第37話「魔王城、震撼する」
――魔都タナトーで白昼堂々行われた、魔王様の暗殺未遂。
僕が事件の発生を知ったのは、すでに事が終わったあとだった。
突然複数の市民に襲撃された魔王様だけど、たまたまそこに駆けつけたディアーシャ様とバルザック様のおかげで、魔王様は無事保護されたらしい。
事件の発覚後、魔王城はただちに物々しい雰囲気に包まれ、
「――以上の経緯で、魔王様は無事救出。その後、バルザック殿によって解凍された襲撃者たちだが、彼らは口をそろえて魔王様を襲ったことは覚えていないとのことだ。魔王様の証言とその後の調査から、彼らは何者かに操られていた可能性が高い……つまり、彼らを操った主犯が今もどこかに潜伏しているということだ」
集まった出席者たちに対し、バハル様は厳かに事件の概要を説明した。
議会が開かれたのは、事件の発生から半日後……すでに陽が沈みきった夜だ。
先日の定例議会が終わって早々、仕事のために各々の領へ帰っていった領主たち……うちの旦那様や
彼らからすれば、戻って間もなくまたUターンする形になったのだけど、事が事のためきわめて迅速に駆けつけてくれた。
特に旦那様は自身の娘が襲撃されたとあってよほどショックだったようで、議会前にひそかにお嬢様と直接お会いになった際はその無事をとても喜んでいたし、今もひどく消沈した様子で議会に臨まれていた。
まぁ、それはともかくとして、肝心なのは議会の推移だ。
「それで、魔王様は今どこに? この場にはいないようだが?」
バハル様の説明がひと段落するのを待ったように、
そう、今ここにいるのは
いつもいるはずの席には、魔王様はもちろん、その傍に控えていた秘書のシャロマさんの姿もなかった。
「魔王には、この城内の部屋で休んでもらっている。未遂に終わったとはいえ、命を狙われたのだからな……本人は平気そうにしているが、ここで無理をして体調を崩されては困る。こういう非常時だからこそ、なおさらな」
ガラド様の疑問にそう返したのは、ナーザ様だ。
フードを深くかぶって顔を覗かせないのは変わらないけど、いつになく冷淡に言葉を紡ぐナーザ様は、出会って間もない頃の恐ろしげな雰囲気を纏っているかのようだった。
「賢明な判断ですな。それで、魔王様を襲った者たちが操られていたという話だが、その根拠は?」
そう質問したのは、それまで影の如く口を閉ざしていた、屍魔族領領主のリチル様だ。
これにナーザ様に代わって答えようと、バハル様が再び席から立ち上がる。
「念のため諜報部が尋問と魔法による精神分析をおこなったところ、彼らには魔王様に対する叛意の形跡も兆候も一切見受けられなかったそうだ。全員、街を歩いていたところ急に意識を失い、気がついたらあそこにいたと……その証言についても、嘘を言っている痕跡はなかったとのことだ」
バハル様は、シャロマさんも所属する魔王城諜報部の統括者……彼は事件が発覚するとただちに諜報部を動かし、市民たちをすみやかに調べさせたのだ。
反逆の芽を摘むのも彼らの任務のひとつ……その手際はじつに鮮やかだった。
「例の市民の中には、小さな女の子までいたとか……まさか、その子にも尋問を?」
その話の途中で、レシル様が言葉を挿む。
……ご自身も娘を持つ身だ、その言葉と態度には、顔も知らぬ少女への心配と慈愛を覗かせていた。
レシル様の言葉に対し、それまで張り詰めた顔をしていたバハル様が、ふと表情を緩めた気がした。
「無論、すこし質問はしたが、手荒な真似はしていない。彼女に関しては、本当に何も知らない子供だという裏もとれている。すでに、両親を呼んで帰ってもらった。万が一のためしばらく監視はつけるが、それだけだ……安心しなさい」
「そう、それならよかった……」
バハル様の説明を聞き、心の底から安堵したように溜め息を吐くレシル様。
バハル様の言葉には単なる状況説明や弁明ではなく、妻を気遣う配慮が強く感じられた。
このほんの一瞬だけ、あの方はひとりの夫、そして親に戻ったのである。
しかし、それも束の間。
バハル様はふたたび眉間にしわを寄せ、厳格な表情をつくる。魔王城ではあくまで三賢臣のバハル……自らを、そう律するように。
ちなみに、お嬢様を襲ったほかの市民たちも少女と同様にすでに帰ってもらい、今後しばらくひそかに諜報部の監視をつけるという処遇がされたとのことだ。
本来、魔王を襲ったからには未遂でも処刑されるところだけど、三賢臣が中心となって冷静に状況を分析した結果、彼らに故意に魔王様を襲う意志も理由もなかったと断定されたための処置である。
……襲われた魔王様本人が彼らへの処罰はしないよう、
命を狙われたとはいえ、自分の一存でただ操られていただけの人々の命を奪えるほど、ルーネお嬢様は非情ではないし、そうもなれない。
その心を汲んだナーザ様が市民たちのことを徹底的に調べ上げるようバハル様に命じ、ひとまずの潔白を証明したのである。
……まったく、あの方にはかなわない。
「ちなみに、彼らになにか魔法をかけられていた痕跡は?」
僕が思いふけっている間、中断していた本題にリチル様がふたたび切り込んだ。
「魔法とは?」
「他人の意識や思考を支配し、意のままに操る……そういった類の魔法です。十人ほどを一度に操るとなれば、よほど高位の魔法が使われた可能性があるので」
「いや、体にも精神的にも、そのような痕跡はなかったそうだ。ただ、医学的な検査もさせたところ体内から微量の薬物反応が検知された。少なすぎるゆえ、どのような作用かまではわからなかったが、彼らはなにかの薬……いや、“毒”で操られていた可能性はあるそうだ」
「ほう、毒……」
バハルさまの説明を咀嚼するように、神妙につぶやくリチル様。
それからふと、表情を変えようがないはずのドクロの顔が、にやりと笑みを浮かべたように見えた。
「――ここにいる誰の仕業かは知らぬが、上手いことやったものよ」
そして、次にもたらされた言葉が、この場の空気をざわっと変えた。
「その口ぶり……貴様、我々の中に魔王様の暗殺を企てた犯人がいると?」
これに真っ先に嚙みついたのは、以前からルチル様と対立関係にあったガラド様だ。
「此度の襲撃は、明らかに魔王様が視察のため魔都に入ったタイミングを狙ったものだ。視察の件を知るのは、魔王様に直接仕える者や
あくまで冷静に淡々と、そう述べるリチル様。
自らも容疑者だと踏まえた推理をあまりにつらつらと抑揚なく披露したものだから、僕も含め、誰もが気後れして言葉を挿めなかった。
でも、それもほんのひと時。
ただちに議会は紛糾した。
「吾輩たちの中に犯人がいるだと? フン、バカなことを……やはり所詮は
「ふ、その骨すらない
「なにをォ……!?」
「まあまあ、リチル殿もヴィザル殿も落ち着いて。たしかにリチル殿の言うことはもっともだけど、視察のことを知っているのが我々だけだったと判断するのは、いささかノットエレガント……早計ではありませんかね?」
「カイネスの言うとおりだ。そもそも、魔王様を守る立場にありながらまんまと刺客の襲撃を許したというマヌケな護衛どもは調べたのですかな? もともと、そやつらが手引きしていたという可能性もありましょう!」
「―――っ!」
ガラド様が突如として叫んだ言葉。
その言葉に、僕は息が詰まりそうな感覚を覚えた。
とっさに、反論したい思いで腰が浮くが、それを制するように隣にいたナーザ様が僕の膝に手を置いた。
……それがなければ、無様に大声を立てているところだった。
誰が魔王様の護衛についていたかは、旦那様とレシル様以外の十大領主には誰にも知らされていないというのに……
「……護衛の者たちはもちろん真っ先に調べたし、すでに処分もくだした。彼らの中に犯人がいたという可能性は限りなく低い」
僕が激情を抑えている間、バハル様が冷静にガラド様の疑問に答える。
護衛――つまり自分の娘であるシャロマさんを罵倒された挙げ句濡れ衣まで着せられたというのに、それでもバハル様は僕なんかと違って怒りを表に出さず、厳粛とした態度で振る舞っていた。
ちなみに、バハル様が言っていることは半分本当で、半分はウソだ。
たしかに、僕とシャロマさんも市民たちと同じく尋問を受け、念のため操られた形跡がないか調べるため検査を受けたけど、処分らしい処分は受けていない。
ほかの市民のように薬を盛られた形跡もなかったため、ひとまず処分は保留されているという立場だった。
こうして護衛への疑いはひとまず晴れたものの、それでリチル殿がつくりだした波紋がおさまるわけもなく、議会はさらに紛糾した。
「――もうよい! みな静粛にせよ!」
ついには、それを我慢しかねたナーザ様が大声で場を諫める。
「たしかに、我々を含めこの中にいる誰かが犯行に関与している可能性は看過できぬ! よってしばらく、おぬしらには全員魔都に留まってもらい、事件が終息するまでは街から出ることを禁ずる! それを破れば、いかなる理由があろうと容疑の的になると心せよ! 以上、本議会はこれまでとする!」
そうして、ナーザ様の一声で強引ながら、ひとまず騒ぎは終った。
……この中に、魔王様を襲撃した反逆者がいる。
結果的にその疑いを強くする形で、議会は解散となるのだった。
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