6:夜空に浮かぶ愛の言葉
ゴトゴトと、夜の街を馬車が走っていく。
王家の紋章を付けた黒い馬車の、御者席に吊り下げられているランタンがゆらゆらと揺れて馬の影が右へ左へと移動して行く。
「ラティエンヌ。夜の散歩ってワクワクするよな」
「……明日までの課題はもう終わっていらっしゃるのですか? ノレスティア様」
「ちゃんと終わらせてきたさ。ラティエンヌと約束したからな」
「それなら良いのです」
馬車の中で、ノレスティアとラティエンヌは向かい合って座っていた。婚約者同士とはいえ、日が落ちてから未成年で結婚前の男女が二人で出かけるというのは世間体としてはあまりよろしくない。
嫌がるラティエンヌを、ノレスティアがどうしてもと駄々をこねて連れ出したのだ。ラティエンヌの機嫌はあまり良くなかった。
「あー。暗くなってはいるがまだ宵の口だ。心配せずとも夕飯までには送り届ける」
「当り前ですわ」
「……どうしても、見せたいものがあったんだ」
「……そうですか」
婚約者であり王子でもあるノレスティアが相手なので、不機嫌であってもラティエンヌは無視はしない。
冷たい言葉であっても、ラティエンヌから返事がもらえればノレスティアはうれしかった。ホッとした顔をしてラティエンヌの横顔を見つめた。
やがて馬車はゆっくりと速度を落とすと広い丘のふもとへと停まった。御者がドアを開けるとノレスティアは勢いよく飛び降り、ラティエンヌへと手を差し出した。
ラティエンヌはノレスティアの手を借りて優雅に馬車から降りた。
地面へと足が付いたことで手を離そうとしたラティエンヌだったが、ノレスティアはそのままぎゅっと手を握って離さなかった。
「ノレスティア様。馬車から飛び降りるなんてはしたないですよ」
「急いで下りてラティエンヌをエスコートしなきゃって思ったら、飛び降りてた」
「お怪我などしたらどうなさるんですか」
「うん。心配してくれてありがとう」
くどくどと苦言を呈するラティエンヌに、ノレスティアは嬉しそうに笑いかけた。
苦言だとしても、ラティエンヌと話せるだけでノレスティアはうれしいのだ。ニコニコとお礼を言うノレスティアに、ラティエンヌは小さくため息を吐くと苦笑いをした。
後ろからついて歩く護衛達は、そんな些細なことでも嬉しそうに笑っているノレスティアの姿に同情するような視線を向けていた。
ノレスティアとラティエンヌで手を繋いで歩くこと10分ほど。あまり高さの無い丘の上まで来るとノレスティアは空を指さした。
つられてラティエンヌも空を見上げると、そこには大きな丸い月が雲から出てくるところだった。
「月がきれいですね」
ラティエンヌが黄色く光る満月に見とれていると、隣からそんな言葉が聞こえてきた。
横に立つノレスティアの顔を見上げると、耳を赤くしたノレスティアが相変わらず空を見上げていた。
「月がきれいですね」
ラティエンヌが返事をしないでいると、月からラティエンヌへと視線を移したノレスティアがもう一度その言葉を口にした。
まっすぐにラティエンヌを見てくる瞳は真剣で、月明かりが逆光になったノレスティアの顔の中でまるで今夜の月の様に金色に光っていた。
「……そうですね」
ノレスティアにまっすぐに見つめられて、ラティエンヌの胸はドキドキと跳ねるように鳴り始めたが、できるだけ表情に出ないようにと努力して同意の言葉を返した。
そうしてしばらく見つめ合っていた二人だったが、その後は特になんの進展もないまま、来た道を馬車まで戻ってその日のデートは終わったのだった。
ノレスティアらしくない敬語で月がきれいだと告げられた事にラティエンヌは違和感を感じつつも、自分に対して態度がおかしいのはいつもの事だと流してしまった。
何故かしょんぼりとしながら「じゃあ、帰ろうか」と言ったノレスティアに対して、ラティエンヌは訳も分からず夜に連れ出されて、月をみただけで帰ることになった自分の方こそがっかりしたのにと腹を立てた。
王家の馬車で家の前まで送ってもらったラティエンヌだったが、別れの言葉が少しつめたい声になってしまったのはノレスティアのせいで仕方がないと自分に言い訳をしながら眠りについたのだった。
★
「アキラのばぁあああか! ラティエンヌに嫌われた! 月がきれいですねって言えばあなたを愛してますって意味になるって言ったのに伝わらなかったじゃないか!」
「わははははは。私の国である程度文学をかじってる者ならそれで愛してますって意味だと通じるんですけどねぇ。ラティエンヌ様は私の母国の文学に精通してなかったって事ですねぇ」
「笑い事じゃなぁあああああい!」
「まぁまぁ、知らない国の文学に通じてなければ、相手に伝えることができるって事がわかりました。まぁ、万葉集の再確認みたいになってしまいましたが、できない事とできることを仕分けていくっていうのは大事なことですよぉ」
「仕分けているウチに、ラティエンヌの心が取り戻せないところまで離れて行ったらどうするんだよぉ」
「まぁまぁまぁまぁ。大丈夫ですって、ノレスティア様は結構顔にでるんですから、伝わっている事もありますって」
「いい加減すぎるぅううう」
ロッキングチェアに座っているアキラの膝に突っ伏して、ノレスティアは側近が迎えに来るまで泣き続けた。
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