第51話「ゆるだら令嬢、危機一髪」
――先代魔王親子は、自分が殺した。
そう語りながらこれ見よがしに覗かせるジデルの右手、その五本の指の先からは、爪からにじみ出たようにしとしとと液体がしたたり落ちていた。
「ワシは
「うげぇ……」
命をかえりみず、自分の体を毒の塊にするなんて、常軌を逸した行動だ。
もう驚きを通り越してドン引きだよ……
「その毒を使った暗殺が、ワシの唯一にして最大の武器となった。ケイムの時はヤツが乗る馬車の馬にひそかに興奮作用のある毒を注入し暴走させ、ディオールにはけして検知できない程度の毒を毎日投与し続け、じわじわと衰弱させたのじゃ。なにせ、これ全身無限の毒素……すこし体に触れただけで、相手を毒でおかすのは容易い。あの市民たちやそこの
「ちょ、ヤバすぎ……! そんな危ない能力持ってるんなら、ばーちゃんあたりすぐあなたが犯人だって気づくでしょ!」
「それは簡単なこと、この能力はナーザ殿どころかジルグード様にさえお伝えしていなかったもの……獣は必殺の牙こそ隠しておくものじゃ」
「えっと、そんな大事な特技をべらべらと話しちゃってるわけだけど、それってつまりぃ……?」
あたしは嫌な予感で顔を青くしながら、それでも試しに訊いてみた。
思った通り、ジデルはにやぁ~と、じつにいやったらしい笑みを浮かべる。
「ほっほ。無論、ここでお前の口をなにがなんでも塞がせてもらう。そうすれば、秘密は守られるというわけじゃな」
「うわーん、やっぱり~~っ!」
聞きたくて聞いたわけじゃないのにぃ~っ!
「――ただし、じゃ」
理不尽な論理にあたしが涙目になっていると、ジデルはそれを遮るように告げた。
「おぬしがワシの言うとおり、強硬派を支持し、人間どもに戦いを挑むというのであれば命は助けてやろう。おぬしを殺しても容疑はそこに転がってる
「そんな……」
「なんなら、精神操作の魔毒でお前をワシの操り人形にしてしまうのもアリじゃな。もっとも、一生そのままでいてもらわなければならないので、お前の意識は死んだも同然じゃがな」
「結局死ぬんじゃん!!」
「それが嫌なら、ワシに従え。それが、お前が生きながらえるための唯一の方法じゃ」
「う……」
……もちろん死にたくない。
そもそもあたしはお飾りの魔王。魔族の未来なんてものを背負う気なんて最初からなかったし、ましてや命をかけるなんてもってのほかだ。
でも……
「それでも……戦争なんてしたくない」
あたしは震えながら、それでも声を絞り出した。
「たとえ不自由でもさ、なんだかんだで今平和じゃん……でも、戦争がはじまったらそれが全部壊れるかもしれない。負けたら、今度こそみんな死んじゃうかもしれない……そんなの、いやだよ。政治のことなんてちっともわからないけど、それくらいあたしにだってわかる」
「勝てばいいのだ! そのために誰かが魔族を結集し、その力をまとめれば今度こそ人間どもになど負けはせん! ワシの言うとおりにすれば、お前はジルグード様さえ届かなかった至上の栄光を掴めるのじゃぞ!」
「そんなのいらない……! あたしはただ、のんびり平和に暮らしたいだけなんだよ! 戦争なんて起こったら、ゆるだらできないじゃん!」
それがあたしの願いだ。
魔王としてじゃなく、ただのゆるだら令嬢ルーネ=ヴィリジオとしての本音だ。
戦争なんて起こされるだけで面倒このうえないってのに、自分がその中心になるなんて冗談じゃない!
その思いのたけを、あたしは無我夢中で叫んだ。
……なかなか、感動を誘う名スピーチじゃない?
これで、ジデルも思い直して……
「ぐっ、この大愚か者めが……! やはり、貴様を魔王にしたのは間違いだったのじゃ!」
――くれるわけなかった。
ジデルはすっかり好々爺の仮面を失い、怒り心頭とばかりに青筋を立てている。
「もはや、躊躇はせん! その腑抜けきった人格を消去し、一生ワシの
「そんなのやだぁ~~っ!!」
毒液をびゅるっびゅると噴き出した手をかかげ、あたしに迫るジデル。
「こーなったら……!」
それに対し、あたしもとっさに構える。
相手に永遠の眠りを与える“昏睡の禁術”……コイツ相手なら、今度こそ命が危ないこの場面なら、あたしも躊躇しない。
けど……
「今さら遅いわ、マヌケめっ!」
あたしが魔法を使う暇もなくジデルは一気に飛び込み、腕を振りかぶった。
……間に合わない!
ジデルの毒液たっぷりの爪があたしの目の前に迫る。
――けど、その瞬間がしゃーんとなにかが盛大に壊れる音が部屋中に響く。
「ぬぅっ!?」
思わず手を止め、音のした方へ振り返るジデル。
あたしも反射的にそこへ視線を向けた。
この修練場唯一の出入り口である扉……誰も入れないよう事前に施錠されていただろうそれが、もののみごとに粉砕されていたのだ。
そして、そこに立っていたのは……
「ろーぜきはそこままですよぉ~っ! わたしたちがいるかぎり、お嬢さまには手出しさせません!」
「がーっ!」
今の今まですっかり存在を忘れていたあたしんちのメイド、メルベルとガーコちゃんだった。
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