第40話「甘やか執事とケモミミ少年」

 ――ナーザ様から託された手記で、今回お嬢様を襲撃し、さらに過去に皇太子ケイム様と先代魔王ディオール様をも謀殺していた疑惑のある容疑者が五人まで絞れた。


 それはすなわち、ケイム様の事故死当時から現在まで、十大領主議会に出席していたメンバーである。


 僕とシャロマさんは容疑の確信を得るため、その五人から話を聞くことにした。


 まず、最初に接触をはかるのは……






「――なかなか立派なお屋敷ですね。これが、“別荘”とは……」


 魔都まとタナトーの上流住宅街……きらびやかな邸宅が並ぶこの区画においても、ひときわ存在感を放つ大きな屋敷の門を前に、僕は思わずため息をついた。


 ナーザ様の手記から情報を得た翌朝、僕はさっそく容疑のかかっているとある方へ、訪問を申請した。


 そして、昼過ぎにここへ来るよう言われたので、こうして参上したのだ。


「そう、ここはガラド様が魔都まとに滞在する際使われている別荘です。十大領主の別荘とあって、この辺ではかなり有名なお屋敷ですよ」


 ともに調査のためここを訪れたシャロマさんは、この屋敷の威容を目にしても特に動じておらず、つらつらと説明してくれた。


 彼女はつい最近まで、この区画に住んでいた。


 だから、このお屋敷も何度か目にしているのだろう。


 ……そう、僕らがまず接触をはかるのは十大領主のひとり、獣魔族ビースター領領主ガラド=ディルゼン様だ。


 現在、ナーザ様からの要請により、普段は各領に住んでいるすべての十大領主がこの魔都まとに滞在している。


 表向きには、十大領主に魔王様襲撃の嫌疑がかけられている……


 だから逃亡を防止するためと、監視しやすくするための処置だ。


 現在この魔都まと全域は、諜報部やナーザ様の魔法による監視下にある。


 なにか疑わしい行動をすれば、たちまちナーザ様とバハル様に察知されるのだ。


 このことは、容疑者全員にも知らされている。そうして行動を抑制するためだ。


 ほとんどの領主は魔王城に部屋を用意されて滞在しているけど、中には定期的に魔都に滞在するためここに別荘を持っている方もおり、そういう方たちはその別荘にしばらく滞在することにしているそうだ。


 ガラド様も、その中のおひとりだった。


 獣魔族ビースターと言えば、狩猟や戦闘を得意とする魔族きっての武闘派種族。


 だからその嗜好や文化にはどうしても荒々しいイメージがつきまとうのだけど、このお屋敷はそんなイメージとはまったく違っていた。


 門を超えてまず目に入ったのは、屋敷を囲むきれいな庭園だった。


 木々や花、草のアーチなどが一面に広がるそこは、手入れもよくされていて、穏やかで清潔な雰囲気を醸し出している。


 ……失礼だけど、ガラド様にこのような趣味があるとは、かなり意外だった。


 庭園を見渡しながらそう思っていると、


「――なにか、ご用ですか?」


 不意に声をかけられたので振り返る。


 そこに立っていたのは少年……いや、女の子?


 とにかく、ボーイッシュなショートズボンスタイルに少女のような顔立ち……そして頭のてっぺんには獣魔族の証である獣耳をはやした若い子だった。


 それにはちょっと戸惑ったけど態度には極力出さず、僕はきりっと姿勢を正して接する。


「ああ、突然の訪問失礼します。僕らはガラド様に呼ばれた者です。ガラド様は御在宅でしょうか?」


「ああ、父のお客様ですね! そういえば、そろそろ来られると聞かされていました」


「お父上……? では、あなたは……」


「はい、申し遅れました! ボクはガラド=ディルゼンの息子、ミランです!」


 そう、ミランさん……いや、ミランくんは元気に自己紹介してくれた。


 なるほど、男の子だったか……たしかに、顔立ちは女の子っぽく声もまだ高いけど、その振る舞いは少年っぽく快活なものだった。


「ご子息でしたか。僕は魔王様にお仕えするという者です」


「フィールゼンさん、ですか……」


 そう僕の名を復唱するミランくんだけど、あからさまにいぶかしげに僕の顔を覗き込む。


 まあ、いきなりこの面相を見てはしかたあるまい。


「あの、失礼ですが……その仮面は?」


 そう、今の僕は魔王城内と同じく、謎の仮面の男フィールゼンとして行動している。


 だから、普段身に着けている仮面もそのままなのだ。


 この格好で外を歩くのははばかられたけど、かといって素顔で歩くわけにもいかない。


 万が一、僕がヴィリジオ家に仕える執事、フィリエル=シャルツガムと知られれば、魔王様の正体までバレるおそれがあるのだから……


「すみません、少々事情がありまして、このような姿で失礼します。隣にいるのはシャロマ=ダルムートさんです。本日はお父上に少々お話があり、伺わせていただきました」


「はあ、ご丁寧にどうも。父は屋敷の中で待っていると思います。ここをまっすぐ歩いた先が屋敷の玄関です。ドアの呼び鈴を鳴らせば、使用人が応対してくれるでしょう」


「そうですか。ご案内いただき、ありがとうございます」


「いえいえ! では、ボクはこれで失礼します! ごゆっくりどうぞ!」


 まるで僕らの役に立てたことを誇るように、弾んだ声でそう言うと、ミランくんはてってと庭園の奥へと駆けていった。


 ……ガラド様にあのようなご子息がいらしたとは、これまた意外だった。


「彼のことは知っていましたか、シャロマさん?」


「はい、話には聞いていましたけど、会うのは私もはじめてです。元気で可愛い子でしたね。特に、あのモフモフのケモミミがチャーミングです……ふふふ」


「……彼もアリなんですね」


「可愛さに性別は関係ありません。わたしはつまらぬしがらみなど気にせず、可愛いものはすべてを愛する主義です」


「……ソウデスカ」


 そんなやりとりを経て、僕らは屋敷へと移動。


 ミランくんの案内に従って使用人の方を呼び、屋敷へ入れてもらう。


 そして、僕らはついにこの屋敷の主、ガラド様とお会いするのだった。



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