ。ピアノしか自分にはないんだって突っ張って生きてる感じが。放っておけなかった。不器用だけど一生懸命で可愛くて。そんな律のことを俺はいつしか好きになっていた。
でも、お前とはやっぱり付き合えない。俺、『愛の夢』の歌詞の意味を響輝が死んだ後、よく考えるようになったんだ。歌詞の最後覚えてるか? 愛する者はいつしか死んで、墓の前で泣くことになる。だから、その前に精一杯好きなやつを愛せ、って歌詞だ。でも、俺は本当に大切なやつを失って、そいつの墓の前で泣くなんてもう嫌なんだ。人はいつか死ぬ。いつか別れが来る。もし誰かを本気で好きになっても、響輝のように俺の前から突然いなくなってしまうかもしれない。それが怖いんだ。
すまない。この前、お前に辛く当たったのは完全に八つ当たりだ。俺は律が好きだ。でも、どうしても一歩が前に踏み出せない。そんな自分が
僕は泣いていた。奏佑の何から何まで僕と重なる人生。そして、その先に待ち受けていた冷酷な現実。僕はどう、奏佑に言葉をかけたらいいのかわからず、ただ泣きじゃくっていた。
「馬鹿だなぁ。お前自身が恋人を失った訳じゃないだろ? 何でお前が泣くんだよ」
「だって、だって……。奏佑には幸せになってほしいんだ……。なのに、それなのに……」
しゃくり上げて泣き続ける僕を奏佑はそっと抱きしめた。
「律は優しいんだね。もう泣かないで。俺は律と出会えたことだけでもう十分に幸せだよ」
今の僕には、どうやったら奏佑の心を癒してあげられるのか、どうしてもその方法がわからなかった。僕はどうすることもできない自分が情けなくて仕方なかった。何て無力なんだろう。僕は自分を責めた。
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