第3話「ゆるだら令嬢、ヤッてしまう」
「――お嬢様とユーリオ様がお話? ふたりきりで、ですか?」
僕がディアーシャ様から逃れることができたのは、パーティーの終わり際のこと。
それからなんとか旦那様と合流できたころにはもうお嬢様の姿はなく、僕たちはザルツハイベン家の使用人に客間に通され、ここで待っているよう言われていた。
「ああ、これはチャンスだ。さすがに婚姻とまでいかずとも、確実にユーリオ様からの覚えはよくなるはず……そうなれば、我が
旦那様は客間のソファーにふんぞり返りながら、すっかり上機嫌にあくどい笑みを浮かべる。
その態度に対する不快感を呑みこみ、僕はあくまで冷静に目を細めた。
「……そんなにうまい話がありますかね?」
「なにか、裏があると? 君の心配もわからなくはないが、ユーリオ様にかぎってそれはあるまい。あの方は本当に聡明だ、その辺の木っ端貴族ではない。魔王への即位を控えたこのような時期に、無茶は起こすまいよ」
「だといいのですが……」
旦那様の相手をしながら、僕はそれとなく客間のドアへ注意を向ける。
ドアの向こうには、見張りがふたり張りついている気配。
部屋の外に出る際は彼らも同行するという旨をあらかじめ聞かされているため、単独でこの部屋から抜け出すのは無理だと思った方がいい。
……まぁ、その気になればどうとでもなるのだけど、下手なことをすればお嬢様の立場が悪くなるかもしれない。
それだけは避けなければならなかった。
結局、今の僕にできるのは何事も起こらないよう、祈るだけだった……
◆
――パーティーが終わってすぐ、あたしはユーリオさまの使用人に案内され、とある部屋に通された。
どうやら、ユーリオさまの私室らしい。
あたしが部屋に入ると、窓際のふたり用のテーブルに通された。
窓から、外灯に照らされたこの屋敷の自慢らしい綺麗な中庭が見下ろせる、ロマンチックな感じの席だ。
あたしが席に座ってしばらく待っていると、やがてユーリオさまがやってきた。
「それでは、まず乾杯と参りましょう。ルーネさんは、お酒は平気ですか?」
「あ、はい、いただきます……」
あたしが頷くと、ユーリオさまの合図でやってきた使用人が、いかにも高そうな赤ワインをグラスに注ぎ、そのまま部屋から出ていった。
使用人はみんな外に控えさせているらしく、ここにはあたしたちふたりきりだ。
「それでは、乾杯」
ろうそくの火を思わせるオレンジ色の仄かな灯りに彩られたムーディーな部屋で、あたしはユーリオさまとグラスを交わす。
それから、相手の所作に合わせてお酒を一口。
……うん、悪くない。
ほんのり甘味があって、あたしでも呑みやすいワインだった。
これでも、アタシはお酒も飲めるいい年頃。あまり好きじゃないけど。
あーあ、これが、冷えたマコーラだったら、もう少し気が楽なんだけどなぁ……
そんな本音を心の奥底にしまい、あたしは淑女モードに立ち戻る。
「あの、このたびはお招きいただき、ありがとうございます。でも私、このような席ははじめてで、なにを話したらいいのか……」
あくまでウブな淑女を装い、上目遣いにユーリオさまの顔を覗く。
ま、話題がないのは本当なんだけどね!
対人スキルには自信があるけど、次期魔王なんていう超超大物相手じゃ、どんな話が求められるのかさっぱり見当もつかないよ。
「ああ、それはご心配なく」
あたしの言葉に、ユーリオさまは、ふっと微笑みを浮かべる。
「――実を言うと、私にも貴女と話すことなんてなにもないのですよ」
「……へ?」
ユーリオさまの予想外の言葉に不意をつかれた瞬間、
「はれ……?」
――あたしの視界が、ぐにゃりと歪んだ。
同時に、姿勢を保てないほどの倦怠感に襲われ、体が傾く。
そのまま椅子から転げ落ちようとしたところ、あたしの体をユーリオさまが抱きとめた。
状況を呑みこめないまま、その顔を見上げると……
『 計 画 通 り ――!』
そんなことを言わんばかりに、彼は狡猾な悪党の笑みを浮かべていた!
手足どころか唇も満足に動かせないほど、体に力が入らない。
さっきのワインに、なにか入っていたのは明白。
たった一口でこの威力、我ながらちょろいものだなぁ……
けど、今さら気づいたところで後の祭り。
すっかり動けなくなったあたしを抱きかかえ、ユーリオは移動。
隣の部屋……寝室へと入った。
そこにある大きなベッドの上に、あたしはゆっくりと寝かせられる。
「――クク、まったく育ちのいい世間知らずのお嬢さんの相手は楽だねェ。警戒心のひとかけらもなく、コロッとこちらの思うツボときた」
ユーリオのそんな悪辣な声とともに、ごそごそと服を脱ぐような音が聞こえる。
……これはあくまで想像だけど、この男、もしや相当な色魔なのでは?
「それに親も親だ。俺様がちょっといい顔をすれば、自分の娘を躊躇なく明け渡す……なにも君の親父だけじゃない。これまでにも何人もいたぜェ? こちとらありがたいことだがよォ。たとえ娘を食い物にされたところで、捧げたのは自分自身だ。仮に抗議してもそんなもの、権力でいくらでも握りつぶせる……おかげで俺様は無傷ってわけよ、ひゃっはっはっはっ!」
やがて上半身裸になったユーリオが、ベッドに上がってあたしの体の上に馬乗りになる。
……これはあくまで想像だけど、この男、もしや相当なクズなのでは?
「そうそう、もちろん
そう言って、ユーリオは力ずくであたしのドレスを剥いで、胸をあらわにさせる。
……これはあくまで想像だけど、この男、もしや――って、ここまできて想像もへったくれもあるかい!
あたしは。まさに! この男にエッチぃ意味で乱暴されようとしている……!
「顔も性格もガキっぽいが、思ったとおりカラダだけは立派に成長しているもんだ……クク、久々に遊び甲斐のありそうな女だぜ」
「ぎっ……!」
大声をあげて抵抗したいけど、体に力は入らず、声もろくに出やしない。
「まだ抵抗する気概があるとはたいしたもんだ、おっとりしているようで意外と気がつえーのな。けど……!」
そんなあたしを、ユーリオはひと睨み。
「あ……」
妖しく輝く眼光……それには魔力が宿っていた。つまり、魔法だ……
それを受けた途端、あたしの思考が塗りつぶされていく。
……こまかいことはもういーや。
はやく、きもちいいことしたい……
「クク、たしかに俺様はロクデナシだが、親父から受け継いだ膨大な魔力は本物だ。俺様の魔力に心を囚われたが最後、
「ふぁい……」
これまで世間をあざむき続けてきたあたしのオリハルコンのごとき理性も、ユーリオの前にはどろどろに溶け、誘惑を払えない。
だめ、もうがまんできない……
あ…… あ…… あ……
◆
「ンンギモヂイイイィィィィ~~~~~ッ!!」
――その理性がはちきれたような、とびっきり淫らな悲鳴は突如として、僕たちがいた客間にまで飛びこんできた。
「なんだ!?」
「ユーリオ様の部屋からだ!」
ドアの外で慌てる見張りの使用人たちの声を聞くや、僕は反射的にドアをぶち破り、部屋から飛び出す。
「お嬢様……!」
――目指すはユーリオ様の部屋。そこで何かがあったのだ。
使用人たちも僕を咎める余裕はなく、ともに屋敷の通路を駆ける。
ユーリオ様の部屋がどこなのかは見当もつかなかったけど、探す必要はなかった。
廊下を進むにつれ、騒ぎを聞きつけて集まってきた人の密度が濃くなっていく。
彼らの向かう先が、目的地だ。
やがて人が密集する部屋の前まで辿り着き、僕はその人ごみを割って部屋へ入った。
「お嬢様っ!」
ユーリオ様の私室の、そのさらに奥にある寝室。
――そこで僕が最初に見たのは、哀れ、全身の水分を失ったようにカサカサに干からびた、犠牲者の姿だった。
「ギモ……ギモヂ……ふへへへへ……」
息も絶え絶えの様子ながら、今なお残る快楽の残り香に浸るように
それは、なんとユーリオ様だった。
「フィリー……」
そして、裸の体をブランケットにくるみながらその横に座り込み、こちらへ視線を向けるお嬢様。
――その様子を見て、僕はすべてを察した。
「どうしよう……あたし、ヤッちゃった」
助けを乞うように、涙目でか細い声を出すお嬢様。
その様子と彼女の人柄を考えれば、最初に手を出したのがユーリオ様なのは間違いない。
けど、よりによってそのタイミングで、お嬢様の中に眠っていた力が目覚めてしまったのだ。
――
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