第33話「ゆるだら令嬢、省エネできなくなる③」


 ――夕暮れ時。


 その日の公務を無事に終えた僕らは、なにごともなく屋敷に帰ることができた。


 省エネモードになれなくなったとはいえ、それ以外はいつもどおりのお嬢様だ。


 屋敷の外で活動する分には、なんの支障もなかった。


 けど……


「あ~~~~……落ち着かない~~~~」


 帰ってからというもの、そんなふうにうめいてベッドで大の字になるお嬢様。


 いつもどおりのパジャマ姿(もちろん大人サイズ)ではあるけど、その身はやはり一向に縮まない。


 やってることはいつもどおりだけど、明らかに気分がすぐれないようだった。


 夕食はおろか、僕がマコーラとマポテトをお運びしても、ろくに手をつけられないのだから相当だ。


 今さらながら、お嬢様にとって心の底からくつろげないことがどんなに過酷なことか、痛感させられる。


「小さくないお嬢様……それでもお嬢様はお嬢様……でも……はぁ~」


 シャロマさんもさっきからぶつぶつと葛藤をこぼしながら、どうも仕事に身が入らない様子だ。


「まあまあ、お嬢様……そんなに悲観なさらず、のんびり構えましょう。その姿でもいつもどおりくつろいでいれば、案外早く元に(?)戻れるかもしれませんよ?」


 その様子を見かね、僕はなんとかお嬢様を励ます。


「ふん、気軽に言わないでよ、フィリー。ずっと脱ぎたくても脱げない外行きのドレスみたいな恰好で、どうやってくつろげっていうのさ!」


「ごもっとも……」


 僕の薄っぺらい気休めを、お嬢様はすねたような口ぶりであっさり論破する。


 たしかに、それは落ち着かない。


 お嬢様をその苦痛から解放するには、へたな精神論などでなく、もっと具体的な解決策が必要だと思った。


「ならばお嬢様。一刻も早く省エネモードになれるよう、自分で魔力を制御してみるのはいかがでしょう」


「それってどうやるの?」


「えっと……それは……」


 いけない、言葉が出てこない。


 なにぶん、感覚的な要素が大きいので具体的にどう説明していいかわからなかった。


「はぁ~あ。この姿じゃいまいち気分もノラないし、ツマんないなぁ~。最近、メルベルも妙におとなしいし、調子狂うなぁ~」


 不甲斐ない僕の態度についには不貞腐れて、ごろんとベッドの上で寝返りを打つお嬢様。


 その言葉で、僕もふと気がついた。


「そういえば、アイツ……最近妙に調子が悪そうでしたね」


 昨日はずっと気が抜けたような態度で、こちらの指示にも素直に頷いて淡々と仕事をしていた。


 そして、今朝は……


「ん? そういえばシャロマさん、今朝メルベルを見かけましたか?」


 何気なく思い立ち、シャロマさんに尋ねる。


「そういえば、見たような見てないような……正直、どうでもいいので覚えてないです」


 シャロマさんは本当にどうでもよさげに、それだけ言った。


 ……ま、それもしかたない。


 僕も、今朝の騒動からこっち、アイツの存在を完全に忘れていた。


 でも、メルベルのあの騒がしさだ。会っていれば絶対覚えているだろう。


「ガーコ、君は?」


 僕は部屋の隅に突っ立っているガーコにも声をかける。


 視界に入れたのは今日これがはじめてだけど、彼女は変わらずそこにいた。


 ガーコは立場上はメイドだけど、主な仕事はお嬢様の警護と屋敷の見回り。


 特別人手が要る場合を除いて、お嬢様がいる時はこうして部屋で不動でお嬢様を見守り、不在時にはひとりで屋敷を巡回するのを黙々とこなしている。


 直立不動で佇む様はまさに石像そのものでろくに言葉も話せないけど、話しかければ返事はするし、多少のニュアンスなら僕にもわかる。


 けれど……


「………」


 いつもなら「がー」と声を返すのに、ガーコはこちらになんの反応も示さず、無言で佇むばかりだった。


「ガーコちゃん?」


 それを気にかけたシャロマさんがおもむろに歩み寄り、肩に手を伸ばす。


 ガーコは魔法で普段は普通の魔族にしか見えないけど、その本質は動く石像……


 触っても、返ってくるのは石の触感だけど、それでも動いているうちは人並みに反応を見せるはずだった。


 ……が、ガーコは少しも動かず、声も発さず、それどころかシャロマさんが手を触れた拍子にバランスを崩して倒れてしまった。


 あくまで直立不動のまま、ゴトリと無機質な音を立てて倒れたのだ。


「ガーコ……!」


 その様を見て僕も駆け寄り、ガーコの様子を確認する。


 よく見ると、その体からは生者らしい色がすっかり失われ、微動だにしない本物の石像へとなり果てていた。


「これは、魔力切れ……?」


 ガーコの正体は、石像に魔力を注ぎ込んで稼働させる魔法生物……ガーゴイルだ。


 その魔力が失われれば、ただの石像に戻るのが道理。


 そして……


「まさか、メルベルも……シャロマさん、お嬢様を頼みます!」


 僕はそう言って、すぐにお嬢様の部屋から飛び出した。


 メルベルも魔力切れになっているのなら、姿を見ないのも当然。


 ガーコと違って石像ではないが、魔力が切れれば身動きがとれないのは一緒だ。


 僕はメルベルに掃除を頼んだエリアを中心に、屋敷中を探し回った。






 しばらくして、なんとかメルベルを見つけ出すことができた。


「――いました」


「え、それが……?」


 部屋に戻ってきた僕が持っているモノを凝視し、固まるシャロマさん。


 僕が抱えているのは、人サイズの……一言で言えば、カワ袋だ。


 それがメルベルである。


 彼女は体の中身をすべて失った、干からびた寒天のような状態で屋敷の片隅に倒れていたのだ。


 彼女もまた、普段の魔族の姿は魔法で偽装したもの。


 魔力が切れれば、人の形をしただけのゲルの塊……いや、水分を失ったゼリーのようになってしまうのである。


 そして、その魔力を与えられるのは、メルベルとガーコの創造主である旦那様と、旦那様と同質の魔力を持つ血族のみ。


 つまりここでは、お嬢様だけということだ。


 ならば、あとは簡単。


 メルベルたちはただちにお嬢様から魔力を供給され、無事に元の姿へ戻ることができた。


 メルベルはむくむくと体の中身を取り戻し、ガーコも元の肌の色を取り戻したのである。


「ぷはー、生き返ったぁ~! もぉ、ひどいですよお嬢様~! わたしたちのこと、完全に忘れてたでしょぉ~!」


「あはは、ごめーん! ここしばらく、ずっとごたごたしてたからさぁ」


 どうやら、魔王になってこの数ヶ月、ロクに魔力を与えられていなかったらしい。


 そして、この前のシャロマさんとの一戦が決定的な引き金となり、メルベルたちは完全に魔力を枯渇させてしまったというわけだ。


 まあ、本当にいろいろあったのだから、しかたない。


 いついかなる時も、お嬢様は悪くない。


「気をつけてくださいよぉ、ほんと~! ガーコちゃんからも、なんか言っておやりなさい!」


「がー」


 というわけで、わざとらしくぷりぷりと怒ったメルベルの小言と、ガーコの怒りのかけらもない平坦な一声をもって、この珍騒動は解決を見た。




 ……ついでに、もうひとつの騒動も。




「ところで、お嬢様。そのお姿……」


「はえ?」


 僕は不意に気づき、お嬢様を見つめる。


 本人も気づいていなかったのか、その視線をきっかけに、自分の体を見下ろす。


「あれ、妙に馴染むこの視点の低さ……え? あたし、縮んでる!?」


 自分の体の変化に気づき、驚くお嬢様。


 そう、メルベルたちに魔力を与えた途端、気がつくとお嬢様は僕らにとってもなじみ深い、いつもの幼女姿になっていたのだ。


「うわーい! 小さなお嬢様だー!」


「えーい、やめれー!」


 お嬢様が縮んだ途端、一切の気後れなく抱きつくシャロマさん。


 まるで、お気に入りのぬいぐるみが戻ってきたかのような反応である。


「なんですなんです~? あたしたちの知らない間に、なんかあったんです~?」


「がー」


 魔力切れで意識がなかったせいで今朝の騒動を知らないメルベルたちは、首を傾げる。


 お嬢様もまた、この状況に首を傾げた。


「でも、あたしなんで急に縮んだの……?」


「おそらくですが、メルベルたちに魔力を分け与えたせいではないかと」


「ほえ?」


「余分な量を消費したおかげで、お嬢様の魔力が今のご自身で制御できるちょうどいい量に収まったということです。そのため、また省エネできるようになったのでは?」


 それが、これまでの状況を分析して得た、僕の結論だった。


 そもそも、絶大な魔力を得たからと言って、魔法を頻繁に使うような習慣がないお嬢様が魔力を消費する機会はめったにない。


 普段は省エネで抑えていたのだから、なおさらである。


 本来なら定期的に行うべきメルベル達への魔力供給をサボれば、体内の魔力が溜まる一方になるのは当然だった。


「ええ~? たったそれだけ~? だったら、ばーちゃんも変にしらばっくれず、さっさと教えてくれればいいのに~!」


だからだと思いますよ」


 可愛らしく憤慨するお嬢様に、僕は苦笑まじりにそう答えた。


 ナーザ様もまさか、従者への魔力供給を忘れていたせいで、このような事態になったなど夢にも思っていないだろう。


 ……知られたら絶対お説教されるので、黙っておこう。


「では、これからこまめにメルベルたちへ魔力を分け与えれば、お嬢様が小さくなれなくなることはもうないのですね」


「おそらくそうでしょう」


「はぁ~、よかった! もしお嬢様がずっとあのままだったら、私この屋敷からおいとまするところでしたよぉ」


「それひどくね?」


 嬉しさのあまりあけっぴろげに本音をもらすシャロマさんに、冷ややかにツッコミを浴びせるお嬢様。


 これ以降、シャロマさんが厳重にスケジュールを管理し、定期的にメルベルたちへ魔力を供給するよう、取り決めがされたのだった。

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