第50話「ゆるだら令嬢と黒幕の正体」


 ――ばーちゃんが呼んでると言われて、シャロマちゃんについてきたあたし。


 そこに現れたのは、ばーちゃんではなく、意外な人物だった。


「ほっほ。申しわけありませんな、魔王様……いや、ルーネ殿。少々お話があり、ご足労いただきました」


「ジデル、様……?」


 三賢臣さんけんしんのひとりジデル様……なにかと底知れないばーちゃんや、なにかと怖いシャロマパパに比べてあまり目立たない印象のおじいちゃんだった。


 そのおじいちゃんがひたひたと歩みより、まずはシャロマちゃんを一瞥する。


「ご苦労でしたな、シャロマ殿。あなたの用は済みました、ゆっくりお休みなさい」


 ジデル様がそう言うと、ぼーっと突っ立っていたシャロマちゃんは、突然糸が切れた人形のように倒れてしまった。


「シャロマちゃん……!?」


「ほっほ、ご安心を。この娘には自ら意識を失うよう命じただけですので……命に別状はありますまい」


「命じた……?」


 たしかに、シャロマちゃんはジデル様の言葉を合図に急に倒れた。


 まるで、この人に操られているかのように……


 それに、以前誰かに操られてあたしを襲った人たちと同じ、あのうつろな目……


「あなたがシャロマちゃんを操っていたってことは、この前街の人たちを操ってあたしを襲ったのもまさか……」


 信じられないけど、そう考えざるを得ない。


 その恐ろしい結論を絞り出す声が、自然と震える。


 それを聞くと、ジデル様は相変わらずの穏やかな顔で、にんまりと笑みを浮かべた。


「ほっほ、今さら隠してもしょうがありますまい。ええ、そうですじゃ。あなた……いや、がいいかげん目障りになってきたので、そろそろ消えていただこうと思ってな」


 そう告げながら、ジデル様は徐々に表情を変えた。


 穏やかな笑みは消え失せ、優しかった目は冷たいまなざしであたしを見つめる。


「目障りって、なんで……! あたしを魔王にしたのは、あなたたちでしょ!?」


 あたしが望んで魔王になったわけじゃない。


 なのに、急にこんな理不尽なことを言われて、あたしは思わず叫んだ。


「ナーザ殿がどうしてもと言われたのでな……それに、次期魔王としての素養も知識もないお前なら、案外ユーリオよりも御しやすいと思って、あえて従ったのだ。だが、お前はガラドが散々人間への反抗を訴えてもけっして同意しなかった……ナーザ殿になにか吹き込まれたのだろうが、それでは都合が悪いのだよ」


「なによ、それ……! あなた、ガラド様とつるんで強硬派に味方していたってこと!? 三賢臣さんけんしんはどっちにもつかない、中立の立場じゃなかったの!?」


「ほっほ、それはあくまで三賢臣さんけんしんとしての立場にすぎない。ワシ個人はふたたび魔族の総力をかけて、人間どもを打倒することを望みに生きてきたのじゃ……“ジルグード様”がお倒れになってから五百年の間、ずっとな!」


「ジルグード……? それってたしか、ばーちゃんのあとの魔王……?」


「ほう、さすがによく学んでおるようだ。それとも、ナーザ殿から聞かされたのかな?」


 そう、その名前はばーちゃんがあたしの三代前の魔王・ナザリカだって聞かされた時に、一緒に聞いた名前だ。


「ジルグード=ザルツハイベン、五百年前に人間相手に戦争を仕掛けて、魔族が今の苦しい立場に置かれてる原因を作った人だってばーちゃんが……」


 あたしがばーちゃんから聞かされた話をぼんやりとつぶやくと、突然ジデルの細い目がくわっと開いた。


「それは、敗北した結果に過ぎん! 人間を危険視し、それを滅ぼそうとしたジルグード様の決断は正しかった! ヤツらはかつて世界のほとんどを支配していた我ら魔族を疎んじ、その領土を奪い取ろうと虎視眈々と機会を狙っていた。我らが仕掛けずとも、ヤツらからいずれ戦争を仕掛けていただろう。そうなる前にジルグード様は先に仕掛けたのだ……我ら魔族の世界を守るために!」


「ちょ、え……?」


 五百年前の戦争はとどのつまり、領土争いが原因だったってこと?


 当時の魔王が急にトチ狂って人間を根絶やしにしようとしたわけじゃなく……?


「そんなの知らない……だって、そんなこと歴史書にだって全然載ってなかった」


「当然だ、この事実を知るのは当時から生きているごくひとにぎりの者だけ……お前たち若い世代が教えられてきたのは、敗戦のおりにすべての資産を奪い取られるのを恐れて人間どもに尻尾を振った売国奴どもが、ジルグード様ひとりに罪を負わせるため肝心なことを闇に葬った偽りの歴史なのだ……!」


 な、なんだってー!


 ……って驚いてあげたいところだけど、正直ピンとこなかった。


 そんなあたしが生まれるずっと前の陰謀論を垂れ流されたところで、まるで実感がわかなかったのだ。


 だから、あたしはただぽかーんと口を開けて聞いているしかなかった。


「ジルグード様は魔族を守るため、人間どもに牙を剥いた! しかし、それは叶わず無念にも命を落とされた……! だから、ワシがかわってそれを成すのじゃ! それが、あの方に対する最大の手向けになるじゃろう!!」


 ジデルもはなから共感も理解もいらず、ただ長年たまった鬱憤を声に出すこと自体が目的であるかのように、しゃべり続ける。


「そのために、ワシはジルグード様の跡を継いだ先代魔王ディオールに、繰り返し人間どもと戦うよう提言した。なのにあの腑抜け者め……ジルグード様の悲劇を繰り返すわけにはいかないなどとぬかして、けっして首を縦には振らなかった。だから、ヤツの後継者として期待されていたケイムを抱き込もうとしたものの、あやつの返事も父親と同じだった……だから、ふたりとも消えてもらったのじゃ。人間どもを駆逐し、ふたたび世界の覇権を握るべき魔族に、あのような腰抜けどもは不要じゃからな」


「消した……? え、それって……」


 ケイムって、たしかユーリオの前に皇太子だったって人でしょ?


 ずいぶん前に事故で亡くなったっていう……


 それに、先代魔王様は病気で亡くなったはず……


 けど、ジデルのこの口ぶりは……




「さよう、ヤツらはワシが抹殺した。この手でな……!




 ――かくして、その事実は彼の口から告げられた。


  

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