第41話「甘やか執事と獣魔の王」


 使用人の方に客間へ通されると、すでにガラド様がそこにあるソファーに座って待っていた。


 定例議会で見るいかにも貴族風な装いではなく、カジュアルなワイシャツ姿のプライベート用といった装いだった。


 それでもただそこにいるだけで回りを威圧するような、厳かな雰囲気は健在。


 ……言われてみれば髪の色など多少は面影があるけど、この方とあのミランくんが親子だなんて、改めて考えても信じがたいことだ。


 僕らもソファーに座るよう促されたので、ガラド様の向かいの方に座り、彼と対面する。


「よくお越しいただいた。たしか魔王秘書でバハル殿のご息女のシャロマ殿と、そちらは、たしか……」


 あくまで権威ある人物として、ソファーに座ったまま僕らを迎えるガラド様。


 その視線を僕に向けたところで、言葉を詰まらせる。


 ……そういえば、僕の名は基本的に十大領主の方々には知らされていなかった。


 魔王城での僕はあくまで、魔王様の傍に控えるだけの存在。誰かと個人的にあいさつをする機会がないのだ。


「すみません。何度も顔を合わせながら、ごあいさつがまだでした……僕はフィールゼンといいます。以後、お見知りおきを」


「なるほど、フィールゼン殿か。ところで、その仮面は外さないのかね? こうして正面から話す場で、仮面をつけたままなのはいささか無礼ではないか?」


「申しわけありません……それは重々承知しておりますが、なにとぞご容赦を。魔王様との約定により、この素顔はほかの誰にも見せるわけにはいかないのです」


 ガラド様の言葉に、僕はつらつらと、あらかじめ決めていた文句を返す。


 ……べつに約定とやらはかわしていないけど。


 僕の返事に、ガラド様はご機嫌を損ねる様子はなく、逆に愉快げにフンと鼻を鳴らした。


「この私に言われてもまったく臆さないとはな……日ごろから魔王様に直接お仕えするだけあって、なかなか剛胆な振る舞い。我が息子にも見習わせたいものだな」


「ご子息というと、さきほどお会いし、屋敷へ案内させていただきました。こちらの屋敷は別荘とお聞きしましたが、ご子息と一緒に魔都まとにいらしていたんですね」


「うむ、あやつもゆくゆくは私の後を継いで獣魔族ビースター領領主、ひいては十大領主のひとりとなる者。だから今のうちに魔都まと通いにも慣れさせておこうとな……しかし、あやつは見てのとおりいまいち頼りなくて心配しているのだよ」


「いえ、じつにお元気で利発そうなご子息だと思いますよ」


「あの愚息にはもったいない言葉だな。あやつはいまだ、“獣化”も満足にできない未熟者……そのくせ訓練にも身が入らず、しょっちゅう草花の世話にうつつをぬかす始末」


「そういえば庭園にいらっしゃいましたが、もしや……」


「うむ、あの庭はほとんどミランが手入れしている。ここにくると一日中、庭にいるのも珍しくはない。まったく、気高い獣魔族ビースターの男として、恥ずかしいかぎりだ」


「いえ、草花を愛する心優しい、立派な少年だと思いますよ」


「世事はよい、それより話が逸れたな……本題に入るとしよう」


 そう言って、ガラド様は終始厳かな態度で話を移す。


 ……ミランくんの気性について、苦々しく思っている様子だった。


 たしかに、獣魔族ビースターは魔族の中でも特に力を至上とする苛烈な種族。そのトップの息子でありながら、ミランくんはかなり風変わりな存在である。


 親として心もとないのも頷ける話だけど、まあそれはあくまでよその家庭の問題。


 僕がこれ以上首を突っ込むことではないし、今は本題の方が大事だ。


「さて、つねに魔王様の傍に控えている君がそこを離れて自ら来るとは、なかなか込み入った話があるとお見受けするが?」


「はい。まずは突然の訪問の申請に応じていただき、ありがとうございます」


「なに、昨夜のうちに十大領主に向けてナーザ様からお達しがあったのだよ。今後、魔王側近の者二名が話を聞きに来ると思うので、その際は丁重にお迎えするようにとな」


「なるほど……」


「ナーザ様からじきじきに遣わされたとなると、話というのはもしや、魔王様襲撃に関することかな?」


「はい、そのとおりです。それと関連して、僕らはかつての先代魔王様とそのご子息の死に関しても調べています」


「……ほう」


 ここに話が及ぶと、ガラド様の眉がぴくりと反応した。


「なるほど、君たちはさしずめおふたりの死が何者かによる暗殺と考え、ケイム様が亡くなられた当時から定例議会に参加していた者をあたっているわけだ。それで、私のところに来たと……」


「ずいぶんとお察しがよろしいようで……」


「あのおふたりの死については私も疑念に思っていたのだよ。あまりに突然……しかも、いずれも定例議会で十大領主が一堂に会した直後の出来事だ。偶然と片付けるには奇妙であろう……無論、今回の事件もな」


「そこまで理解しているなら話は早い。率直に言いますが、僕らはあなたをかなり濃いめの容疑者として疑っています。あなたはいくら人間排斥を訴えても一向に動かない魔王様に業を煮やし、その抹殺をはかったのではないかと……」


「ちょ、フィ-ルゼンさん……!」


 躊躇なくストレートに核心に踏み込む僕に、シャロマさんが思わず声を上げる。


 実際、僕が言った可能性はけしてゼロではない。おそらく同じことを考えている者は、少なくないだろう。


 それだけ、ガラド様がかなり怪しい容疑者であるのは間違いない。


 ガラド様が激昂しやすい獣人らしい獣人なら、いきなりこんなことを言う無礼者、許してはおけないだろう。


 でも……


「フ、華奢なわりには度胸がある男よ……ナーザ様の後ろ盾がなければ、その細い喉笛、容赦なく引き裂いていたところだぞ」


 ガラド様は僕の無礼を余裕で受け流すように、薄笑みを浮かべた。


 ガラド様は気性の荒い獣魔族ビースターにしては、十大領主を務めるだけあって理性的な方だけど、それでも言葉の端々に生来の攻撃性を覗かせる場面が多々あった。


 だから、この反応は意外だった。


「ええ、承知しています。無礼をお許しください……それでも、僕は一刻も早くこの事件を解決させねばならないのです。魔王様のために……」


「フン、たいした忠誠心だ。それに免じて許そう、その的外れな暴論をな」


「暴論、ですか……」


「そうだ、私は皇太子様と先代魔王様を手にかけておらぬし、クゥネリア様も襲っておらぬのだからな。だいたい考えてみろ……事故や病に見せかけて暗殺したり、無辜むこの民を操って襲撃するなどという回りくどいことを、獣魔族の私がすると思うか? 魔法も、あまり得意ではないしな」


「しかし、今回の襲撃では市民たちになんらかの毒物が使われた可能性が高いと。毒ならば、あなたでも用意できるでしょう」


「たしかにな。ならば私がその毒を入手し、使用した証拠を持ってきてみよ。そもそも、どのようなものかも特定できていないその毒をな」


「………」


 あまりにもっともな切り返しに、僕は反論の言葉を失う。


 なるほど、たしかにまずは使われた凶器を突きつけないと、仮に本物の犯人だとしても自白は引き出せないだろう。


 僕を言い負かしたことに満足するように、ガラド様は余裕たっぷりに笑みを浮かべる。


「それに、冷静に考えてみよ。事故や病に見せかけて人を殺める陰湿なやり口、それに人を操る面妖な毒……その手の小細工をもっとも得意とするのは、“屍魔族コープス”ではないか?」


「……つまり、あなたは屍魔族コープス領領主リチル様が怪しいと?」


「うむ。ヤツはすでに何千年と活動しているアンデッド、“リッチ”だ。それだけ長い間生きながらえていれば、どれほどの魔法や毒の知識を蓄えているか知れたものではない。それに一連の犯行の手口、いかにもヤツの性格の悪さがにじみ出ているわ」


「なるほど……」


 個人的な偏見が強くうかがえるけど、たしかにガラド様の言うことにも一理ある。


 どのみち、リチル様も犯人候補のひとりだ。いずれ話を聞くつもりでいた。


「わかりました、それでは次はリチル様に話を聞いてみます。数々の無礼、どうかお許しください」


 僕はひとまずガラド様との話を切り上げ、最後に頭を下げる。


「よい。リチルに会うなら、せいぜい丸め込まれぬように気をつけるのだな。ヤツは骨の分際で口がよく回るゆえな」


 幾たびもその弁舌にしてやられているだけあって、実感のこもった言葉だった。


 その忠告を最後に、ガラド様との会合は終わる。


 少々計算違いはあったけど思ったよりは荒れず、穏便な終わりになった。


 そうして僕らは使用人の方の案内に従って、屋敷を後にするのだった。

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