7:答え合わせをしましょうか
とある休日、ラティエンヌは王宮にある王族のプライベート庭園へとやってきていた。
王妃殿下の呼び出しでやってきたラティエンヌだが、呼び出されるまで少し待つように言われたので庭園をゆっくりと散歩しているところだった。
ここは、許嫁であるノレスティアと初めて会った場所でもある。通路の中程で立ち止まり、そっと足下を見る。
当時は、やんちゃな王子がよく通り抜けてしまうせいだといって垣根の下に小さなトンネルができてしまっていた場所なのだが、今はきっちり整備されていて足下にまで花が咲いている。
あの日、かわいいポーズを決めてどや顔になっていた自覚のあるラティエンヌは、王子に見られて恥ずかしくなった。
それでパニックになって父親にすがりついて泣いてしまったが、あのとき自分の顔を見てニカっと笑った王子の顔はずっと印象に残っていた。
楽しそうに笑いかけてくれた男の子のことを、ラティエンヌは好ましく思ったし、パニックになって泣き出してしまって申し訳なかったとも思っていた。
次に会ったら謝ろうと思っていたのに、次に会ったときにはいきなり蛇の抜け殻を手渡されてやはりパニックになった。叫びながら蛇の抜け殻を投げ返し、走って父の背中に隠れてしまった。
それ以来、はじめの好意的な笑顔が嘘だったかのように、苦手な虫を押しつけてきたり価値もないような石を手渡してきたり、嫌がらせとしか思えないような事をされ続けてきた。
ノレスティア王子は、生まれる前から決められていた許嫁であるラティエンヌのことがあまり好きじゃないのではないかと、ラティエンヌは思っている。
それなのに、必要があってエスコートをしてくれるときの態度や、学校で一緒になる時の声音の柔らかさなどからは、自分を嫌悪している感じは全くしない。
ラティエンヌの父からは、「政略的な意味での許嫁ではなく、王と私との友情からなされた約束でしかないから、いやなら解消しても良い」とは言われている
嫌がらせをされたり、自分のそばにいるだけで呼吸困難になる姿をみると、これだけ嫌われているのであれば、婚約は解消した方が良いのではないかとも思う。
だけど、馬車から降りる時にエスコートしてくれる手の温かさや、舞踏会でパートナーとして踊っているときの優しげな顔を見てしまうと、もう少しだけ、もう少しだけ様子を見ようとも思ってしまう。
ノレスティアは、ラティエンヌにとっても初恋の相手なのだ。
「やあ、お嬢さん。お時間がよろしければ、俺と一緒にお茶でもいかがですか」
ラティエンヌが庭園の薔薇をぼんやりと眺めていると、後ろからそんな声がかかった。
振り向けば、壮年の男性が一人たっていた。黒髪黒目で、王宮官吏の制服を着ている。
見たことのない人物だったため、ラティエンヌは警戒して返事をしなかった。
無言で一歩下がるラティエンヌを見て、壮年の男性は穏やかに微笑んだ。
「俺の名前は、アキラと言います。王妃殿下の今の謁見がちょっと長引いておりまして、もうしばらく掛かりそうなのですよ。お待たせしてしまっているラティエンヌ嬢の、時間つぶしのお相手になれればと思って参上いたしました」
壮年の男性、アキラのその言葉を受けてラティエンヌは小さく振り返る。後ろには、王宮内で護衛についてくれている近衛騎士が二人いる。
ラティエンヌと目があった護衛騎士は、小さく頷いて「大丈夫だ」と示して見せた。護衛騎士がそう言うのであれば、身元は確かな相手なのだろうとラティエンヌは小さく息を漏らして了承した。
身元が確かな相手だったとしても、見知らぬ壮年の男性とお茶会をすることは、ラティエンヌにとってはあまり楽しい時間つぶしになるとは思えなかったのだ。
王族のプライベート庭園の一階上の部屋へと案内されたラティエンヌは、そのまま部屋を通り過ぎてベランダへと連れていかれた。そこは、庭園が一望できるように半円状に突き出た形になっていて、そこにテーブルと椅子が用意されていた。
「さ、どうぞおかけください。ちょっと珍しいお茶をご用意したんで、お口に合うと良いんですけどね」
ニコニコと、アキラはうさんくさい笑顔でラティエンヌに椅子を勧めた。
ラティエンヌが椅子に座ると、目の前に筒型のカップと小さな皿に乗った黒くてツヤツヤして長方形の何かを給仕が置いていく。
小さく首をかしげたラティエンヌに、アキラは含み笑いをしながら手をお勧めするように差し出した。
「そっちは、茶葉積んですぐに加熱して乾燥させた茶で、緑茶っていいます。その黒くて四角いのは、黒ニギ豆を砂糖で煮て漉して、寒天で固めたもので、ヨウカンって言います。俺の故郷の茶と甘味なんですよ」
そう言いながら、アキラはヨウカンをデザートスプーンで一口分すくって口に入れ、その後緑茶をすすって飲み込んだ。
にこりと笑ってまた進めるように手のひらを見せた。毒味はしたぞ、という合図である。
「俺はこの王国に居座るようになるまで、あちらこちらを旅していたことがありまして。お嬢さんの暇つぶしに、遠い遠い、他国の話でも聞いてもらおうかと思いましてね」
「そうですのね」
「まぁ、こんなおじさんの話を聞くのは退屈だなぁと思ってらっしゃるかもしれませんが、お付き合いくださいな。案外、見知らぬ文化の話ってのは面白いもんですよ」
「退屈だなんて、飛んでもございませんわ」
実際、ラティエンヌは紅茶と違って渋みは薄く、しかし苦みと甘みの両方を感じるようなお茶と、上品な甘さで口の中で柔らかく崩れていくヨウカンというお菓子のおいしさに、アキラのふるさとの話や、他国の話というのに興味が出てきたところだった。
「では、そうですね。まずは、俺の故郷には千年以上前の詩集ってのが残っておりましてね」
「まぁ。とても古い歴史のある国ですのね」
「ええ、統治者や首都は何度か変わっていますし、他国との戦争で焼け野原になったこともありますが、同じ国として残り続けている強い国です」
「・・・・・・もしかして、島国だったのかしら」
「ご明察。しっかり勉強してらっしゃいますね、お嬢さん」
アキラは残っていたヨウカンを口に放り込み、湯飲みに残っていたお茶をぐいっと飲み干した。
「んでね、その詩集の名前が万葉集っていうんですがね」
アキラが、故郷最古の歌集について解説し、そのうちの一つを紹介すると、ラティエンヌの顔から表情が消えた。
「そいうえば、うちの故郷には花言葉っていうものがありましてね」
ラティエンヌの表情などお構いなしに、アキラは故郷の話を進めていく。花言葉と、花によっては贈る本数にも意味があるという話をするとラティエンヌは両手で頬を押さえて眉毛をさげ、困ったような顔をした。
「我が国の誇る文豪が、他国の言葉を情緒的に訳したとして有名な言葉があるんですよ」
ラティエンヌの表情の変化に目を細めつつ、アキラはどんどん遠いところにあるという故郷の話を語っていく。
アキラが、そうやって故郷の話をしていくうちにラティエンヌの顔は見る見るうちに真っ赤になっていった。
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