第61話「ゆるだら令嬢、大団円」
――過去に先代魔王と皇太子を暗殺し、そしてお嬢様まで手にかけようとした大逆人ジデルは、ナーザ様によって処刑された。
……それが、同じ
これをもって、一連の事件はひとまずの終わりを迎える……
ジデルの処刑の瞬間。
それをお嬢様には見せまいと、彼女の視界を体で封鎖する一方で、僕はその様を見届けた。
その直後、お嬢さまは膝から崩れ落ちるように、とさりとその場に座り込む。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
僕は堕天使形態から元の姿に戻って腰を下ろし、お嬢さまを軽く抱く。
……張りつめていたものが切れ、全身が脱力したのだろう。
「ん、ちょっと気が抜けただけ……」
お嬢様本人もそう言っており、立ち上がる気力はないものの、体に異常はないようだった。
僕は安堵し、薄く微笑む。
「ご無事でよかった、お嬢様……事件は終わり、これでひとまず安心でしょう」
「うん、でも……」
事件の主犯は倒れ、もう命を狙われる心配はない。
でも、お嬢様の表情ははれず、ちらりと視線を僕からそらす。
その先にあったのは、ジデルに粉砕されたガーコのかけら……
お嬢様のため犠牲になった、メルベルとガーコ。
お嬢様はその悲しみに打ちひしがれていた。
でも……
「――ふぅ、これで一件落着ですね~! あ~、死ぬかと思った~!」
「ん?」
どこからともなく聞こえてきた、なじみのある声に、お嬢様から表情が消える。
お嬢様は怪訝にきょろきょろと辺りを見渡すも、それらしい姿は見当たらない。
……見えるわけがなかった。
「お嬢様、肩の上」
「へ……?」
僕が指摘すると、お嬢さまはきょとんとした顔で、おもむろに肩を上げ、そこを覗き見る。
「はーい、お嬢様」
すると、そいつは何事もなかったかのように平然と笑い、ウインクした。
「メルベル!? はっ? ……え!?」
その思わぬ再会に、お嬢様は驚きも追いつかないくらい、素っ頓狂に表情を変えた。
……まあ、当然だ。
なにせそこにいたのは、メルベルはメルベルでも、お嬢さまの肩に乗れるくらいちいさな、小人サイズのメルベルだったのだから。
死んだと思われていた彼女がそんな姿で、ちょこんと自分の肩に乗っているものだから、お嬢様は感情の行き場を失ったように固まっていた。
「お嬢様、お気をたしかに」
そんなお嬢様の肩をぽんぽん軽く叩くと、彼女ははっと我に返る。
「メルベル、なんで……!? てゆーか、なにそのサイズ!?」
「ふふーん、いくらお嬢様のためとはいえ、わたしがそうやすやすと自分を犠牲にするとてもお思いですか~? こんなこともあろうかと、あらかじめ分裂してお嬢様の服の下に忍び込んでたんですよ~! まあ、戦いに支障がない範囲でつくった非常用の分身なので、このサイズになっちゃったんですがね~」
驚くお嬢様に、そんな従者としてあるまじき不純なたくらみを、じつに得意げに語るメルベル。
……まあ、そういうやつだよな。
こいつが主人のためとはいえ、なんの保険もなしに危険に飛び込むようなできた従者ではないことは、僕がよく知っている。
お嬢様もそのことは重々承知していたはずだけど、目の前でメルベルを失ったショックと悲しみで、すっかり忘れていたのだろう。
スライムのメルベルは体を分裂させることで、同じ人格を宿した分身をつくることができる。
分身さえ健在なら体の大部分を失っても死にはしないし、魔力が補填されればいずれまたもとの姿に戻ることができるのだ。
「もぉーっ! そういうことできるなら、先に言っといてよぉーっ!」
「あれー!? 前に言ってませんでしたっけー!?」
――以前の、お嬢様昏睡事件参照である。
「……でも、よかった」
メルベルにぷりぷり怒ってたお嬢様だけど、本心ではとてもうれしかったようで、涙ぐみながら微笑む。
……さすがお嬢様、コレ相手でもなんて慈悲深い。
そんな彼女への朗報はまだある。
「ガーコのことも心配ありません。彼女の本体はあくまで石像にこめられた魔力ですから、石のボディさえ修復すればもとどおりになれます」
「そっか……みんな無事でよかった」
ガーコの無事も知り、ようやく心の底から安どした様子のお嬢様。
そう、みんな……ん? 誰か忘れてるような……
「あの……」
僕がもやもやを抱いていると、そこへ歩み寄ってくる人物。
「私、どうしてここに……いったい、どうなって?」
シャロマさんだ。
おそらく、ここにいる誰もが存在を忘れていただろう彼女は、現状にひどく戸惑った様子で、きょろきょろとあたりを見渡していた。
ジデルに操られて利用されたであろうシャロマさんは、以前彼に操られた市民たち同様、操られている間の記憶がまったくないようだった。
「シャロマちゃん……もう、なんともない?」
「はい? まあ、特に……ちょっと、頭がぼーっとする程度でしょうか」
「ほっ、ならいいや」
「?」
お嬢様も最初こそ警戒していたものの、シャロマさんに異常がないとわかると安心したようだ。
そんなお嬢様の態度が腑に落ちないとばかりに、シャロマさんは首をかしげる。
……うん、僕の目から見ても彼女は正常だ。
「シャロマさんも大丈夫そうですね」
それを確認し、今は余計なことを言わず、彼女がジデルから解放されたことを素直に喜ぶ。
……今は、ね。
場の和やかな空気を壊さないため今はなにも言わないでおくけど、シャロマさんが操られていたことも含めて、あとで事の詳細を話すつもりだ。
不可抗力とはいえ、うかつにもお嬢様を危機にさらした失態は見過ごせない。
そこはちゃんと反省してもらわねば……
でも、お嬢様はシャロマさんのことを特に悪く思っていない様子だし、今はただ、みんな無事にこの事件を乗り越えられたことを喜ぼう……
僕はそう思い、従者たちの無事を喜び笑うお嬢様を、心地よく眺めていた。
「あ、そうそう。フィリー!」
そうしていると、不意にお嬢様が僕に声をかけ、こちらへ歩み寄ってきた。
それから、ちょいちょいと僕を手招きし、密接するようにうながす。
「事件も終わったし、約束どおりこれからたっぷり甘やかしてもらうからね?」
僕の耳元でそうささやき、にかっといたずらっけのある笑みを浮かべるお嬢様。
……それだけで、すさんだ戦いの余韻とこれまでの疲れが吹っ飛ぶかのような、愛らしい笑顔だった。
「はい、お嬢様……よろこんで!」
それに、僕も笑顔で答える。
そうして、僕はお嬢様をひたすら甘やかす甘やか執事に、お嬢さまはゆるーくだらけながら魔王としてがんばるゆるだら令嬢に戻るのだった。
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