第38話「甘やか執事、動く」
――魔王様の暗殺を謀った犯人は、魔王城の中にいる。
仮にも魔王様の護衛でありながら、その任を果たせなかった僕らへの処分。
それを覚悟して、僕らはナーザ様を訪ねたのだけど……
「――今回の件で、おぬしらを罰する気はない。安心せい」
緊張する僕らの腹の内を見透かしたように、ナーザ様は薄く笑いながらそう告げた。
「まさか、
「しかし……」
ナーザ様はそう言うけど、僕はとても納得できなかった。
「ナーザ様がどう言われようと、すぐ近くにいながら、僕らが魔王様を救えなかったのは事実です。魔王様……いえ、ルーネお嬢様の従者として、あるまじき失態。その責は負わねばなりません」
「……私も、同じ想いでここに来ました」
シャロマさんはここに来るまで、お嬢様とも会わず城内の休憩用の自室に閉じこもっていたようだ。
僕もシャロマさんも、事件以降、お嬢様とは顔を合わせていない。
……合わせる顔がなかった。
「やれやれ、意固地なことよ……で、罰と言ってもなにを望む? 魔王城での今の職を辞すか? これからも魔王としての職務を果たさねばならんルーネを置いて?」
「それは……」
そう言われると、僕らは言葉に詰まる。
たしかに、罰としてはそれがもっとも妥当だろう。
でも、僕らが去ったら、お嬢様はただひとり、この城に取り残される。
そして、今後僕ではない誰かがその世話をすると考えると、それだけで吐き気がするほどの嫌悪感に苛まれた。
「ふん、それ見ろ。おぬし、以前言っていたろう。魔王城でのルーネの自由は自分が守ると……」
「……!」
それは、お嬢様が魔王になることを迫られた際、城の地下牢で僕が言った言葉だ。
なにも、特別な誓いじゃない。
たとえ、お嬢様が魔王になっても僕はお屋敷と変わらず、お嬢様のために尽くす。
ただ、それだけの意思表明だった。
だから僕自身忘れていたのに、あの時魔法で僕らを監視していたナーザ様はしっかりと覚えていたらしい。
「あやつにちゃんと魔王をしてもらうために、おぬしらに欠いてもらってはこっちが困る。よって、どうしても責任を負いたいというなら、そうだな……せいぜい、我らの失態の“尻ぬぐい”でもしてもらおうか」
「尻ぬぐい、ですか?」
僕がきょとんと尋ねると、ナーザ様はにたりと、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ルーネを襲った犯人……いや、黒幕と言うべきか。その捜索をおぬしらに命じる。どうせ、我が言わんでもそうする気だったのだろう?」
「………」
なにもかもお見通しとばかりに言うナーザ様の言葉に、僕はなんの反論も浮かばなかった。
……図星だったからだ。
シャロマさんも想いは同じだったらしく、ばつが悪そうに口をつぐんでいる。
「ルーネに合わせる顔がないと言って、あやつのために何もしないおぬしらではなかろう。勝手に動いてやりすぎてもらっては困るゆえ、この場で正式に依頼しておく。おぬしらには、今回の事件に関する調査を命じる。諜報部は、今回巻き込まれた市民の監視や、念のため魔都にくすぶる反魔王思想者の洗い出しに手いっぱいでな……調査に割く人手がほしいと、バハルとも話しておったのだ」
それは僕にとって、願ってもないことだった。
認可もなく動いては、なにかとリスクはある。
それを除外して自由に動けるとなれば調査もしやすいし、調査対象へのアポも取りやすくなるだろう。
僕もシャロマさんも、頷いてナーザ様からの要請を承諾する。
「承知しました。さっそくですがナーザ様、
「十大領主だけではない。魔王の
「……ずいぶんと落ち着いてますね」
身内の中に魔王様の命を狙った反逆者がいるかもしれないと言われれば、多少は動揺するものだ。
でも、ナーザ様の態度にはそれが一切見受けられなかった。
「ま、正直誰がやっても不思議ではないからな。家臣が魔王の命を狙い、国家転覆を謀る……昔からそう珍しい話ではない。我自身、魔王をやっていたころは何度か命を狙われたものよ……身近な家臣の手引きでな」
そう語るナーザさんは暗い過去を思い出したかのように、少し気分を重くしている様子だった。
……それを聞かされ、僕も正直たいした驚きはなかった。
王族の内情はどこも似たようなもの……力を至上とする魔族であれば、その争いはより凄絶だろうと想像に難くないからだ。
……だから、僕はかねてより、とある推測を立てていた。
「……ナーザ様。少し、言いにくい質問があるのですがよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
この際だから、思いきって尋ねてみようと思った。
これは、今回の事件にも関連する非常に重要なことだ。
「まず、先代魔王の本来の後継者はユーリオ様のほかにもう一人いらっしゃった……先代魔王様の第一子でユーリオ様の前の皇太子であったケイム様です」
「それが?」
「ケイム様はずいぶん前に、突如亡くなられた。たしか、“不慮の事故”だとか……それに先日亡くなられた先代魔王のディオール様。このふたりの死について、ナーザ様はどのようにお考えでしょう?」
「フィリエルさん、まさか……!」
僕がこの質問をするやシャロマさんはぎょっと目を見開き、当のナーザ様もぴくりと眉をひそめた。
ふたりとも、僕の質問の意図にすぐ気づいたようだ。
……まあ、現在の魔王が暗殺されかけた直後だ。当然だろう。
僕のこの恐れを知らない質問に、ナーザ様は呆れたような苦笑いを浮かべた。
「まったく、恐ろしいことをさらっと考えるものだな、フィリエルよ」
「で、どうなんでしょう?」
「どうもなにも、公式発表どおりだ。ケイムは馬の暴走による馬車からの転落で事故死……その父のディオールは病死。そのように公表されていただろう? それ以外のことは、さすがの我もおぬしたちには話せん」
「なるほど……」
――僕らには話せない……
つまり、みだりには話せないほどのべつの事実が、ふたりの死の背後にはある。
僕はナーザ様の持って回ったような言い回しを、そのように解釈した。
でも、わかるのはそれだけ。
ナーザ様がわざわざこう言う以上、自分から話すことはなさそうだ。
「さて、話は終わりだ。我はすこし用があるので、失礼しよう」
そう言って、席を立つナーザ様。
もうとりつく島もないと思われたけど……
「おぬしら、ほかにすることがなければもうしばらくここでゆっくりしていってもいいぞ」
「え……」
「あと、この机の引き出しには“とてもいい物”が入っているが、手を出すなよ? くれぐれも、こっそり持ち帰ったりなどせんように。よいな?」
その忠告を最後に、ナーザ様は本当に僕らを残して、部屋を出て行ってしまった。
僕らはあっけに取られて、その後姿を見送る。
「フィリエルさん、今のは……」
「……まぁ、そういうことなのでしょうね」
茫然とするシャロマさんに、僕は肩をすくめて答える。
あんなこと、わざわざ言うことでもあるまいに、わざとらしく言ったからにはそこには逆の意図がある。
……つまり、机の引き出しにいい物が入っているので、持っていけ。
そういうことだろう。
「まったく、回りくどいことを……ナーザ様も人が悪い」
話の流れからいけば、いい物とやらの正体にも見当がつく。
それは、自分からは話せないナーザ様に代わって、僕の疑問に答えてくれる物……
かくして、机の引き出しから見つけたのは、皇太子と先代魔王……ふたりの死にまつわる記録を記したと思われる、一冊のファイルであった。
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