第7話「ゆるだら令嬢の魔王修行」
――お嬢様が魔王になることを決意したと同時に、魔王城での新生活が始まった。
「ルーネのこと、くれぐれも頼んだぞ」
旦那様は僕にそう言い残し、おひとりで
僕とお嬢様は当分帰れそうにない……少なくとも、魔王即位までのひと月は、城での生活を強いられることになった。
さいわい、僕たちにそれぞれ用意された部屋に監視の目はない。
これなら前回の牢屋と同じく転移魔法を駆使して、屋敷と変わらないゆるだら生活を提供することができそうだ。
これにはお嬢様も大喜び。
「いやー、こんな堅苦しいお城に閉じ込められると聞いたときは憂鬱だったけど、これならなんとかやってけそうだよー」
さっそくベッドでゴロゴロしながら、いつものだらしないパジャマ姿(ついでに幼女姿)で、そうおっしゃるお嬢様。
魔王城で生活するうえでの懸念事項のひとつがあっさり解消できて、僕も一安心。
……なのだけど、もっとも厄介な問題は翌日以降。
お嬢さまが魔王になるにあたって、さまざまな素養を身につけるための教育期間にあった……
◆
翌朝、僕とお嬢様は学校の教室を思わせる多目的部屋に呼ばれ、そこでお嬢様の教育を担当される“教育係”と対面するのだが……
「――
「……………はい」
教育係はよりによって、バハル様……
彼と顔を合わせた途端、昨夜まで上機嫌だったお嬢様のやる気ゲージが、一気にマイナスまで振りきれるのが見えた。
バハル様に対して、お嬢様はすっかり苦手意識を持っておられるようだ。
バハル様本人も、いまだお嬢様を認めていないのが、態度でまるわかりだった。
「まず前提として、あなたには
「お待ちください、バハル様。そんなに簡単に身分を詐称できるものなのですか?」
「そこは
「なるほど……」
僕の質問に対し、バハル様はつらつらと裏の事情を話してくれた。
お嬢様に聞かせるには後ろ暗い話だけど、立場が立場だ、
今後も、この手の陰謀はつねにつきまとうだろう。
「で、魔族全体の統治者になるにあたり、ルーネ様にはまず魔王と全魔族にまつわる知識、歴史を頭に入れていただく。即位まで時間が少ない……少々無茶な詰めこみ学習になるので、覚悟されよ」
そう言ってバハル様が見せたのは、机の上に築かれた本の山……
それらはすべて、分厚い資料やら歴史書……哲学書の類まである。
その数、ゆうに百冊近く……! これらすべて頭に入れろとのことだ。
「………はい」
苦手な教育係に、理不尽なノルマ……
お嬢様のやる気はどん底のさらに底まで降下し、バハル様に返事する声にはもはやいっぺんの覇気もない。
こうして、お嬢様の地獄の日々がはじまる……
――が、そこはこれまで長年に渡って世間をあざむき、実の親にすらゆるだら令嬢の顔を隠し通してきたお嬢様だ。
はじまってみれば、お嬢様は順調にバハル様の課題を消化していった。
もともと、お嬢様はこの手の詰めこみ学習はお手の物。
優秀で完璧な令嬢の顔を保つため、社交界や要人との会合で適切な会話ができるよう、お嬢様はそのたびに一夜漬けで知識を身につけてきたのだ。
そして、一週間のうちに鬼のような量の知識を仕込まれたお嬢様は、その総仕上げとしてバハル様が用意したペーパーテストに挑んだが……
「……むぅ、合格だ」
これをお嬢様は難なくクリア。見事、一週間でノルマのをこなした。
「この調子なら、まぁ誰と話してもボロを出すことはあるまい……たいしたものだな」
この結果を受けて、バハル様のお嬢様に対する評価もすこしは上がったようだ。
魔王即位に向けて、大いなる前進である。
「むふん」
これにはお嬢様も少しだけ素が出て、得意げになる。
しかし、途端にバハル様は「だが……」と、厳かに目を光らせた。
「魔王には、それにふさわしい振る舞いというものがある。あなたにはどうにも、威圧感というものが足りない……ただ可憐なだけの令嬢のままでは、人間どもからはおろか、臣民からも侮られよう。よって、次は魔王たる態度を身につけていただく」
第一のノルマを達成して早々の、第二のノルマ。
しかし、そこにはお嬢様の能力をもってしても抗えない、重大な落とし穴が隠されていた……
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