第21話「ゆるだら令嬢、父の心を知る⑤」
「え」
お嬢様はベッドの上で目を丸くして固まっている。
どうやら、すでに魔王城からお戻りになって、くつろいでいたらしい。
そう、ここは魔王公邸のお嬢様の部屋。
僕は旦那様と一緒に、転移魔法で
旦那様はこの魔法自体は知っているけど、それでもいきなりべつの場所に移動させられて困惑したように、きょろきょろと周りを見渡している。
「ただいま戻りました、お嬢様。それと旦那様をお連れしました」
「え」
しれっとあいさつする僕。
お嬢様はマコーラが入ったコップを片手に、すっかり固まっていた。
「ひ、久しぶりだね……ルーネ」
そんなお嬢様に、旦那様はかなり気まずげに声をかけた。
ここまで来た以上、逃げも隠れもできず、観念したという感じだ。
「え」
それでもお嬢様の表情は動かない。
僕らの突然の出現にくわえ、ゆるだらしている姿を旦那様に見られたショックで、すっかり思考が停止しているようだった……
――やがてお嬢様が落ち着き次第、旦那様はすべてを打ち明けた。
お嬢様を魔法で覗いていたのが自分であること、お嬢様に対する仕打ちの真意。
そして、自分がいかにお嬢様を愛しているか……そのすべてだ。
「……すまなかった、ルーネ」
ひととおり語り終え、最後に旦那様は深く頭を下げた。
自分のせいで傷つき、様々な窮地に追いやられた娘に対する、誠心誠意の謝罪だった。
「全部、あたしのため……?」
一連の話を聞き、茫然とするお嬢様。
自分を利用するだけ利用して省みない父親だと思っていた旦那様の予想だにしない真意を聞かされ、理解が追いつかないといった様子だった。
「はい、お嬢様。旦那様はあなたを道具扱いなどしていなかった。むしろ、自分の身もプライドも犠牲にし、より良い未来をお嬢様に贈るためにこれまでがんばっておられたのです……たしかに、本末転倒な部分もあったけれど、それもお嬢様を深く愛するがゆえ。それだけは信じてあげてください」
「…………」
僕の言葉にお嬢様からの返事はなく、そのままうつむいてしまう。
いきなり、こんなことを知らされても、受け止めきれるものじゃない……当然だ。
それでも僕は、お嬢様の誤解を正したかった。
旦那様のためじゃない。
旦那様への疑心と、長年の寂しさからお嬢様を解放するために、だ。
「お嬢様……」
今まさに苦悩しているであろうお嬢様をいたわるように、僕は声をかける。
けど……
「……なんで」
不意に、お嬢様がぼそぼそつぶやいた。
その直後、くわっと目を見開き、顔を上げた。
「知ってたんなら、なんで最初っから言ってくれなかったんだよう、パパ~っ!!」
そして、涙まじりの悲痛な叫び。
……うん、僕が思ってたのとはちょっと違うね?
「てゆーか、なんかいい話にもっていこうとしてるけど、女の子のプライベートガン見とか、それ親でもやっちゃいけないヤツ!!」
……うん、それはそうだ。
僕としたことが、そんな当たり前の倫理観を失念していた。
「す、すまない……」
旦那様も予想外の苦情に困惑し、とりあえず謝るしかできない様子だった。
それでもお嬢様の怒りは止まらない。
……ガチギレじゃなく、ぷりぷりと怒った可愛らしい態度だけど。
「お嬢様、それだけですか……?」
怒りのピントが思ってたよりあまりにズレていたので、僕もさすがに困惑して、ついそんなことを訊く。
お嬢様はあいかわらずむくれっ面をしてるけど、そのうち呆れたように怒りのオーラを解いてくれた。
「……ま、パパがあたしのためにがんばってくれてたのは普通にうれしいし、これでもうパパの前で演技しなくていいと思うと気が楽だし。だから、それは許してあげる」
「ルーネ……」
自身の想い、誠意が報われ、それまで頭を下げっぱなしだった旦那様がようやく顔を上げて、安堵と喜びに表情を緩めた。
「けど、覗きはダメゼッタイ! それだけは絶対許さない!! 今度やったら、親子の縁を切って魔王にろーぜきを働いた罪で首をはねてやる!!」
「ええっ!?」
――からの、これ。
覗きの一点にのみ、お嬢様はたいそうお怒りだった。
その剣幕に、旦那様はただただ圧倒される。
「だから、バツとしてパパにはなにがなんでも、十大領主になってもらうからね! 余のもとで、ボロぞーきんになるまで働くのじゃ!!」
そうして、話はようやくそこに戻って来た。
とても親への言動とは思えない、容赦のない宣告だった。
「ほ、本当にいいのかい……? 私なんかで……」
「パパにはうんと偉くなって、あたしへの財産をたんまり遺してもらわないといけないからね! そしたら、あたしは魔王をやめたあと死ぬまでゆるだらして、パパの望みどおり幸せに暮らすんだ! それでいいんでしょ?」
「あ、ああ……」
さらに身もふたもないことをまくしたてるお嬢様の勢いに、すっかりたじたじの旦那様。
一方で、「でも、子孫の代のこともすこしは考えてほしいかな……」と、ぼそりとつぶやくのが聞こえた。
やがて、旦那様は観念したように、薄笑みまじりにため息を吐く。
「……わかった。十大領主への任命、謹んで受けよう……ルーネの、いや。魔王クゥネリア様の寛大な処置に感謝します」
そう言って、旦那様はお嬢さまに対してひざまずき、深く頭を下げた。
この瞬間、旦那様はお嬢さまへの……いや、魔王様への忠誠を誓ったのである。
「うんうん、では……」
これに、ご満悦そうに笑顔を浮かべるお嬢様。
そして……
「いつまで娘の部屋に居座ってる気だ~っ、さっさと出てけぇ~っ!!」
「ええええええっ!?」
ふたたび猛烈な怒りのオーラをまとい、旦那様を蹴飛ばして部屋から追い出した。
うーん、乙女心は難しい……
旦那様がお嬢様の部屋から追い出されたあと、旦那様を領事館へ送るために僕も部屋を後にした。
旦那様は部屋から離れる間にも、なにかを感じ入るように、自身にとってすっかり禁断の領域と化した部屋のドアへ視線を向けていた。
「……思えば、ルーネにあんなふうに怒鳴られるなんて、はじめてかもしれないな。君が来る前から、あの子はたあいもないいたずらはしても、けっして本心を口に出す子ではなかったから」
やがて、感慨深げに目を細める旦那様。
その視線が、不意に僕の方へ向けられた。
「フィリエル、君のおかげでルーネとの溝もすこしは埋めることができたと思う。礼を言う……そして、これからもあの子のことをよろしく頼む」
「はい、旦那様……」
そう感謝の念をこぼした旦那様の顔は、心なしか憑き物が落ちたように晴れやかに見えた。
これまで互いに本音を隠し、すれ違うばかりだった親子が、ようやくほんのすこしだけ距離を縮めることができたのだ。
……お嬢様もきっと、今ごろ同じような表情をされているだろう。
そう思うと、僕も嬉しかった。
「ところでな、フィリエル」
「はい?」
そうして和やかにしていると、ふと旦那様が表情をあらためた。
「前々から思っていたのだが、あのリラックスしきったルーネの姿も、その……可愛らしいものだな」
恥ずかしい本音を告白するように、すこし照れながらそう言う旦那様。
それもまた、お嬢様との距離が縮まった今だからこそ口にできた言葉だろう。
「はい、可愛いです」
そこは非難されるいわれのない事実なので、僕はいっさいの後ろめたさなく同意した。
……それから数日後、旦那様――ウォルム=ヴィリジオ様は正式に十大領主の座につき、新魔王クゥネリア体制はついに完全な形でスタートするのだった。
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