5:花の園での出会い
リッティシャント王国の王子ノレスティアと上位貴族の令嬢ラティエンヌが出会ったのは三歳の時だった。
春の花が咲き始めたが日陰はまだ肌寒いというある日。三歳のノレスティアはぬくぬくと暖かい寝間着から冷え冷えとした服に着替えるのを拒否し、侍女の手から逃れるべく自室から脱走した。
薄い毛布をマントのように羽織り、その裾をなびかせて廊下を走りぬけた。掃除用の小さな掃き出し窓を潜り抜け、庭園の薔薇の垣根の裏を頭を下げて駆けていく。
手入れ用の細い通路は両側から小さな枝が飛び出していたり、肥料の入った麻袋が置いてあったりして走りづらい。
毛布を頭からかぶって小枝を防ぎ、手をついて麻袋を乗り越えながらお気に入りの場所へと向かうと、しゃがみこんで耳を澄ませた。
自分を呼ぶ侍女の声が聞こえなくなってきたところで、表に出ようと垣根の下に潜り込み、ずりずりとほふく前進で表を目指す。
ずぼっと垣根の下から頭を出すと、春の柔らかい日差しがおでこに当たった。
「きゃっ」
春の柔らかい日差しと一緒に、かわいらしい短い悲鳴がノレスティアのおでこに落ちてきた。
王族専用のプライベートガーデンであるそこには、朝ごはん前のこの時間にはまだ誰もいないはずだった。
着替えをさせようとする侍女から逃げてきたというのに、別の侍女に見つかってしまったのかと悔しく思いながらも顔を上げて見上げれば、そこには赤毛のかわいい少女が立っていた。
朝のお日様をすかして宝石のように輝く赤毛に、なぜかかわいいポーズをしたまま固まっている同じ年頃の少女。
突然足元に現れたノレスティアに驚いて真ん丸に開いた紫色の目が零れ落ちそうだった。
まっしろだったほっぺたが、朝日に輝く赤毛のように真っ赤に染まっていく様子をじっと見ていたノレスティアは、その愛らしさに一目ぼれしてしまったのだった。
★
その日は、国王の友人でもあるラティエンヌの父が、ラティエンヌを国王に見せびらかすために城へと連れてきていた。
国王陛下にお会いするために目一杯のおしゃれをしてきたラティエンヌは、今が盛りと花が咲き誇る生垣の前に立ち、父親から転写魔法でその姿を紙に写されているところだった。
周りにはきれいな花が咲き、父の他には人が居ない状況だった。目一杯のおしゃれをして、お花に囲まれた状態で、父から転写魔法するよーと声を掛けられたラティエンヌは、これでもかという渾身のかわいいポーズと可愛い笑顔を作っていた。
父はいつでも自分の事をかわいい可愛いとほめてくれるので、ついつい調子に乗ってあざと可愛いポーズをとってしまう。
父しかいないと思っていたのに、突然足元に現れた同じ年頃の少年。その子に、かわいいポーズをとっている所を見られてしまって、ラティエンヌは急に恥ずかしくなってしまったのだ。
顔は見る見るうちに真っ赤になり、火が出るみたいに熱くなった。足元の少年はニカっと笑った顔をみせたのだが、ラティエンヌは訳が分からなくなってしまって泣き出し、父親に抱き着いて離れなくなってしまった。
そのすぐ後に侍女に見つかったノレスティアは首根っこを掴まれて部屋へと戻され、朝食の席では女の子を泣かせたと父である国王陛下から叱られてしまった。
貴族学校時代、ラティエンヌの父と母はどちらも奥手で、どこからどう見ても両片思いだというのにモダモダとして一向に交際が始まらなかったのだ。
恋がままならない辛さを誰よりも思い知っている国王は、友人のために一肌脱いでそんな二人をくっつけたのだそうだ。
そんな経緯もあったため、ラティエンヌが生まれたばかりの頃は国王がラティエンヌに会いに屋敷へ赴き、ラティエンヌが三歳になりしっかり歩いて挨拶もできるようになったので今度はラティエンヌから国王に会いに城に来た。という話であった。
ノレスティアも、王族の宿命から逃れられずに好きな人に好きと言えない呪いがかかっている。
ラティエンヌは生まれる前から決められていた許嫁だが、ノレスティアは憎からず想っている。むしろ、初めてあった三歳の頃から好きだった。同じ年齢なのに小さくてふわふわしてて可愛くて一目惚れだった。
後々に、あの子が許嫁だよと言われて両手を挙げて喜んだほどうれしかった。
王族の呪いのせいで好きだとストレートに言えなかったが、好意を行動でめいいっぱい示してきた。
しかし、男の子が素敵と思うものと女の子が素敵と思うもののすれ違いから悲劇は起こってしまった。
綺麗に脱皮した蛇の抜け殻や、ツヤツヤと輝く立派な甲虫、鳥の羽でミノを作った珍しいミノムシなどをプレゼントしては叫ばれた。
ピカピカの木の実をプレゼントしたら、持ち帰った後に木の実から芋虫が出てきて怖い思いをさせた。
水切り遊びで最高記録を出した石をプレゼントして怪訝な顔をされた。
一緒に遊びたくて、腕を引いて走っていたら転ばせて膝に怪我をさせてしまった。
「ごめんなさい」は言えたので、最悪の関係にはならなかったが「好きだ」が言えなくて進展もしなかった。
そんな日が続くうちに、いつしかラティエンヌは政略結婚の義務としてノレスティアと接するようになってしまっていた。
一度、無理に好きだと言おうとして呼吸困難状態になり医者に運ばれたこともある。
「息苦しくなるほどわたくしの事がお嫌いならば、無理しなくてよろしいのですよ」とラティエンヌに言われて絶望した。
それでもラティエンヌが大好きなノレスティアは、なんとか好意を伝える方法はないかと模索し続けていた。
何度目かの玉砕の時に、一人で泣くために魔封の塔へとやってきたノレスティアはそこでアキラと出会った。
アキラは城に客人として逗留している人物で、国王も一目置いて接しているらしいのだがその正体は不明だった。
客人のくせに好きで魔封の塔に住んでいる変わり者だ。
ただ、アキラはいろんな事を知っていたので、何か有る毎にノレスティアは相談するようになっていた。
★
「万葉集はお嬢さんに向かって言えたんですね? 喉が詰まることもなく」
「ああ。言えた。2回も言えた。そして授業をサボるなと怒られた」
「なるほど、恋の歌でも相手が意味を知らなければ言えるってことですね」
「意味を知らなければ言ったって意味がないじゃないか」
「いやいやいや。なかなかどうして? 薔薇の花も渡せたんですよね」
「赤い花が嫌いなのに赤い薔薇を渡したから、ラティエンヌの事知らないって思われたけどね!?」
「愛を表す花言葉を持つ花も、花言葉を知らない相手になら渡せるってことですね」
「意味を知らなければ渡せたって意味がないじゃないか」
「いやいやいや、なかなかどうして……」
ふむふむと言って自分の思考に沈んでしまうアキラを恨めしそうに睨みつつ、ノレスティアは文机から椅子を持ってきてアキラのそばに座った。
「はぁ〜。ラティエンヌ好き。好き好き大好き」
「それを俺に言われましてもねぇ」
「別にアキラに言ってないよ」
火の入っていない暖炉の中に、ノレスティアのため息は吸い込まれていった。
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