第24話「甘やか執事、お嬢様の影武者を立てる③」

 ――僕の失態から、ご自分に“昏睡の禁呪”をかけ、永遠の眠りに落ちたお嬢様。


 そちらはナーザ様のおかげでどうにかなりそうだけど、問題は今日一日お嬢様ご本人が魔王として公務に出席することができないということ……


 お嬢様の信用と尊厳を守るため、僕はメイドのメルベルをお嬢様の影武者に仕立てあげ、今日の十大領主との定例議会を乗りきることにした。


 のだけど……




「は~、ここが魔王城ですか~。牢屋ならいたことありましたけど、こうして正面から堂々と見て歩くとまた感慨が違いますね~」


「無駄口はやめろ、メルベル。あと、その仮面つけてても隠しきれてないニヤケ面もやめてくれ。その姿の時はいついかなる時でも無表情の、厳格で気高い魔王として振る舞うんだ」


「だいじょぶだいじょぶ、本番では上手くやってみせますから~。まかしといてくださいよぉ~」


(だめだ、こいつ。不安しかない……!)


 ……公務がはじまる前から、すでにこの調子だ。


 メルベルと一緒に魔王城入りした僕は、足早に彼女を執務室へ誘導した。


 今日は他者との不必要な接触は極力避けて、可能なかぎり彼女を執務室から出さないようにした方がいい。


 ほかの人物と接する機会を減らせば、それだけボロを出すリスクも減るはずだ。


 でも、それでもどうしても避けられない人物がひとりいた。


「――おはようございます、魔王様。今日もどうぞよろしくお願いします」


 それが、魔王秘書のシャロマさんだ。


 僕たちが執務室に入ると、一足先に来ていた彼女がぺこりとお辞儀する。


 こうして魔王様より早く来て執務室で出迎えるのが、毎朝の彼女の日課だった。


 そのあとは、基本的にいつも魔王様の傍から離れない。


 この魔王城で、僕とともにもっとも魔王様と接する機会が多い人物だ。


 ……この影武者作戦において、最大の注意が必要な人物である。


「うむ、はじめましてである。えっと、どなただったかな?」


「……は?」


 ――その要注意人物に対する、偽魔王の第一声がこれである。


 どんな時でも無表情だったシャロマさんの顔が、目に見えてはっきりと怪訝の色を示した。


「魔王様、いくら機嫌がいいとはいえ、ご冗談はほどほどに……秘書のシャロマさんも困っておいでです」(さっそくやってくれたな。帰ったらお仕置きだ、覚悟しろ)


「う、うむ……すまなかった、シャロマ。今のはほんのジョークである」


「……はぁ」


 すかさず僕の殺意がこもったフォローで、なんとかこの場を誤魔化す。


 シャロマさんは到底納得してくれたようには見えないけど、それでもあからさまに疑念を顔に出すことはなく、これ以上の追及もなかった。


 ……かえって、不安な反応だ。彼女には注意しなければならない。


 それから僕は、執務室でさっそく書類チェックの仕事をはじめたメルベルを心の休まる暇なく監視し……


 そして、問題の定例議会を迎えるのだった。




 ◆




 ――魔王様および十大領主の面々が続々と議会室の席に着いて間もなく、議会は開かれた。


 魔王即位の儀からしばらく空席だった、竜魔族ドラゴニア領領主グラガム様の席……


 そこに新たに旦那様――幻魔族ナイトメア領領主ウォルム=ヴィリジオ様が腰を下ろしたことで、ついに新魔王体制ではじめて、十大領主全員が一堂に会したのである。


「君とここで顔を合わせることになるとは、なんとも感慨深いものだな! 同じ十大領主として、これからもより良い付き合いを期待するよ、ウォルム殿!」


「こちらこそ。新参者の身で気後れすることもあるが、よろしくお願いします。バルザック殿」


 紹介が終わって、さっそく旦那様に気さくに声をかけるバルザック様。


 以前のユーリオ様のパーティーでもそうだったけど、二人はなかなか気安い関係のご様子。これまで、あちこちの社交界でたびたび顔を合わせる仲だ。


 互いの思惑はわからないけど、はたから見ると親しい友人同士のようだった。


 そのバルザック様はもちろん、妖魔族デモニア領領主代行のレシル様、鳥魔族バードナー領領主のララニア様。それに、表面的にではあるけど海魔族シーマー領領主のカイネス様も旦那様の参入を快く歓迎してくれている様子だった。


 一方で、そのほかの方々は特に関心がないとばかりに、粛々しゅくしゅくと旦那様を迎えていた。


 特に、今回の新十大領主選定においてそれぞれ別の候補者を推薦していた獣魔族ビースター領領主のガラド様、屍魔族コープス領領主のリチル様は心なしか不機嫌そうに口をつぐんでいた。


 アテが外れたからといって、おふたりが旦那様に害をなすということはないと思うけど、普段から魔王様が目を光らせていれば、万が一もないだろう。


 ……もちろん、本物の魔王様がだ。


「諸君。ウォルム=ヴィリジオは見てのとおりうだつの上がらない三流領主だが、自らの出世のためになんでも利用するその浅ましくも一途な野心を余は買った。それ以外能のない男ではあるが、どうか皆で面倒を見てほしい」


 その旦那様を、めためたにけなし倒す偽魔王メルベル。


「ははは……」(ぴきぴきぴきぴき)


 それを、旦那様は頭に青筋を立てながら、苦い笑顔で聞いていた。


 ちなみに今回の影武者の件は、旦那様にも事前に織り込み済みだ。


 もし、これがルーネお嬢様本人だったら、旦那様は本当に笑って許していただろう。


 この議会の間は、旦那様もそれとなくメルベルをフォローしてくれる。


 この場で真相を知るのは、僕とメルベルと旦那様だけだ。


 そして、旦那様が魔王様の父上だと知る者――つまり、魔王様の正体が幻魔族ナイトメア領領主家令嬢ルーネ=ヴィリジオ様だと知るのは、このメンツに加えてシャロマさん……


「……ご自分の実の父上相手だからか、今日の魔王様はいささか羽目を外し過ぎなきらいがあるな。あまり気を緩められては困る」


 そして、僕の真横の席でこの議会を見守るシャロマさんの父上にして三賢臣さんけんしんのひとり、バハル様である。


「承知しています……あとで、重々言い含めておきましょう」


 そのバハル様に、僕は無難にそう言って返した。


 ……今回ナーザ様に代わってお目付け役として議会に出席した三賢臣さんけんしんが、よりによっていまだ魔王様に心を許していないこの方なのはかなり不安だった。


 バハル様の前ではなおのこと、ボロを出すわけにはいかない。


 僕はへたなことをしゃべらないよう仮面越しの視線でメルベルに注意を促し、旦那様とともに彼女の挙動に目を光らせながら、神経を削る思いでこの議会の様子を見守るのだった……






 ――その甲斐あって、なんとか無事に議会は終了した。


 ……いや、あまり無事ではないか。


 なにせメルベルのヤツ、議会中にこっそり居眠りするわ、領主たちの名前を間違えるわ、しっかりやらかしてくれたからね……


 そのたびに僕が後ろからこっそりフォローを入れたり、旦那様が和やかに笑ってうやむやにするなどして、なんとかメルベルのミスは表面化することなく、議会を乗り越えることができたのだ。


 こうして議会は解散。


 出席者たちは特に偽魔王へ不信感を抱くような態度を見せず、議会室を後にしていく。


「どうした、ウォルム殿? ずいぶんお疲れの様子だな。やはり、はじめての十大領主議会とあって、緊張したかな?」


「まぁ、そのようなところです……ははは」


「ま、そのうち慣れるさ!」


 バルザック様とそのような会話を交わしながら、ひどくげんなりした様子で議会室を去っていく旦那様。


(お疲れさまでした、旦那様……恩に着ます)


 その背中に、僕はささやかにお礼の念を送り、旦那様を見送った。


 今日一番の山場を終え、あとは執務室で書類をすこし片づければ、公務は終る……


 僕はすっかり安心し、シャロマさんとともに偽魔王に付き添って、議会室を後にして執務室に向かった。


 ――その道中のことである。


 淡々と偽魔王のあとをついてきていたシャロマさんが不意に立ち止まり、こう言った。




「――あなた、魔王様ではありませんね?」

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