第62話「帰ってきたゆるだら、そして……」
――魔王暗殺未遂に端を発する一連の事件は、無事その終息を見た。
そのすべてが明るみになり、魔王城は激震した。
でもナーザ様やバハル様の働きかけ、それに事件解決から早々に職務に復帰した魔王クゥネリア様の堂々たる振る舞いが臣民たちの不安を取り除き、魔王城と魔都が混乱に陥るのを未然に防いだのだ。
これを最後に、事件は本当の意味で終わりを迎え、数日後には魔王城にもとの日常が戻りつつあった。
お嬢様ももとの魔王とゆるだら令嬢の二重生活に戻り、そんなお嬢様を僕は約束どおり、めちゃめちゃ甘やかした。
「フィリ~、マコーラとマポテト~!」
「はい、お嬢様!」
「シャロマちゃ~ん、肩もんで~!」
「はい! 喜んで、お嬢様!」
「フィリ~、ゴハンまだ~?」
「はい、お嬢様! ただちに!」
「は~、ゆるだらゆるだら~」
魔王城の混乱を鎮めた最後の大仕事のあと、しばらくぶりに屋敷に帰ることができたお嬢様は、その日からゆるだらのかぎりを尽くした。
自分がお嬢様を窮地に陥らせたことを知ったシャロマさんもその償いのため、お嬢様を力のかぎり甘やかす。
……まあ、彼女の場合は役得が多分にあるんだけどね。
体をバラバラにされたガーコは現在行動不能で、小人サイズにまで体を失ったメルベルも当分は通常業務には戻れない……
だから、僕とシャロマさんだけで、次々と繰り出されるお嬢様の注文に対応し、忙しい日々が続いた。
……でも、おかげで毎日お嬢様は笑顔だ。
これが、お嬢さまが望んだ日常。
それを取り戻すことができて、本当によかった。
ああ、でも、ふふ……
お嬢様はやっぱりかわいいなぁ……!
お嬢様のお世話をしているだけで、ここしばらくのすさんだ心のけがれが洗い流されるかのようだった。
でも、もしこの幸せな日々とお嬢様のゆるだら生活を奪おうとする者がまた現れるなら、その時は僕はふたたび戦うだろう。
遣わされた地上で出会った、僕の愛しい女神……
彼女の平穏を守ることこそが、堕天使にして甘やか執事である、この僕……フィリエルの使命なのだから……
◆
そんな日々が一週間続いたころ、僕は不意にナーザ様に呼ばれ、彼女の執務室を訪ねた。
事件の後処理がだいたい片付いたというので、その報告だ。
少々重苦しい話なので、あとで僕から適当に噛みくだいて、魔王様に伝えよとのことだった。
まず、最初にジデルに操られてお嬢様を襲撃し、その後もひそかに魔王城の監視下にあった市民たちは事件の終わりとともに監視が解除されたそうだ。
同じくジデルに操られていたシャロマさんも、僕がそれとなく様子を見ていたけど、今日まで目立った異変はないし、もう心配ないと思う。
それはまだいいけど、そこからは少々きな臭い話が続いた。
今回のジデルの反抗を受けて、魔王の血族である
彼らにとって、人間に戦いを挑んで現在の魔族衰退を招いたジルグード様の存在は非常に忌々しいもの。
その彼の遺志を継いだジデルのような者がほかにもいないか神経を尖らせ、いつ暴走するかわからない状態にあるそうだ。
「まあ、そちらは我がなんとか穏便に済ませておく……
ナーザ様はそう言うけど、それほど易い仕事ではないはずだ。
それでも、自らの肉親であり後継者であったジルグード様の過ちを清算しようとしているかのように、厄介事はほぼおひとりで率先してなさってくれている。
……本当に強いお方だ。
「さて、最後に
そのナーザ様があらたまった様子で話題を変えた。
今回の事件で、もっとも強い影響を受けたであろう種族だ。
この一件を受けて、ガラド様は当然十大領主の座を追われた。
処刑こそ免れたものの、重犯罪人として魔王城の地下牢の最奥に投獄され、基本的に死ぬまで出てくることはないとのことだった。
ガラド様本人はすみやかな処刑を望んだらしいけど、ナーザ様がそれを拒否し、今回の処遇になったそうだ。
……もう、これ以上の血は流したくない。
そんなナーザ様の哀愁深い意図が、その行動からうかがえるようだった。
でも、当事者たちが罪をつぐなっただけで収まるほど、今回の事態は軽くはない。
ガラド様を当主としていたディルゼン家はその責任を追及され、領内から追い落とされる形で今後没落は止められないとのことだった。
でも、不幸中の幸いというべきか……
この事件を受けて
魔王城もこれを支援し、ガラド様が憂いていた
ナーザ様が地下牢に赴いてガラド様に自らそのことを話したところ、彼は、
『……新しい時代、か。獣魔族が救われるなら、それもよかろう……』
うつむいたまま神妙にそう言ったという。
本来、ガラド様は
今回彼を駆り立てのは、種族のしきたりや本能だけではなく、ひとえに戦いを奪われ衰退していく
皮肉なことに、彼の行動がこの結果に結びついたのだ。
……
……と、事件後のあらましはそんなところだ。
でも、
「ところで、ナーザ様……ガラド様の御子息である、ミランくんはどうなるのでしょう」
ガラド様の子息にして、今回矢面にさらされたディルゼン家の次期当主候補となれば、彼も相当つらい立場に立たされているのは明白だ。
彼とは知り合って日が浅く、たいした言葉もかわしていないけど、あの気弱だけど心優しい少年が糾弾の嵐にされていると思うと、気が気でなかった。
……可能なら、助けてあげたい。
そう思っていた。
だけど……
「ん? 本人から聞いておらんのか?」
ナーザ様は眉をひそめ、いぶかしげに言った。
「は?」
まったく心当たりがないので、僕も眉をひそめる。
それから、ナーザ様から聞かされたのは、寝耳に水の驚くべき事実だった……
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