第8話「ゆるだら令嬢、邪悪な魔王を演じる」
お嬢様が、魔王としてふさわしい振る舞いを身につけるための第二のノルマ……
要は、演技のお稽古だ。
第一のノルマをこなした翌日から、さっそくそれが開始されたが……
「よ、余は、先代魔王ディオール=ザルツハイベンにかわる新たな魔王……!」
「ダメだダメだ! なんだそのへっぴり腰は! もっとしゃきっとせんか!」
「よ、余は……!」
「ええい、やり直し! そんなに顔を赤くした魔王がいるか! 恥じらいを捨てて、もっと堂々とせい!」
「よ……」
「声に迫力がない! もっとドスをきかせた低音を出してみろ!」
「ひーん!」
バハル様の指導は、前回に比べて思いのほかスパルタだった。
魔王としての態度というものに人一倍こだわりがあるのか、その指導は熾烈を極める。
ついでに、どことなくノリノリでもあった。
結果として、連日お嬢様は陽が暮れるまでみっちりしごかれたのだが……
「――立ち振る舞いに関しては、だいぶ形になってきた。が、どうもいまいちしっくりこない……」
三日目の稽古が終わると、バハル様は少々疲れを覗かせながら、そう切り出す。
お嬢様の努力は認めたうえで、それでも満点は出せないもどかしさを抱えたような態度であった。
「少々言いにくいのだが……ルーネ様。あなたはあまりに顔が子供っぽ……いや、可憐すぎる。それでは厳かに振る舞えば振る舞うほど、まるで子供が無理をして背伸びしているかのような滑稽さを周囲に与えるだろう……魔族の頂点として畏怖されるべき“強い魔王”としては、致命的な問題だ」
「そんなぁ……!」
バハル様が心苦しげに指摘した問題点に、愕然とするお嬢様。
そう、お嬢様は可愛い……可愛すぎる!
それは、幼女の姿でなくても変わらない。
いくら厳格な魔王として振る舞おうと、もって生まれたキュートなルックスが台無しにしてしまう……これで周囲に畏怖など与えられるはずもない。
嗚呼、なんと嘆かわしいめぐりあわせだろう……
これには、僕も心の底から無念でならなかった。
以降、お嬢様の稽古はこの問題点をもとに、べつのアプローチで仕切り直し。
もとの印象を変えるべく、様々なメイクを試すなど試行錯誤してみたものの、どれだけ手を尽くしてもお嬢様のお顔に、魔王にふさわしい威厳が宿ることはなかった。
そうして問題の解決を見ないまま、お嬢様の稽古は六日目を終える……
「あー、もー! どーすりゃーいいってのさー! こっちは苦労して魔王らしくやってんのに、顔が可愛すぎてダメ? ふざけんなよー!」
その夜、お嬢様はベッドの上ですっかりやさぐれていた。
愚痴を叫びながらマコーラをがぶ飲みする始末……すでに、もうコップ七杯目だ。
「お嬢様、今日はもうその辺で……そんなに飲むと、おなかが出ちゃいますよ」
「うるさーい! こうなったら、おなかがたっぷたぷになるまで飲んでやるー! 魔王なんて知ったことかー!」
僕の言葉も届かないくらいお嬢様はヤケになり、超ワガママモードになっていた。
それだけ、今回の結果がショックだったのだろう。
お嬢様はもともと、外で完璧な淑女を演じるため、抜群の演技力とセリフの暗記力を身につけている。
最初こそ魔王という未知の役柄に苦戦させられたが、演技自体はバハル殿も短期間で認めるくらい、お嬢様は呑みこみが早かった。
この第二のノルマ、本来ならお嬢様がもっとも得意とする土俵のはずだったのだ。
それがまさか、お嬢様の最大の武器であるその美貌に足をすくわれるとは……
自暴自棄になるのもしかたがない、あまりに皮肉な結果と言えるだろう。
……でも、僕は悲嘆して荒れるお嬢様の姿を指をくわえて見ているだけの執事ではない。
試行錯誤に苦しんでおられるお嬢様を応援するかたわら、僕はひとつの解決策を考案していたのだ。
「お嬢様……要は魔王らしい威厳のある姿になればいいんですよね? ならば、こういうのはいかがでしょう?」
「ほへ?」
突然の提案に呆けるお嬢様に僕はそっと耳打ちし、ひとつの策を授ける。
邪道と紙一重の正道。外見的不利のある為政者がそれを補うため、古来より用いてきたあの伝統の策を……
◆
「――余こそは、先代魔王ディオール=ザルツハイベンの正当なる後継者、新たなる魔王である。栄光ある魔族の臣民よ、すべからく余に従え……!」
「おおっ……!?」
翌日の稽古場……そこには、バハル様も思わず圧倒されるほどの、完璧かつ偉大なる魔王の姿があった。
「まさかこれほどとは……たったこれだけのことで、こうも化けるものなのか。この私が
新魔王の立ち振る舞いに、わなわなと震えて感慨にふけるバハル様。
「……しかし、少々やりすぎではないか? これでは誰だかわからんぞ」
「でも、これ以上ないというほど魔王にふさわしい出で立ちかと」
「たしかに、そうではあるが……」
ふと冷静になり、しごくまっとうな意見を言うバハル様を、僕はしれっと言いくるめた。
……そう、今バハル様の前にいるのはたしかにルーネお嬢様なのだけど、外見からそれを判別することはかなり難しいだろう。
なぜなら、お嬢様は全身漆黒の鎧を纏い、顔さえ禍々しい面相の兜に覆われ、もとの姿の面影がなくなっていた。
これが、僕の考えた苦肉の策……
“顔が可愛すぎるなら隠しちゃえば?”作戦だ……!
みもふたもない作戦だけど、効果は絶大。
いかにも恐ろしい鎧姿と、お嬢様の完璧な演技が合わさり、どこからどう見ても邪悪で恐ろしい魔王そのものである。
(フィリー……この鎧、めっちゃ重いし、息もしにくいんだけどー!)
(もう少しだけ辛抱してください、お嬢様……!)
バハル様の目を盗んで鎧の中からひそかに音をあげるお嬢様を、僕はこそこそとなだめる。
この作戦の問題点はふたつ……
全身を覆う超重量の鎧に、お嬢様の体力が著しく奪われること。
そして、バハル様の言う通り、中身が誰なのかまったくわからないこと。
その気になれば誰でも魔王を装える不透明性は、今後魔族を統治するうえでかならず足かせになるだろう。
それでも、現状この作戦以外に効果的なものがないのも事実。
「まぁ、方向性自体は悪くない……立ち振る舞い自体に問題はないし、細かな調整はあとで考えるとしよう。ひとまず、合格だ」
即位まで時間が少ないのもあって、バハル様はしぶしぶお嬢様を認めてくれた。
これで第二のノルマをクリア……魔王になるため、お嬢様はまた一歩前進するのだった。
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