第25話「甘やか執事、お嬢さまの影武者を立てる④」
「――あなた、魔王様ではありませんね?」
難関の定例議会を終えて通路を歩く最中、その悪夢のような言葉は、不意にもたらされた。
それを口にしたシャロマさんに表情はない。
それだけに、その本気度がうかがえた。
「……なんの冗談だ、シャロマ?」
そのシャロマさんに、魔王様に擬態したスライムメイド・メルベルは、重々しく言葉を紡ぐ。
今までになく、非常にそれらしい気配を帯びた迫真の演技だった。
……なんで今になって本気出してんの、コイツ?
「茶番はそこまでです、魔王様……いえ、偽魔王」
その偽魔王の言葉を、冷ややかに一蹴するシャロマさん。
「あなたの変身はたしかに見事でした。見た目だけはまさしくご本人と瓜二つ、多少の違和感を感じても、わずかな間に偽物だと確信できる者はそうはいないでしょう……」
――そう、それが僕の狙いだった。
実際、かなり危ない場面は数あれど、定例議会は無事に乗り越えたのだ。
それだけ、メルベルの変身能力は完璧だった。
……でも、ひとつだけ、どうしようもない問題点がある。
「しかし、それもあくまで外見だけ……魔王様の内面と細かいしぐさのひとつひとつまでは模倣しきれなかったようですね。そのひとつひとつは小さな違和感でも、積み重なれば疑いも確信に変わるというもの。他の方ならいざ知らず、今日までつねに魔王様の振る舞いに目を光らせていた私の目は誤魔化せません」
その問題点を、シャロマさんは淡々と語った。
偽魔王を正面から見据えるその視線は、いつもの彼女らしからぬ、凛とした熱を秘めているように思えた。
彼女が持っている自分の能力への誇り、使命感……それらの発露を感じる言動だった。
……これはハッタリではない。
魔王様のもっとも近くに身を置く者としての誇りに懸けて、シャロマさんは偽魔王に迫っているのだ。
そんな彼女を前に、不遜に佇む偽魔王メルベル。
そして……
「フフ……クク……アーッハッハッハッハッハァッ!!」
化けの皮を自ら剥ぎ取るように、メルベルは声を高くして笑った。
「よくぞ見破りましたねェ……そこのごくつぶしのポンコツ執事すら気づかなかったというのに!」
「そんな、まさか……魔王様が偽物だったなんてー!」
偽魔王からもたらされた衝撃の事実に、僕は愕然とした。
――というていで、この茶番に全力で乗っかる。
あとでおぼえてろ、このごくつぶしのポンコツメイド。
「本物の魔王様はどうなさったのです?」
「ククク、安心なさい。本物は丁重に預からせていただいてます。さぞ、お疲れだったご様子……今ごろすやすやとお眠りになっていることでしょう」
うん、そのとおり。
わざとらしくうそぶくように、一片の偽りもない事実を語りながら、偽魔王メルベルは不敵に嘲笑う。
「せっかく、魔王に代わってこのわたしが全魔族を支配してやるつもりだったのに、あなたのせいで台無しです。当然、ただで済むとは思ってないですよねェ?」
その笑顔が妖しく歪み、偽魔王の体はみるみる色を失っていき、緑色のゲル状へと変わっていく。
真の姿を披露……と言ったところだろう。
でも……
「――お遊びはそこまでにするがいい」
形状変化がはじまるのも待たず、偽魔王の背後から突きつけられた言葉。
「おぎょっ……おぎょぎょぎょぎょっ!?」
それと同時に、人の形を留めたままの偽魔王の体は、内側から膨らむように突如、風船のように膨張した。
「ぎょんっ」
そのまま、パーンと爆発の火の粉だけを残し、跡形もなく爆発四散。
爆裂系の魔法で内部から直接爆破された……そういう様相だった。
その様を、茫然と眺めるシャロマさん。
僕も同じ様子を装っていると、舞い散る火の粉の向こうから、ひとりの人物が姿を現した。
「ナーザ様……!」
僕はわざとらしく声高に、その名を呼ぶ。
ナーザ様は勝ち誇ったような不敵な笑みで、僕たちの前に佇んでいた。
「どうも城内によからぬ気配を感じたものでな。身を隠して様子を見ていたら、案の定よ……まったく、昔はこういった不埒者がよくいたものだが、今どきなんとも大胆なことよ」
「なるほど、それで議会も欠席していたのですね」
「うむ。魔王もすでに救出済みゆえ、安心せい。今ごろ、屋敷でぐーすか眠っているだろう。もうなにも心配はいらない」
「そうですか、よかった……」
ナーザ様の言葉に、僕は安堵した。
これは演技ではない。心の底からの感情だ。
もうなにも心配はいらない……ナーザ様のその言葉は、お嬢様の解呪が無事に終わったことを示しているのだから。
「そういうことだ、シャロマ。賊は始末し、魔王も無事に戻った……が、これほどの事件がおおやけになるのは少々都合が悪い。ゆえに、このことは我ら
「……承知しました、ナーザ様」
ナーザ様の要請を、シャロマさんは淡々と承服した。
内心では煮えきらない疑問が数多あるだろうけど、相手は
彼女がそう言う以上、この件に関してもう追及はできないし、表立った調査もできない……ナーザ様の威光のもと、この事件は闇に葬られたのだ。
……もちろん、これもすべて僕たちの思惑通りだ。
メルベルの影武者ぶりでは、誰にもバレず隠しとおすのはまず不可能!
最初からそう見通していた僕とナーザ様は一計を案じ、この“緊急プラン”をあらかじめ仕込んでおいたのである。
こうして、メルベルという尊い犠牲を払い、真実は守られた……
これからは彼女の分まで、僕がお嬢様を手助けしていこう。
さらば、メルベル。地獄の底から、どうか僕らを見守っていてくれ……
――なんてことがあるはずもなく。
「お帰りなさーい! いやー、今日は大変でしたねぇ~!」
仕事を終えて魔王城から屋敷のお嬢様の部屋に帰ってきた僕を出迎えたのは、ナーザ様によって爆発四散したはずのメルベルだった。
「しかし、まさか自我をあそこまで忠実に転写した分身体を造れるとはな……なかなか高性能のスライムだ。性格はかなり残念だがな」
僕に同行して屋敷にやってきたナーザ様が、感心したような呆れたような複雑な口調で言う。
そう、彼女によって爆破されたメルベルは、ずっとこの屋敷にいたもうひとりのメルベルから分かたれた分身体だったのだ。
魔王をさらい、魔王城乗っ取りという大それた犯行を実行した大逆人の最期をうやむやにしては、今回のように丸くは収められなかっただろう。
よってあのお芝居のために、メルベルに自分そのものに等しい分身体を造ってもらい、それを抹殺することで事件の終息をはかったのである。
自らの肉体を分裂させ、複数に分かれられるのもスライムの能力のひとつだ。
おかげで、シャロマさんを一応は納得させ、事件は一件落着した。
「分身は派手に爆破したが、おぬしにはなんの影響もないのか?」
「はい、意識は多少伝わりますけど、こまかい感覚や思考までは共有してないんですよ。分かれた時点で、あれはまったくべつの生き物ですから~。分身に割いた分、体の密度は減っちゃうんですけどね~……今回のはけっこうしっかりした分身だったので、今のわたしの体はほとんどすかすかなんですよ~」
と、もとからすかすかの頭で、能天気にそうのたまうメルベル。
彼女の体の約八割は、魔力を基礎とした半霊体のようなものだ。
体の大部分を失ったとしても、創造主である旦那様かその血族であるお嬢様の魔力を注げばたちまち元に戻る……それが、メルベルたち魔法生物の強みである。
「さて、まあ表面的にはこれで一件落着と見ていいだろう。シャロマ――さらにその背後にいるバハルがこれで納得するとは思えんが、少なくとも我の言いつけを破って事をおおやけにするといったことはあるまい……魔王の権威を失墜させるのは、あやつらとて本意ではないからな」
「はい……今回は本当にお世話になりました、ナーザ様」
感謝の言葉とともに、僕はナーザ様に深々と頭を下げる。
彼女の助力なしでは、ここまでうまく事は運ばなかっただろう。
「なに、気にするな。それより、だ……」
ここで、ナーザ様の視線は部屋にあるベッドの上へと向けられる。
そこには、しょんぼりと座り込むお嬢様の姿があった。
僕たちが帰ってくるすこし前に目を覚ましたらしい。
今回の経緯は、メルベルからすでに聞かされているようだ。
「今回はさすがに懲りたであろう。しっかり反省せいよ、ルーネ?」
「はい、ごめんなさい……」
ナーザ様に言われ、すっかり消沈するお嬢様。
今回ばかりはいくらフリーダムなお嬢様でも、事の重大さを受け止め、しっかり反省しているようだ。
きっかけは僕だから心苦しいけど、でも……反省しているお嬢様も可愛い。
「お嬢さまも反省なさったことですし、これで万事めでたしめでたしですね! いや~、よかったよかった! わたしも身を削った甲斐がありましたよ~、文字通りね!」
場も和んだところで、メルベルが満足げに締めにかかる。
「そうだな……じゃ、ここからは楽しい楽しいお仕置きタイムだ。もちろんメルベル、おまえのな?」
「え?」
「よくもさんざん僕らを振り回してくれたな? 今後調子に乗らないよう、きつーくお灸をすえるように旦那様からも言われているんだ」
「え?」
僕はぱきぱきと拳を鳴らしながら、じりじりとメルベルに詰め寄る。
「ちょ、ちょぉ~~い! 待ってくださ~い! あ、あれは分身が勝手にやったんですぅ~! わたしは関係ないんですぅ~!」
「あの分身とは意識を共有していたんだろう? だったら、あれもお前の意思だったということになる。あれだけ好き勝手やったんだ、覚悟はいいな、メルベル?」
僕はにやぁっと、悪辣な笑みを浮かべる。
コイツ相手なら、遠慮はいらない。
僕はいつもの紳士の顔を躊躇なく捨てされる。
「あ……あ……あ……」
ここに至ってメルベルもようやく僕の本気度を察し、みるみる顔を青くしていった。
「ごべんだざぁぁぁぁぁいっ!!」
かくして、メルベルの恐怖の悲鳴とともに、今回の事件は今度こそほんとうに、終わりを迎えるのであった。
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