第1シーズン・ゆるだら令嬢危機一髪編
第34話「ゆるだら令嬢、街に出る」
――それは、ある日の十大領主との定例議会でのことだ。
「ところで、魔王様。人間どもへの対処についてはどのようにお考えで?」
最初の議題がひと段落すると、かねてからタイミングをはかっていたかのように、不意に
これに、ざわっと議会室の空気が変わる。
「対処、とは……?」
それでも魔王様は一切動揺したそぶりを見せず、冷静に切り返す。
……まあ、本音では『まーた始まったよ、このオッサン』とか思ってげんなりしてそうだけど。
「魔王様が即位して、もうずいぶん経ちます……そろそろ我々魔族を脅かす人間どもへの具体的な対策を考えるべきかと」
「その対策とは、どのような?」
「もちろん、武力行使を視野に入れた人間どもへの反抗です」
「ふむ……」
ガラド様がこの類の提案をするのは、これがはじめてではない。
ほぼ毎回、定例議会ではこのように人間排斥を主張する発言を繰り返しているのだ。
ガラド様は人間への反抗を謳う強硬派の最先鋒……隙あらばその姿勢をアピールするのが、彼の政治的な基本スタンスであった。
「吾輩もガラド殿に賛成でありますぞ、魔王様! 新たな魔王の存在を人間どもに知らしめ、きゃつらに我ら魔族の強大さをふたたび思い知らせる良い機会です!」
「たしかに、彼らは我ら魔族をこの魔大陸プルテマに閉じ込め、すっかり世界の支配者気分に浸ってのぼせあがっている様子。あまりにノットエレガント! そろそろお灸をすえるのも必要では?」
ガラド様に同調するように、
ガラド様を筆頭としたこの三人が、もっぱら強硬論を主張しているのだ。
ほかの強硬派……
このおふたりは強硬派に属してはいても、ガラド様たちほど強く人間排斥を願っているわけではないようだった。
「ふん。それが獣のサガとはいえ、毎回懲りもせずよく吠えるものだな、ガラド」
そして、そんな強硬派と対立するのが穏健派……その代表的人物である
「なんだと、リチル!」
「今まで一度として、貴様の主張に魔王様がうなずいたことがあったか? つまりはそういうことだ……ですな、魔王様?」
「……うむ」
これ幸いとばかりに、リチル様が出した助け舟に乗り、うなずく魔王様。
「ぬぅ……」
こうなるとガラド様もこれ以上主張を続けることはできず、リチル様を睨んで忌々しげに口をつぐんだ。
毎回こんな調子で、魔王様は自分が強硬派の敵意を買うような発言は避け、無難に彼らの発言をいなしてきたのである。
「まあ、魔王様がそう言うのであればしかたないですね」
納得できない様子のガラド様とは違って、すっぱり切り替えるようにそうお茶を濁すカイネス様。
「ところで魔王様、たしかに即位されてからそれなりの時が経ちました。もう、
そのカイネス様が露骨に話題を変えるように、ふとそんなことを言い出した。
「視察……?」
その言葉に、魔王様は厳かに反応する。
「ほっほ、魔都で暮らす臣民の暮らしぶりを、魔王様自ら見て回る行事ですじゃ。そういえば、クゥネリア様はまだでしたな。まあ、視察といってもそんな堅苦しい行事ではなく、軽い観光行事のようなものですじゃ」
カイネス様に代わってそう答えたのは、魔王様の後方に控える僕の隣の席に座るジデル様だ。
今日は
彼の言葉に、魔王様が仮面の向こうでにわかに眉をひそめたのを、僕は気配で察した。
「それは、必要なことか……?」
「聞いた話では、
威厳ある魔王として振る舞うお嬢様の威圧的な言動にもひるまず、カイネス様は飄々と受け答えする。
権威ある十大領主の中では、とりわけフランクでとらえどころのない軽快さを持った、珍しいタイプのお方である。
(ノットエレガントて……)
カイネス様の独特な言い回しに、魔王様が仮面の裏でひくひくと目元をひきつらせているのが、僕にはわかった。
「それは良いアイディアかと。魔都の活気に触れれば、魔王様にとってもよい息抜きになるはず」
「うむ。ご自身が治める街をじかに見ることは、これからの政策にもたしかなプラスになるかと」
「よくわかんないけどぉ~、それはとっても素敵ですね~☆ カイネスくん、さすが~☆」
さらに、ヴィザル様とガラド様、ついでに彼らと対立している立場のはずの
「……わかった。そこまで言うなら、やってみよう。シャロマ、さっそくスケジュールを調整してくれ……なるべく早く実施したい」
「承知しました、魔王様」
魔王様は意外にも、これを承諾。妙に積極的な姿勢で、さっそく実施のための段取りをはじめた。
そうして、話はスムーズに進み、今回の議会はつつがなく幕を下ろすのだった。
◆
「――お嬢様。例の
その夜、僕は屋敷でお嬢様のお世話をするかたわら、すこし気になったので訊いてみた。
お嬢様は基本的に、外での活動をあまり好まない。
魔王になることだって、ほとんど魔王城にこもり、やるのは楽な書類仕事ばかりだと聞いてしぶしぶ承諾したくらいだ。
だから、お嬢様の今回の決定は僕にとってちょっと意外だった。
僕の疑問に、ベッドの上でシャロマさんの愛猫三匹のうちの一匹(モレットという、メス猫。やんちゃな性格だけど、お嬢様にはなぜか妙になついている)とじゃれながら、「ん~?」と耳を傾ける。
「まあ、実際めんどくさいし、できればやりたくないけどさ~。でも、あれだけみんなノリノリで薦めてきてるのを突っぱねると、印象悪くなるじゃん? 十大領主なんてお偉いさん方を相手に、あまりカドは立てたくないしね~」
「なるほど……ご賢明な判断です」
お嬢様なりに、自分の魔王としての立場を考慮したうえでの判断らしい。
最初はいやいややっていた魔王役だけど、最近は徐々にお嬢様にも魔王としての自覚が備わってきたように思える。
お嬢様が魔王だろうがなんだろうが、僕がお嬢様を慕う気持ちは変わらないけど、お嬢様の精神的な成長は素直に喜ばしいことだ。
「それに……」
「それに?」
でも、それ以外になにか思うところがあるらしい。
お嬢様はふと、モレットとじゃれる手を止めた。
「あたし、そういえばまだ一度も
「そういえば、そうでしたね」
「人でごちゃごちゃしてる街を歩くなんてぞっとするけど、それでも大陸一の都会っしょ? だから、人並に興味はあるかな~って」
「なるほど……」
用もないのに街を歩くのは億劫だけど、きっかけがあれば多少の興味はある……
お嬢様の場合、これまで旦那様に様々な社交場に連れられる過程で多くの街を訪ねながら、自由に街を見て回る時間がまったくなかった反動もあるのだろう。
「それに、ジデル様が軽い観光だって言ってたじゃん? あのあとばーちゃんにも相談したら、おしのびでのんびり街を見て回るだけののどかな行事なんだって。それなら、まあいいかなーって」
「ナーザ様がそう言うのであれば、安心ですね」
「念のための護衛も、あたしが自由に指定していいって。だからフィリーと、あとはシャロマちゃんについてきてもらおっかな~。付き合ってくれる、ふたりとも?」
「もちろんでございます、お嬢様!!」
お嬢様の言葉に僕に先んじて反応したのは、僕とともにここでお世話をしていたシャロマさんだ。
その言葉を待っていたとばかりに食い気味で、妙に鼻息を荒くした態度だった。
「僕も、喜んでおともします」
シャロマさんに若干出鼻をくじかれた形になったものの、僕も微笑んでお嬢様の頼みを引き受ける。
もとより、言われずともついていくつもりだった。
シャロマさんも体術の腕は相当だし、そもそも護衛は僕ひとりで十分なくらいだ。
それを知っているナーザ様の賛同を得られれば、お嬢様の要望は問題なく通るだろう。
「へへ……」
僕らの返事を聞くと、照れくさそうにはにかむお嬢様。
うーん、可愛い……
その期待に応えるため、魔都視察、なにがなんでもお嬢様にとって素晴らしい日にせねば。
僕は、そう心に誓うのだった。
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