第42話「ケモミミ少年の苦悩」


「――さっきの態度は、かなりぶしつけだったのではないですか?」


 ガラド様の屋敷を後にして門へ向かう最中、シャロマさんが不満げに話してきた。


「そうですかね?」


「そうですよ。ガラド様は領主としての礼節をわきまえた方ではありますけど、それでも獣魔族ビースターです。なんのはずみで我を失って怒り狂うか……正直、私生きた心地がしませんでしたよ」


 ああ、どうりで僕とガラド様が話している間、ずっと無言だったわけだ。


 獣魔族ビースターのトップともなれば、その戦闘力は絶大。


 たかだかふたり、素手で一瞬のうちにズタズタにするなど容易い。


 僕がした行為はまさに、凶暴な猛獣を挑発していたも同然なのだ。


「すみません。ですが、僕はそれを期待していたんですよ。もしガラド様が犯人あるいは共犯の類であるなら、怒った拍子にボロを出してくれるんじゃないかって」


「あきれた……でも、アテははずれたようですね」


「ええ、残念ながら……」


 ため息交じりにぼやくシャロマさんに、僕は苦笑いを浮かべる。


 たしかに、こうもすんなり論破されたのは予想外だった。


 ……けど、だからこその収穫もあった。


「それにしても、今日のガラド様はよくお喋りになっていましたね」


「あの方は普段から十大領主の中でも饒舌な方だと思いますけど、それが?」


「いえ、今はまだなんでも……」


「?」


 僕の言葉の意図をはかりかね、首をかしげるシャロマさん。


 僕もわざと言葉をにごしたのだし、今はこれでよかった。


 とにかく、ここでの用は済んだ。


 僕らはそのまま次へ行こうと、屋敷の門を目指して歩く。


「あ、お帰りですか?」


 そこでばったりと、ミランくんと遭遇した。


 どうやらあれからずっと、庭を歩き回っていたようだ。


 彼は僕らを見かけるや、てってっとこちらへ駆け寄ってきた。


「ええ、ガラド様とのお話が済んだので、僕らはこれで失礼させていただきます」


「そうですか、お疲れ様です! では、ボクはこれで」


 そう言ってミランくんはぺこりと頭を下げ、すぐに立ち去ろうと振り返る。


 どうやら、客人を見送るためわざわざ顔を出したようだ。


 すでにガラド様から、次期領主としてふさわしい振る舞いを相当仕込まれているのがうかがえた。


「あ、ミランくん……すこしよろしいですか?」


「はい?」


 その背中を、僕はあえて呼び止めた。


 ミランくんは歩みを止め、ふたたびこちらへ振り返る。


「お父上から聞きました。ここの庭園は、君がほとんど手入れをされていると」


「あ、はい……ボク、昔から好きなんです、そういうの。父上は獣魔族ビースター領領主のせがれとして恥を知れなんて言って、あまりいい顔はしてませんけど……」


「失礼ですが、お父上とはあまり仲はよろしくないので?」


「いえ、そんなことは……! 結局こうして僕のわがままを許してくれているし、あれで優しいところもあるんですよ。僕に厳しいのは、次期領主としての期待の表れだというのも理解しています。でも……」


 慌てて僕の言葉を否定するように、声を荒立てるミランくん。


 ところが不意に、なにか思うところがあるように、しゅんと顎を下げた。


「父上が苦手なのは本当です……いえ、父上個人というより、獣魔族ビースターの在り方がというか」


「在り方?」


「はい……獣魔族ビースターは力を至上とする種族です。いついかなる時でも戦いに備え、戦いの果てに死ぬことを最大のほまれとする……それが獣魔の矜持だと、昔から父上に言い聞かせられてきました。父上が今ボクを自由にさせているのも、いずれボクも戦いを生きがいとする獣魔族ビースターの本能に目覚めると思ってのことだと思います。だけど……」


「君はそれが嫌なんですね」


 僕がそう言うと、ミランくんは少し口をつぐんだあとためらいがちに、


「……はい」


 と声を漏らして小さくうなずいた。


「ボクは戦いは嫌いだし、自分がほかの獣魔族ビースターと同じように獰猛に戦う姿なんか想像もできません。ボクはそれより、こうして花の世話をして、静かに暮らしたいんです」


「それをお父上には……?」


「いえ……」


 ミランくんはガラド様との対立から目をそらすように、うつむきがちに言葉を閉ざした。


 まあ、相手はあのガラド様だ。息子といえど正面から歯向かうのは恐ろしいだろうし、いかにもおとなしげなミランくんならなおさらである。


「すみません、差し出がましいことを言いました。どうぞ、顔を上げてください」


「あ、いえ……こちらこそ、みっともないところをお見せしてしまい、すみません」


「いえ、そんなことは……」


 ミランくんは顔を上げてくれたものの、こちらをロクに見ようともせず気まずそうにしていた。


 すぐにでも立ち去りたいけど、そのきっかけがなくて困っているといった様子だ。


 ……なら、話題を変えよう。


「ところでミランくん、ひとつお聞きしていいでしょうか」


「は、はい……! なんなりと!」


 僕の言葉を聞くや、ミランくんは反射的に顔を上げた。


 律儀というか献身的というか……かなり素直な性格らしい。


 では、お言葉に甘えて質問させてもらう。


「お父上ですが、魔都まとに滞在する間、定例議会に出席する以外はずっとこのお屋敷に?」


「ええ、ほとんどの時間は。でも、たまにですけどひとりで外出することもあるかな」


「おひとりで?」


「はい。ちょっとした用だからと、誰も同行させず馬に乗って……実際、一、二時間ほどで帰ってくるんですけどね」


「その用とは?」


「さあ……あまり詮索すると機嫌を損ねるので、使用人はもちろんボクも突っ込んで聞くことができなくて」


「なるほど……」


 なかなか興味深い情報だ。


 でもミランくんはこれ以上知らないようだし、ガラド様本人に訊いたところで、息子にも話さないようなことを素直に話してくれるとは思えない。


 いったい、どういう用事なのやら。


「ありがとうございます。では、僕らはこれで……」


「はい、気をつけてお帰りください」


 そういうわけで、ぺこりと頭を下げるミランくんに見送られ、僕らはその場をあとにした。


「――では、次はリチル様のところへ?」


 門を出たところで、シャロマさんが何気ない感じで問いかけてきた。


「そうですね。あの方は魔王城に?」


「はい。そのほか、ヴィザル様とギアレス様も現在魔王城に滞在しているはずです」


「なるほど、ちょうどいいですね……では、魔王城へ行きましょう」


 事件の犯人候補であるヴィザル様とギアレス様にも話を聞きたかったところだ。


 それに、残るもうひとりの候補であるジデル様ももちろん、魔王城にいるだろう。


 一気に用を片付けるため、僕らはそのまま魔王城へ向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る