第52話「獣魔の本性」
「――なるほど。やはり、ジデル様でしたか」
ガラド様から語られた、今回の事件……さらにかつてケイム皇太子や先々代魔王様を殺めた黒幕の正体……
その事実を聞かされても、僕にはとくに動揺は生まれなかった。
「フン、まるで最初から承知していたと言わんばかりだな」
そんな僕の態度に、ガラド様は驚くことはなくても、すこし癇に障るとばかりに眉をひそめた。
「ええ、まあ……表向きにはそのような素振りは見せませんでしたが、あの方はあなたと同じ
あの方は穏やかな
そういう相手こそ、もっとも警戒すべきものだ。
「お見通しか、気にくわんな……だが、我々の関係はせいぜいこの百年の間のものにすぎない。それまで、
「百年……皇太子様の死、そして
「そうだ。あの方は言われた、
「ずいぶん素直に従われたのですね。あなたの言った話が本当なら、
話に出てきた、ジデルのあらゆる毒を生成するという能力……それをもってすれば、自殺に見せかけて他者を殺すという芸当も可能だろう。
人畜無害な
「フン、見くびるな。私とてその可能性は考えたし、指摘もした……だが、あの方は言った。“ジグルード様の名と誇り高き獣魔の血に誓って、それはない”と。民の上に立つ一領主として、その時の言葉と目に嘘はなかったと断言しよう……それに、私をあざむいて仮に敵対した時のリスクを考えないほど、愚鈍な方ではあるまい」
「たしかに……」
いくらジデルがおそろしい猛毒を操ると言っても、獣魔族最高峰の戦闘力と肉体を持つガラド様を一撃で仕留めるのは一筋縄ではいくまい。
一発でも反撃を許せば、命はない……よくて相討ち。
先代魔王たちを殺めておきながらここまで尻尾を隠してきたジデルが、そんな軽率なことはしないか。
「では、あなたは
「そうだ……が、そこにふた心がないと言えば嘘になるかな」
「どういう意味でしょう」
僕がそう尋ねると、ガラド様はこれまでの自信たっぷりのそれとは違う、若干自嘲するような笑みをふっと浮かべた。
「力を存分に振るえない苦しみを味わっているのは、なにも民だけに限った話ではない。私自身、戦いたくて戦いたくてうずうずしていたのだよ……! 人間との大戦が実現すれば、思う存分戦いに明け暮れることができる! その魅力に屈し、私はジデル様の誘いに乗ったのだ」
「つまり、私情ですか」
「軽蔑してくれてもかまわん。だが、これが
「ですが、もし領主であるあなたがその戦いで命を落とせば、それこそ領はどうなるのです?」
「そのための跡取りだ。私が死しても、ミランがいる。私もそうして、かつての大戦で栄誉ある死を遂げた先代の跡を継いだのだ……
「好き勝手に戦って死んだ者の跡を継がされるなんて、迷惑このうえない話ですね……あなたはともかく、ミランくんは納得しないのでは?」
「ならば、その気にさせるまで! 首尾よく事が運んで我々強硬派が実権をにぎったあかつきには、人間との大戦がはじまる前にミランを再教育する! 戦いを喜び、戦いに死すことを誉れとする真の獣魔の男にしてみせる!」
「それは、せっかく獣魔族に生まれた新たな可能性を摘む行為です……! それではなにも変わらない……仮に次に戦争がはじまっても、それが終わったらまた
「ならば、また戦いを起こすまで! 戦いが絶えればその世代の
「そんな無茶な……!」
まったく、ばかげたことだ。
敵をいるだけ殺し続ければやがて滅びるし、そんなことを続けていれば、いきつくのは同族同士の争い……文明にとってもっとも愚かな終着点だ。
こんな短絡的な魔族がまだいたなんて……ガラド様のこの物言いは、旧態依然の悪しき魔族そのものだった。
本当ならもっと理性的な方のはずだけど、
ガラド様にはもう、僕の言葉は届くまい。
僕がこの方を止めるにはもう、力ずくしか……
「――いいかげんにしてください、父上っ!!」
最後の手段が僕の脳裏をよぎった時、怒りにかられた雄々しい声が僕らの間に割って入った。
――それは、さっきまで恐怖で動けなくなっていたはずの獣魔の少年、ミランくんだった。
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