第19話「ゆるだら令嬢、父の心を知る③」
――脱退されたグガラム様にかわる、新たな十大領主のひとり。
その候補に、お嬢様は自身の父上、ウォルム=ヴィリジオ様を指定された。
僕はさっそく旦那様に話をつけるべく、彼のもとを訪れたのだが……
話を聞かされ、しばらく思い悩むように沈黙したと思うと、
「――申し訳ないがこの話、断らせてもらう」
旦那様は苦渋の決断を下すように、重々しくそう言った。
これは僕にとっては、とても意外な返事だった。
「なぜです、旦那様? あれほど十大領主になりたがっていたというのに……」
あまりに釈然としないので、僕は食い下がる。
旦那様が日々働き、あちこちを駆けずり回っているのはひとえに、自らが十大領主のひとりになるための実績作りのためだ。
これは、ヴィリジオ家に仕える者なら誰でも知っている。
そのために旦那様はお嬢様にまで、魔王となるきっかけをはじめ、様々な重荷を背負わせた。
なのに、いざそのチャンスが舞い込んで来たのに、これを断るなんて、とても納得できるものじゃない。
――率直に言って、許せなかった。
「たしかに、わたしは十大領主になりたいと思っていた。そのために、今日まで必死に働き、娘にも苦い思いをさせてきた。だが……! だが、しかし……」
やがて、旦那様は思い悩むようにしながら、自らの胸のうちを語る。
……その様子から、よほどの事情があることはうかがえた。
それは、いったい……と、僕は固唾を呑む。
「その娘本人に仕えるとなると、話は別だろ!?」
「……は?」
――かくして、旦那様がしぼり出すように叫んだ言葉に、僕は開いた口が塞がらなくなった。
「私が十大領主になったあかつきには、魔王様に直接こびを売り、我が領の発展のために多くの便宜を引き出すつもりだった……だが、実の娘相手にそんな情けない真似ができるわけないだろ!? そもそも、いったいどういう顔をして、あの子と顔を合わせろと!?」
ふたを開けたように、次々と飛び出す旦那様の心の叫び。
「旦那様……」
その利己的でくだらない理由にさすがの僕も耐えかね、一言文句を言いたくなる。
しかし、すんでのところでそれを呑みこみ、大きなため息に変えた。
「……それが、旦那様のご本心ですか」
「ああ……情けない男だと思ってくれて構わない」
「ええ、本当に情けない。幻滅しました」
「……ぬぐ」
ここぞとばかりに、僕は言いたい事をずばりと言った。
旦那様はぐさりと胸を刺されたかのようにうめくが、自分で言った手前怒るようなことはしない。
僕は最後にもう一度溜め息を吐き、
「お話はわかりました……であれば、僕から無理強いすることはできません。僕はお嬢様はもとよりヴィリジオ家に仕える身、旦那様のご意向を尊重します」
「ああ、すまない……ルーネにはよろしく伝えておいてくれ」
「はい、では失礼します……」
僕は頭を下げ、そのまま淡々と執務室を後にした。
……それにしても、あの理由にはドン引きだ。
あんな恥しかない本音を打ち明けられるより、恥もふんべつもなく十大領主の椅子に飛びついてくれた方がまだマシだった。
旦那様はなぜ急にあんなことを……
と、思いながら領事館を出たところで、僕はふと足を止める。
(……本当に、あれは旦那様の本心なのか?)
そう思い至ったものの、今から旦那様に直接追及しようにも、もう会うことはできないだろう。
僕は脳裏によぎったささやかな疑問とともに、今日のところはおとなしく
◆
――
そして、魔王としての公務からお帰りになったお嬢様をお出迎えし、夕食が済み次第、旦那様との一件を報告する。
「ありゃま、まさか断るとは……」
旦那様の態度については、お嬢様も当然意外な様子だった。
けど、思ったよりそんなに驚いたふうではない。
「どうしましょうか、お嬢様?」
「んー、パパにその気がないんじゃしょーがないよ。あ~あ、他にパパみたいに優柔不断でどっちつかずのいいかげんな領主さんはいないものかな~」
などと旦那様を散々にディスりながら、お嬢様はベッドの上で伸びをした。
……異様に清々とした引き際に、僕は首を傾げる。
「案外、あっさり諦めになるんですね。そんなに都合のいい人材は、少なくともリストの中には旦那様以外いないと思いますが……」
「ま、理由にはドン引きしたけど、不思議と納得しちゃったってのがあるかなー」
「納得?」
僕がさらに首を傾げると、お嬢様はベッドの上にあぐらで座り込む。
「そんなちっさいメンツの方が気になるくらい、あたしのことはどーでもいいんだなーって。そーだろうとは思ってたけど、やっぱパパにとってあたしは、自分が成り上がるための道具でしかなかったんだろうなー……」
ひどく寂しげな薄ら笑いを浮かべ、お嬢様はうつむきながらそう言った。
……僕でさえ、はじめて聞かされたお嬢様の本音だった。
もう寂しさなんて枯れるくらい、お嬢様の旦那様に対する思慕は冷めていると思っていたけど、そんなことはなかった。
……口ではなんと言おうと、お嬢様はいまだに旦那様に対する子としての感情を捨てられないでいたのだ。
……もっとかまってほしいという、子なら当たり前の感情を。
「お嬢様、それは……」
その姿があまりに痛ましくて、僕はつい言葉を挿もうとする。
けど……
「――きさまッ! 見ているなッ!」
「!?」
お嬢様は突然、かっと表情を開き、あらぬ方向を睨みながらそう叫んだ。
直前までの雰囲気を粉砕する奇行に、僕はぎょっと目を見開いた。
「お、お嬢様……?」
僕がおそるおそる声をかけると、お嬢様はにへらと笑いながらこちらへ向いた。
「あー、ごめんごめん。また例の視線を感じたもんだから……フィリーはなにも感じなかった?」
そういうことか……
理由がわかったところで、僕はほっと胸をなでおろす。
「いえ、残念ながら……」
「そっかー、今回はやけにはっきりした気配だと思ったんだけどなー」
「そこまでおっしゃられると気になりますね……やはり調べましょうか?」
「やー、いいよべつにー。なんていうか、そんなにいやな気配じゃないし……もしかしたら、またばーちゃんだったりして」
「なるほど……」
たしかに、ナーザ様には以前。僕でも気づけないような魔法で監視されていたことがあった。
少なくとも、相手がナーザ様なら害意はないだろう。
お嬢様はそう考えているようだ。
それには僕も同意である。
「もうなにも感じないし、だいじょぶだいじょぶ。さーって、今日はもう疲れたし、お風呂入って寝よっかな」
「承知しました、お嬢様。では、メルベルを呼んできます」
お嬢様の入浴から就寝までのお世話は、メルベルの領分だ。
お嬢様の言葉を受け、僕はすみやかに部屋を後にする。
そして、メルベルを呼びに行きながら、とあることを心に決めていた。
視線騒ぎでうやむやになったけど、さっきのお嬢様の痛ましい姿は見過ごせない。
この件に関してはあまり積極的に動くつもりはなかったけど、これ以上お嬢様を……そして、旦那様も放っておくわけにはいかなくなった。
――明日、もう一度旦那様と会おう……
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