第18話「ゆるだら令嬢、父の心を知る②」


 ――十大領主との定例議会後。


 本日の公務は終わり、お嬢様は今日の激務から解放されたのだが……


「もー! ばーちゃん、ひどいよー! なんであたしに、めんどいの丸投げしちゃうかなー!」


 屋敷に帰ってくるなり、お嬢様はベッドでだらだらしながら、ずっとナーザ様への愚痴が尽きない様子だった。


「まあまあ、お嬢様。たしかに十大領主ほどの重大な人事、魔王様自らがお決めになさるのが筋ですし……」


 僕はそうお嬢様をなだめながら、好物のマコーラを差し上げる。


「でもさー、あたしに振られても困るよー。パパ以外の領主なんて、ロクに知らないしさー」


 そう、お嬢様の父上、ウォルム=ヴィリジオ様は僕らがこの魔都まとに移るまで住んでいた幻魔族ナイトメア領の領主……


 今日は名前が挙がらなかったけど、一応は十大領主に選ばれる資格を持つ領主のひとりである。


「ですがお嬢様、こうしてナーザ様から有力な領主のリストをいただいておりますし、この中から適当に見つけては……」


 そう言って僕は、ベッドの上でくつろぐお嬢様の傍らにぞんざいに放られた書類に目をやる。


「でもさー、強硬派に入りそうな人は、だめなんでしょ? そんなことしたら、人間に戦争仕掛けるとか言い出して大変なことになっちゃう。戦争はイヤだよ、めんどくさいし」


 さすが、お嬢様。


 会議の時はずっとぼーっとしているようで、今回の十大領主選定の要点はしっかり頭に入っているようだ。


 そう、現在十大領主は強硬派と穏健派のふたつの派閥に分かれており、人間への積極的干渉を主張する強硬派がやや優勢という状況だった。


 ここで強硬派がさらに力を増すような采配をすれば、暴走し、魔王様や三賢臣さんけんしんでも止められなくなるような事態になるかもしれない。


 さいわい、お嬢様は人間との戦争を望んでおらず、強硬派の台頭は本人なりに警戒しているようだ。


 ――過ちを犯すような者を、魔王にはしない。


 その信念のもと、お嬢様を魔王に選んだナーザ様の目は正しかった。


「でもな~。だからって、穏健派選んで強硬派に睨まれるのもやだしなー……」


 お嬢様のこの悩みは単なる横着なようで、じつは適切なものだった。


 どちらかを支持すればもう一方の反感を買い、脅迫や嫌がらせの類はないにしても、なにがなんでも自分の派閥を支持させようと、誰かが過剰にアプローチしてくる可能性がある。


 お嬢様は、それを懸念しているのだ。


 ……あ、結局めんどくさがってるだけだ、これ。


「……いっそ、パパにしちゃおっかな」


「旦那様、ですか?」


 不意にお嬢様がこぼした一言に、僕は眉をひそめる。


 正直、意外な言葉だった、


 ナーザ様から渡されたリストに載っているのは、十大領主に次いで優秀な能力を見出された六名の領主。


 今日名前が挙がった蟲魔族インセクター領、鬼魔族オーガ領の領主のほか、旦那様の名前も載っていた。


 あの方は少々頼りないところはあるけど、日々幻魔族ナイトメア領のために働き、ほかの領との交流にも積極的に取り組んでいる熱心な領主だ。


 その努力と行動力が評価されたのだろう。


 もっとも、そのせいでロクに屋敷には帰ってこず、お嬢様は幼いころから寂しい思いをされているので手放しに称賛する気にはなれない。


 お嬢様も、自分を利用して利益を得ようとした旦那様を出世させることには、抵抗があると思ってたけど……


「まー、パパなら大丈夫かなって。あの人、野心家ぶってるけど根は事なかれ主義のヘタレだし、そのくせ要領だけはやたらいいからなんやかんやどっちの派閥にもいい顔して結局どっちにも入らないのがオチだよ 」


「さようですね」


 実の娘から散々な言われようだけど、身から出た錆である。


 それにそもそも、お嬢様が魔王になったきかっけは、旦那様が十大領主になるため仕掛けた策謀さくぼうだ。


 念願の十大領主になれるというなら、旦那様はまず食いつくだろう。


「では、お嬢様がよろしいのであれば、さっそく明日にでも僕から旦那様に掛け合ってみます」


「よろしくねー」


 当然のことながら、お嬢様は自ら動く気はなかった。


 まぁ、今回は事情が事情だ。


 お嬢様がこうなる原因になった旦那様に、まんまと望み通りのポストを与えるのだ。


 態度には出さないけど、お嬢様にとってはかなり複雑なことだろう。


 僕がそう思っていると……


「――ところでフィリー。なんか最近、ヘンな視線感じたりしない?」


「……は?」


 お嬢様が不意に首をくりゃっとこちらへ向けて、そんなことを言い出した。


「いやー……このお屋敷に越してきたころあたりから、たまーに誰かに見られてるような気がする時があるんだよねー。フィリーが気づいてないなら、あたしの気のせいだと思うんだけど……」


 いまいち確証がないのか、ずいぶん曖昧な言い方だった。


 でも、僕は戸惑い、呆気にとられる。


「……フィリー?」


 しかし、お嬢様に呼びかけられ、すぐ我に返った。


 そして、強張った顔をいつもの執事スマイルに切り替える。


「……いえ、本当に僕にも心当たりがなかったものですから、すこし驚きました。もし、何者かの監視を受けているようなら、すぐに調べますが……」


「いやいや、べつにいーよ。フィリーでも気づかないんなら、きっとあたしの気のせいだよ、うん! だから気にしないで!」


「わかりました……けど、もしなにか異変があればすぐお知らせください」


 お嬢様に気を遣わせるようなことになり、少々心を痛めながら、僕は深々と頭を下げる。


「はーい!」


 お嬢様の元気なお返事に、心が和む。


 その一方で僕は、胸のうちでつぶやいていた。




 ――さすがです、お嬢様……




 ◆




 翌朝、僕はお嬢様の傍を離れ、ひとり幻魔族ナイトメア領へ向かった。


 領事館へ行って、まずは旦那様にお会いできるようアポを取ることにする。


「――あら、フィリエル。久しぶり」


 領事館のロビーに入って早々、久しい顔に遭遇した。


「やあ、マレット。久しぶり」


 メルベルたちとは多少デザインが異なるメイド服に身を包んだその少女に、僕は気さくにあいさつを返した。


 彼女は旦那様に直接仕える従者のひとりで、旦那様につき添ってたいていこの領事館に詰めていた。


「ルーネお嬢様がご即位して以来、かしら」


 ――お嬢様が正式に魔王になったあの日、魔都まとの公邸に引っ越す作業の過程で僕たちは一度幻魔族ナイトメア領に戻る機会があった。


 そこで旦那様に直接ご報告し、従者一同も集まってささやかなお祝いのパーティーを開いたのだ。


 旦那様含め、みな幻影写機マジックビジョンでお嬢様が即位演説をする晴れ姿を見ていたそうだ。


「お嬢様は元気? 魔王って相当の激務でしょ、ちゃんとお世話してる?」


「大丈夫、元気だよ。僕がいる限り、お嬢様がお倒れになるような事態は絶対にないから安心して」


「ま、そこははじめから心配してないけど」


 ぶっきらぼうにそう言いながら、マレットはすこし微笑みを浮かべた。


 ……彼女なりに僕を信頼してくれている証だ。


「ところで、今日はなんのご用かしら」


「ちょっと旦那様にお話があって訪ねてきたんだけど、会えるかな?」


「こんな急に? 旦那様ならいらっしゃるけど、スケジュールが詰まってるから、しばらくお会いできないわよ? ……そうね、お昼にすこし時間がとれるかしら」


 相変わらず多忙な方だ。


 そして、その予定を逐一頭に入れているマレットもさすがだ。


「昼、か……なら、そのころもう一度来るよ。それまで、本邸の様子を見ておく。お嬢様から、用ついでに持ってくるよう頼まれた物もあるし」


「そ。せっかくだから、ウチにも寄っていきなさいよ。ひいお爺様ならいると思うから、あらためてあいさつしておいたら?」


「そうするよ……じゃ、仕事がんばって」


「あなたもね、?」


 まるでいたずらのようにはにかみながら告げられたその言葉に、僕はすこし苦笑い気味に微笑んで返す。


 マレット=シャルツガム――養子という形で僕の後見人になってくれているシャルツガム家の息女で、形式上は僕の義理の妹となっている少女だ。


 ……ともにヴィリジオ家のために尽くす仲間であり、自慢の妹である。






 ――領事館を出たあと、まずはシャルツガム家の屋敷へ寄った。


 シャルツガム家は代々ヴィリジオ家に仕える従者の一族だ。


 家の者は義理の父も母も兄妹も祖父母もみなヴィリジオ家の一族に仕えているため、屋敷にいるのは基本的にすでに引退して隠居の身の曽祖父と、屋敷の世話をする者数名くらいである。


 その曽祖父に軽くあいさつし、近況を報告したあと、僕はヴィリジオ家の屋敷に向かった。


 ……約ひと月ぶりだけど、ずいぶん懐かしい気分だった。


 今日までなにかとせわしない日々が、めまぐるしく過ぎ去っていったから……


 屋敷は当然無人だけど、大きな家具などはそのまま残っており、定期的に掃除もされているようで、思ったより埃は少なかった。


 そこでお嬢様から承った用事を片づけながら適当に時間を潰し、そして正午……


 僕はふたたび領事館を訪ね、旦那様とお会いする事ができた。


 昼食をとってから午後の予定までの十数分だけ、時間を取ってくれたのである。


 領主の執務室で、僕は旦那様にさっそく今回の要件を打ち明けた。


 ――つまり、十大領主の座から退かれたグラガム様の後任として、その座についていただくための依頼である。


 旦那様はかねてより、十大領主の座につくことに固執していた。


 だから、ふたつ返事で、この件は承諾してもらえるだろう。




 ――そう思っていたのだけど……




「――申し訳ないがその話、お断りしよう」




 旦那様の口からもたらされたのは、そんな意外極まりない言葉だった……

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