第26話「魔王秘書、ゆるだら令嬢の秘密に迫る①」
――私はシャロマ=ダルムード。
魔王様に仕える
私の職務は、魔王様のご公務をサポートすること。
そして、もうひとつ……私には、魔王様も知らない使命があった。
それは、魔王様――クゥネリア=ザルツハイベンことルーネ=ヴィリジオ嬢が魔王にふさわしい器であるかを見定めるため、彼女の本質を探ることだ。
これは父……いや、
バハル様が求めるのは、人間によってじわじわと衰退する運命にある魔族の尊厳を守ることができる、“強く、立派な王”……
魔王を名乗るならば、ひとまず形だけでもそうあってもらいたいというのが、バハル様の願いである。
その点では、ルーネ嬢はよくやっている。
時たま、ちょっと素が出ていることもあるけど、彼女の正体を知らない者にとっては、十分に威厳のある魔王として振る舞っていた。
けど、そのたまにでる素の部分……そこを、バハル様は警戒していた。
――彼女には、なにか重大な秘密がある気がする。
バハル様はそう言って、私にさらなる監視を命じたのである。
そうして私は、魔王様の傍らに身を置きながら、この二ヶ月ほど、彼女の行動に目を光らせてきた。
でも……
秘書としての仕事を終え、魔王様のご帰宅を確認したあと。
私は定期報告のため、バハル様の執務室を訪ねた。
「――いまだ、尻尾は掴めずか……」
「はい、申し訳ありません」
そこで私は義務を果たすと同時に頭を下げる。
これまでのルーネ嬢の振る舞いには、若干魔王としての気質を疑う余地はあるものの、糾弾するための決定的な材料まではない……それが、私の所感だった。
一見、隙だらけなようで、実際はつけ入る隙がまったくない……それが、私が抱いたルーネ=ヴィリジオ嬢の人物像だ。
この報告に、バハル様は憂鬱げな溜め息を吐きこぼす。
バハル様の悩みの種は、ルーネ嬢本人だけではない。
現状、バハル様がもっとも警戒しているのは、ルーネ嬢の背後にいる人物の方だ。
「……ナーザ殿が、完全にルーネ=ヴィリジオの味方であるというお前の見解はたしかなのだな?」
「はい、先日の“偽魔王騒ぎ”はほぼほぼ、あの方の企みかと……もちろん、ご本人を前に指摘することはかないませんが」
「あの日の定例議会、ルーネ=ヴィリジオはなんらかの理由で本人が参加することはできなかった……それゆえに影武者を立て、その事実がお前に暴かれるやナーザ殿自ら影武者を抹殺して真相を闇に葬ったというわけ、か」
「はい、そんなところかと……」
「ふ、あの方なら、それくらいはやってのけるだろうな……影武者を請け負った者も気の毒なことだ」
ナーザ様を畏怖する一方で、どこか嬉しさもあるような薄笑みを浮かべ、バハル様は言った。
これまでの疑惑が確信に変わった……そう思わせる笑みだった。
「ナーザ殿も、あれで存外甘いところもある。それに、あの方の経歴を考えれば、ルーネ=ヴィリジオに肩入れするのも無理からぬことだな」
――
それ以外、私は詳しい話は聞かされていないけど、あの方のより深い身の上を知っているだろうバハル様は、ナーザ様がルーネ嬢に味方するであろうことをあらかじめ見抜いていたようだ。
「そもそも、今回ルーネ嬢を魔王に強く推したのはナーザ様とのこと……あの方の真意に見当がついていたからこそ、我々の動きはナーザ殿にも気取られぬようにと配慮されていたのですね」
「そのとおりだ。もっとも、あの方はとうにお見通しかもしれぬがな。それでも、私はあの娘の本質を見極めねばならない……魔族の未来のために」
……そう、バハル様がこのような、ともすれば魔王への
すべては魔族のため……そのために、バハル様は民を導く器なき魔王を矯正あるいは排斥することもいとわない。
その信念のもとに、これまで心を砕いてきたのだ。
仮にナーザ様がバハル様の動きを見抜いているなら、バハル様のそんな心情もわかっているからこそ、あえて見て見ぬふりをしているのかもしれない。
そんなバハル様を、私は父としてはもちろん、誇り高い魔族のひとりとして敬愛していた。
だから、このような汚れ仕事も引き受けているのだ。
でも、残念ながら成果は芳しくない……
「……念のため、ルーネ嬢が住む魔王公邸の方にも探りを入れてみましたが、強力な結界が張られているようで、残念ながら外から中の様子をうかがうことはできませんでした」
「侵入者対策の結界魔法か……もとより、あの屋敷にはそのような仕掛けが施されていたが、お前ほどの者が手も足も出ないほどではなかったはずだ。どうやら誰かが結界をさらに強化しているようだな……ナーザ殿かウォルム卿の仕業だろう。ルーネ=ヴィリジオは魔力は強大なれど、高度な魔法はたいして扱えないはずだからな」
「いかがいたします? 現状のままでは、めぼしい情報を得るのは困難かと思われますが……」
「ふむ……」
私が意見をうかがうと、バハル様は立派にたくわえた顎髭に手を添え、思案する。
この方がなにかを考え込む時のクセだ。
やがて、なにかを思いついたように、髭から手を離す。
「……お前なら結界越しに様子を見るのは無理でも、誰にも気づかれず結界の一部に穴をあけ、中に侵入することはできるな?」
「はい、それは問題ありません」
……潜入任務は、私の特技のひとつだ。
私の本職は、バハル様が統括する魔王城諜報部門に所属する諜報員……最初からルーネ嬢を探るため、バハル様は魔王秘書として私を彼女の近くに置いたのだ。
「ならば、お前に魔王公邸への潜入を命じる。屋敷の中となれば、ルーネ=ヴィリジオも素の姿をあらわにしているはず……それを見たうえで、魔王に相応しい者であるかを見定めるのだ。もし、威厳のかけらもないだらけた暮らしをしていようものなら……」
「わかりました、その折にはまっさきにお耳に入れます。では、念入りに準備を整え、折を見て実行いたします」
「うむ。まがりなりにも、魔王の公邸に潜入するのだ。もしものことがあっても大事にならないよう根回しの用意はするが、くれぐれも慎重にな……お前なら、上手くやってくれると信じている」
いつになく神妙に瞳を揺らし、バハル様は私の肩に手を置く。
生まれつきの強面と威圧的なたたずまいからなにかと誤解されやすいけど、この方は安易に配下を捨て駒にするほど非情な人物ではない。
たとえ娘でも、私にしかなしえないと思う任務だからこそ、私に命じているのだ。
……娘だからこそ、私はそれを重々承知していた。
「はい、お任せください……必ず成果を持って帰ります」
だから、その命令を受けることに、私はなんの躊躇いもなかった。
バハル様の……父のためだけではない。
私もまた、魔族の未来のために誇りをもって、この仕事についているのだから……
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