8:王家の秘密

王妃の侍女がラティエンヌを呼びに来たことで、アキラとラティエンヌのお茶会はお開きとなった。

椅子から立ちあがり、部屋から出て行くラティエンヌを見送るアキラ。部屋からでる直前でラティエンヌは振り返り、アキラに問いかけた。


「あなたは、何者なのでしょうか?」


王宮の官吏の制服を着た壮年の男性。そのような人物は山ほどいるはずで、ラティエンヌが顔を知らない人の方が多いのだから、アキラのことを知らなくても当たり前の事ではある。

ただ、アキラが語って聞かせた『遠い国の文化の話』はどれもこれもラティエンヌに覚えのある話ばかりだったのだ。


訳のわからぬ呪文を唱えられたと思っていた言葉は、愛を告げられず夜も眠れないという意味の詩だという。


嫌いな色の花を、重さで足がふらつくほどの本数を贈られたのにも、愛している、永遠の愛というメッセージが込められているのだという。


月がきれいですね、というただの夜空を見た感想にも、あなたを愛していますという意味があったという。


すべて、この一年間でノレスティアからラティエンヌへと贈られた物、言葉である。


なぜ、それらをこのアキラという壮年の男性は知っているというのか。

そういった意味を込めてのラティエンヌの質問に、アキラはただ目を細めて笑って返すだけだった。




王妃殿下からの呼び出しは、許嫁を続けるかどうかの最終確認だった。

ノレスティアとラティエンヌはもうすぐ学校を卒業する事になる。そうなれば、もう正式な婚約をし、一年ほどの準備期間をおいて結婚することになる。


「あなたのお父様からも聞いているかと思うけれど、これは政略結婚ではないの。あくまで、陛下とあなたのお父様の間の友情に基づいて交わされた約束に基づいているだけなのよ。だから、あなたがノレスティアの事を愛することができなそうなら、解消しても問題ないの」


王妃殿下は、優しい声音でそうラティエンヌに語りかけた。

正式に婚約してしまえば、もう後戻りはできない。だから、本当に良いのかと最終確認をしてくれているのだ。


ほんの数時間前までなら、ラティエンヌは迷っただろう。そして、半々の確立で許嫁関係の解消を願い出たかもしれなかった。

他に好きな人がいるわけではない。しかし、これから死ぬまでずっと一緒に過ごすのに、愛されない相手と添い遂げるのもいやだったからだ。


「私は、ノレスティア王子を誤解していたのかもしれません」

「ラティエンヌ?」


解消したいとも、したくないとも返事をせず、別のことを話し始めたラティエンヌに対して、王妃は優しく首をかしげた。

話の続きを聞くという意思表示である。


「ノレスティア殿下は、幼い頃からいろんな物を私にくださったのです。でも、いつもいつも、私の嫌がる物ばかりくれるものですから、許嫁の義務のふりをした嫌がらせだと思ったんです」

「あらあら。あの子は何をあなたに贈ったのかしら?」

「蛇の抜け殻や、黒くてテカテカした昆虫や、気味の悪い蓑虫や、虫が湧いてくる木の実などですわ」

「あらあら。うふふふふ。そうなのね。確かに、女の子はそういう物は嫌いよね」


コロコロと鈴の転がるような愛らしい声で笑うと、王妃は立ち上がって部屋の隅のキャビネットから小さな箱を取り出してきた。


「これは、絶対に内緒にして欲しいのだけれども」

「はい」


いたずらっこのようなお茶目な笑顔で、王妃はその蓋を開けた。仲には、きれいに磨かれてはいるものの、その辺に落ちているような色のついた石だとか、蛇の抜け殻、蝉の抜け殻、変な形の葉っぱや、いろんな形の木の実が詰め込まれていた。


「これはね、陛下の私物なのだけれど」

「国王陛下の!?」


どうみてもガラクタばかり、しかもノレスティアがラティエンヌに手渡そうとした嫌がらせの品とかぶる物も多数入っている。

王妃はそっと蓋を戻すと、その中程を指さした。


「ここをご覧になって? 幼い頃に書いたからあまり上手な字ではないのだけれど」

「??」


指さされた部分、箱の蓋をよく見れば、ミミズがのたくったような字が書かれていた。

「たからばこ」

「そう、たからばこ」


王妃は、蓋の閉められた『宝箱』をテーブルの端に大切そうに置くと自分の席へと座り直した。


「男の子って何でできてるの?男の子はカエルとカタツムリと子犬の尻尾出できてるよ♪女の子って何でできてるの?女の子はお砂糖と香辛料と沢山の素敵の真野でできてるよ♪」


突然、王妃殿下が軽やかに歌い出したのでラティエンヌは目を丸くした。ほんの短い歌ですぐに歌い終わったのだが、ラティエンヌは聞いたことのない歌だった。


「うふふ。言い得て妙よね。これはね、遠い国の童謡らしいのだけれどもね、男の子についてはとても良く言い表していると思うわ」

「遠い国の、ですか」


今日になって、何度も何度も聞いたフレーズである。

おそらく、この歌を王妃に教えてのはあのアキラという男性ではないかとラティエンヌは思った。


「ねぇラティエンヌ。男の子ってね、こういう物が大好きなのよ」


そう言って、国王陛下の『宝箱』をそっとなでる王妃。その顔は懐かしげに、そして優しげに微笑んでいる。


「あなたには嫌がらせに思えたかもしれないけれどもね。ノレスティアは、自分の宝物をあなたにあげようとしていたのよ」

「・・・・・・」

「だからといって、あなたが当時嫌な思いをしたのを覆せるわけではないわ。許してあげてなんて言う気もないの。相手の心に寄り添った行動をできないのは、王家の人間として、王子として失格だものね。でもね」


王妃はそこで宝箱から視線をラティエンヌへと移した。その顔は、切なそうなもどかしそうな表情になっている。


「あなたを嫌っていたというのは誤解で、あの子はあなたに宝物をあげようとしていた。それだけはわかってあげてほしいのよ」

「王妃殿下・・・・・・」


陛下の宝箱を片付けようと侍女が近づいてきたが、王妃はそれを手で制して立ち上がり自分で元の場所へと戻した。大事そうにそっとそのキャビネットの戸を撫でてから席に戻り、侍女にはお茶のおかわりをお願いしていた。


「さ、どうかしら。もう一度聞くわね、ラティエンヌ。許嫁は継続する? それとも解消したい?」


庭園を望むベランダでのお茶会で知った遠い国の雑学と、王妃殿下との謁見で知った過去のわだかまりの真実。

そして、庭園の薔薇を見て思い出した自分の初恋。


ラティエンヌの答えはもう決まっていた。

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