第63話「ケモミミ少年の新たな道」


 ――その日の公務を終えて、あたしたちはいつもどおり、魔王城から馬車で屋敷に帰った。


 あ、いつもどおりじゃないか。


 フィリーはなんか急用があるとか言って、あたしたちよりすこし先に仕事をきりあげて、魔王城を出て行ったのだ。


 だから、今日はめずらしくシャロマちゃんとふたりきりで馬車で移動中だ。


「フィリエルさん、急用っていったいなんでしょうね?」


「さー?」


 馬車の中で、シャロマちゃんとそんな話をする。


 フィリーからは本当になにも聞いていないので、答えようもない。


 あいつ、わりとちょくちょくあたしにもナイショで、怪しいことしてるからなー。


 まあ、あたしが困るようなことはあまりしないし(それが最終的にあたしのためになるなら、わりとひどいこともするけど)、そこは信用してるから、たいして気にしてないんだけどね。


 そうしてるうちに、馬車は屋敷に到着。


 あたしたちは馬車を降りて、屋敷の玄関に入るのだけど、


「お帰りなさいませ、お嬢様!!」


 そこで元気に出迎えてくれたのは、見慣れない顔の子だった。


「……だれ?」


 本当に覚えがないので、あたしは首をかしげる。


「あなたは……! なんでここに!?」


 一方でシャロマさんは知っている子みたいで、なんだかおおいにびっくりしていた。


 やがて、そこへフィリーがやってきてくわしい話は中でってことで、あたしたちはひとまず屋敷の中へ。


 そんであたしはいつものゆるだらスタイルでくつろぎがてら、部屋で話を聞くことになった。




 ◆




「――こちら、今日からここで働くことになった……」


「ミラン=ディルゼンです! フィリエルの指導のもと、これからお嬢様をお世話させていただきます!」


 というわけで、ベッドの上でくつろぐお嬢様の前で、僕は彼を紹介した。


 元気に挨拶するミランくんを、お嬢様は意外と平気な顔で眺めているけど、その隣にいるシャロマさんはそうはいかない。


「いったい、どういうことです、フィリエルさん!? なんで、この方が……!」


 うん、驚くのも無理はない。


 僕も最初、ナーザ様から聞かされた時はさすがに耳を疑った。


「いや、それが……」


「ボクがナーザ様にお願いしたんです! ぜひ、フィリエル様と一緒に働いて、お役に立ちたいって!」


 僕の言葉をさえぎり、ミランくんはじつに威勢よく、自らの動機を語る。


 ……ガラド様の投獄間もなく、ナーザ様はミランくんのもとを訪ねたそうだ。


 今後没落への道を免れないディルゼン家の跡取りとして、これからの身の振り方を確認するために。


 そこで、ミランくんは真っ先に言ったそうだ。


 ――僕のもとで働きたいと。


「ボク、感動したんです! あの強い父上をあざやかに打ち負かした、フィリエル様の美しい姿に……! ボク、すっかり心を奪われました!」


「……で、僕のもとでいろいろ学びたいってことで、ここで働く運びになったというわけです」


 興奮気味に早口で語るミランくんの言葉を、僕はそう締めくくる。


 ……うん、あらためて聞かされるといろいろ飛躍しすぎてて、僕でも戸惑う話だ。


「フィリエル様って……ずいぶんとまた慕われたものですね。いったい、なにが?」


「そりゃあ、フィリエル様はてん……」


「ミランくん」


 シャロマさんに嬉々として、僕の正体を口走ろうとしたミランくんをすかさず制する。


 直接言葉には出さなくてもミランくんも察したらしく、「あ……」と声を漏らしてばつが悪そうに口をつぐんだ。


 僕が天使……正確には堕天使であることを知るのは、お嬢様とナーザ様、それにあの姿をじかに見たガラド様とミランくんだけだ。


 ガラド様は人との接触がない地下牢に投獄中だし、みだりに人の秘密を話すような方でもないと思うので、基本的には大丈夫だろう。


 絶対秘密というわけではないし、シャロマさんくらいには話してもいい気がするけど、少なくともこの場ではさらに事態がこじれるのでひとまず秘密にしておく。


「まあ、それはともかく……ミランくん、本当にいいんですか? その、家のことは……」


 話題をそらすためにも、僕は今一度ミランくんの意思を確認する。


 彼がここで働くということは、現在責任追及のまっただ中にあるディルゼン家を捨てるということだ。


 そこまで無責任な少年には思えなかったんだけど……


「はい! 跡取りとしての資格と権限は、親族に譲ってきました! もともとボクは父の跡を継ぐのに抵抗があったし、こんなふわっとした者が窮状にさらされたディルゼン家にいても邪魔なだけなので……だから、思いきって飛び出してきました!」


「思いっきりよすぎじゃ!?」


 シャロマさんが思わずツッコむほど、すがすがしく言いきるミランくん。


 ……うーん、細かいことはなしにして自分の欲求に素直なあたり、じつに野性的な獣魔族ビースターらしいと言うべきか。


「それにボクは決めたんです! 家や種族のしがらみに縛られず、自分のやりたいことを自由にやるって……それが、父上に示すボクの生き方です!」


 最後にミランくんは、僕に覚悟を見せるように、堂々とそう言ってみせた。


 彼は彼なりに誇り高い獣魔として、己に恥じぬ道を歩もうとしている……


 その方法がまぁアレだけど、それがミランくんが選んだ新しい獣魔としての第一歩であるなら、僕から言うことはもうなにもない。


「きみがそれでいいなら、僕はかまいません……お嬢様はどうですか?」


 ミランくんを直接雇うのはあくまでお嬢様だ。


 そのお嬢様の意見を、僕はうかがう。


「まあ、あたしはべつにいいけど……でも、あのガラドさんの子供がこんなにかわいい子だなんて、シャロマちゃんといい意外だなぁ」


 さいわい、お嬢様に異論はなく、ミランくんを受け入れてくれるようだ。


 これで正式に、彼はお嬢様の使用人として認められたのである。


 ……でもお嬢様の口ぶり。


 やっぱり、勘違いしているな……


「あの、そろそろ言っちゃっていいでしょうか?」


 ここで、遠慮がちにシャロマさんが手を挙げる。


 ……当然、彼女もずっと気になっていたようだ。


 むしろよく、これまで空気を読んで我慢してくれていたと思う。


「――ミランさん、なんでメイド服姿なんです?」


 けどそれも限界、シャロマさんはついにそこに切り込んだ。


 そう、ミランくんが今現在着ているのは、シャロマさんが今着ているのと同じメイド服である。


 ちゃんと少年らしい出で立ちをしていたミランくんと会っているシャロマさんにとっては、相当背徳的な姿に映っていたようだ。


「まさか……」


 けど、ここで黒幕と言わんばかりに彼女が疑いの視線を向けたのは、こともあろうに僕だった。


 ……お嬢様の魔王としてのお召し物を決めたあの時から、どうもシャロマさんは僕を倒錯とうさく的な趣味の持ち主だと思っている節がある。


「もちろん、違います。これは、ミランくんに合うサイズの執事服がなかったからで……服を仕立てるまでは、普段着でもいいと僕は言ったんですよ?」


「でも、それだとなんだか格好がつかないので、ボクから言い出したんですよ。いいですよねメイド服、かわいくって! 普段からうちの使用人が着ているのを見てて、ボクも一度着たいと思ってたんです!」


 そう、ミランくんが積極的に乗り気だったので、やむを得ずこの格好なのである。


 天然なのか、そういう趣味の持ち主なのか……本人が積極的に希望するものだから、強く断る理由もなく、押し切られた形だ。


 でも、今の問題はそこじゃない。


 少なくとも、お嬢様にとっては……


「え……なに、その会話? それに、ミランって……」


 僕らの会話に、お嬢様も明らかな矛盾を感じたようだ。


 ……言わねばなるまい。


「ええ、はい。じつはこのミランくん、男の子なんですよ」


「な……」


 僕がこの事実を明らかにすると、途端に固まるお嬢様。


「なにぃぃぃぃ~~~~~っ!!?」


 直後、凍りついていた感情が急速解凍されたかのように、驚きの叫びをあげる。


 ……まあ、それも無理はない。


 もともと女の子っぽい顔立ちの少年だとは思ってたけど、ミランくんはこれ以上となくメイド服をかわいらしく着こなしていたのだから。


 初見で彼が男だと見抜けるのは、その道の変態プロくらいだろう。


「メイド服を着ていても、ボクもれっきとした獣魔族の男です! 力仕事から庭の世話でも、なんでもござれ! これからフィリエル様のもとで、しっかり働かせていただきます!」


「ずいぶんと、フィリエルさんに入れ込んでるんですね」


「入れ込んでるだなんて……ボクはただ……」


 ここで、ミランくんがちらっと僕を一瞥。


 ……こころなしか、その瞳が謎の熱っぽさを帯びている気がした。


「フィリエル様のようなかっこいい男性にあこがれてるだけで……なんなら、僕のことを弟分と……いいえ、むしろ弟にしてください!」


「……えー」


 急にくわっと強火でくるミランくんの言葉に、思わず普段出さないような気の抜けた声が漏れる。


 ……なに、このプロポーズじみたなにか。


「というわけで、どうぞよろしくお願いします!」


 変な方向にねじれた空気をものともせず、元気に頭を下げるミランくん。


 多数のツッコミどころを残しながら、勢いで押しきる形でまんまとこの屋敷の一員になる。




 ……こうして、お嬢様のゆるだらを脅かす重大事件を中心とした日々は、新たな仲間の参入とともに騒がしく幕を閉じるのだった。



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