第2話「ゆるだら令嬢、社交界に出る」
その日、陽が落ちはじめたころ。
お嬢様は屋敷に迎えに来られた旦那様と一緒に、馬車で
使用人筆頭として、僕も一緒だ。屋敷はメルベルたちメイドに任せてある。
パーティーが開かれるのは、ここから二時間ほど馬車を走らせた先にある、“
生まれながらに強大な魔力を持っているため、つねに魔族のトップとして君臨してきた者たち。よって、歴代魔王も例外なくこの種族の出身である。
先日、
◆
「――やあウォルム殿、久しぶり。相変わらず顔色が悪いな、君は! 働き過ぎではないかね? ところで、隣にいる身目麗しいお嬢さんはもしかして……」
「ええ、バルザック殿。私の娘、ルーネです。ルーネ、こちら
「はじめまして、バルザック様……
「こちらこそよろしく、お嬢さん。しかし、噂には聞いていたがなんとも可憐なご息女でいらっしゃる。とても君の子とは思えないよ、ウォルム殿」
「ははは、よく言われます……この子は、私の亡き妻に似たのです」
「なるほど、どうりで……言われてみれば、そっくりだ」
「ええ、ほんと可愛らしい……あたくしも、ぜひお近づきになりたいものですわ」
「む、さっそく目をつけたか、ディアーシャ……同性好きもほどほどにしろよ?」
「余計なお世話だよ、バルザック。はじめまして、ルーネ。あたくしは、
「こちらこそ……身にあまるお言葉、ありがとうございます、ディアーシャ様」
「ふふ、本当に可愛い子……良ければ、いつでもあたくしの屋敷にいらっしゃい、ルーネ。歓迎するわ……もちろん、お父様抜きでね」
「おっと、そこでステイだディアーシャ! まったく、貴様は……気をつけたまえよ、ルーネ嬢。コイツは同性とあらば見境なく食い荒らすタチの悪い女だ。不用意に近づけばたちまち氷漬けにされて、そのままお持ち帰りなんてこともありえる」
「うるさいよ、バルザック! まずはアンタのその暑苦しい肌から凍らせてやろうか!」
「やれるものなら、やってみろ! 逆に水の一滴も残さず蒸発させてくれるわ!」
「ははは、お二人とも相変わらず賑やかでいらっしゃる。では、他の方々にも挨拶しなければならないので、私たちはこれで……ついておいで、ルーネ」
「はい、お父様」
――パーティーが始まると、さっそく旦那様によるお嬢様の“売り込み”が始まった。
パーティー会場のだだっ広いホールは、
雇われた楽団が奏でる音楽が流れる会場で、みな思い思いに優雅な談笑を楽しんでいる。
その中でも、お嬢様の存在感は別格だった。
年に一度着るかどうかの最高級のドレスを纏い、この時のために気合を入れてメイクアップされたお嬢様は、まさに歩く宝石……その姿が視界をかすめただけで、振り返らぬ者はいないくらい、美しい姿を周囲に見せつけていた。
その様を僕は、お嬢様の視界にも映らないような会場の隅っこから見守る。
使用人はあくまで使用人……同行は許されても、パーティーへの参加までは認められていない。
万が一お世話が必要な事態に備え、僕は誰の目にも留まらぬようにここで待機していた。
次期魔王候補の祝いの席というだけあって、ここには並の貴族のパーティーにはめったに来ないような大物も、大勢姿を見せている。
先ほどお嬢様と話していた男女……バルザック様とディアーシャ様はともに“十大領主”と呼ばれる、
だから、あの方はこの機会を利用して、そこにかぎりなく近づこうと躍起になっていた。
そして、ほかの十大領主の何人かとも挨拶を交わした後、旦那様たちはついに“本命”へ向けて動き出す……
◆
――あ~、めんどくさ。はやく帰りたい……
誰が誰だかわからないえらい人たちにひたすら愛想笑いを返しながら、あたしは心の中でずっと文句を垂れ流していた。
パパと出かける時はしょっちゅうこんなんだから、苦手なんだよね~。
やたら重いドレスでずっと歩いてるもんだから、足は疲れたし、おしとやかフェイスのつくりすぎで目と唇がつりそう……
帰ったら、メルベルにマッサージしてもらおっと。
そんなことを思っていると、隣で見境なしにへらへらと愛想笑いを振りまいていたパパの顔が、急にキリッと引き締まる。
気がつくと、あたしたちはこの会場でも特に濃密な人波の中にいた。
その中心にいるのは、白いスーツに身を包んだ長身のイケメン……見るのははじめてだけど、あの人が例のユーリオさまなのは、あたしでもすぐにわかる。
その周りには、パパみたいにへらへらとおべっかを使うおっさんおばさんが群がっていた。
「フン、強者に媚びへつらうことでしか、己の地位を守れぬ俗物どもめ。恥を知れ」
それを見て、パパが唾を吐くようにつぶやく。おまいう。
やがて、あたしたちはなんとかユーリオさまの近くにまで行くことができ、パパの自分の地位を上げるための必死なアピールが始まった。
「はじめまして、殿下……
「どうも、ユーリオ=ザルツハイベンです。そんなに堅くならないでください、所詮私は偉大なる父から王位を継ぐだけの愚息ですから……」
「なにをおっしゃる。兄上に続いて、父上をも失った矢先のご即位……そのご心労、察してあまりあります。それでもこうして立派に跡を継ごうとしているのだから、やはり器が違いますな……名君だった父上の素質を見事に受け継いでいらっしゃる」
んー、なんとも俗物的なおべっか。よくしゃべるよ、ほんと。
年下の若造相手に、へらへらへつらう父親の姿を見せつけられる娘の気持ちをすこしは考えろっての。
ま、そう思っても顔には出しませんけどネ。
「はは……そう言っていただけるなら、即位する甲斐もあるというものです」
怒涛の褒め殺しに、ユーリオさまも困ったように苦笑いを浮かべるものの、それでも紳士的にパパに合わせてくれていた。
「ところで……」
その色男の視線が、不意にこちらを向いた。
その瞬間、あたしは退屈でゆるみかけていた顔に活を入れ、完璧な淑女スマイルを貼りつける。
不意打ちにも即座に反応する……我ながら、よく鍛えられたお嬢様ムーブよ。
ユーリオさまの視線にパパも気づき、はっと我に返ったように表情を改める。
「ああ、ご紹介が遅れました。これは私の娘、ルーネでございます。ユーリオ様とお会いできるまたとないこの機会に、見識を広めてやろうと連れてまいりました」
「ほう……ご息女ですか」
かーっ、ほんと舌がよく回るよ。鳥肌が立ってきちゃった。
もちろんそんな本心なんておくびにも出さず、あたしはにこりと微笑む。
「はじめまして殿下、ルーネ=ヴィリジオです。もうじき魔王になられるほどの高貴なお方とこうしてお顔合わせできて、まことに光栄でございます」
あたしはあたしで、思ってもない言葉をつらつら並べて、ユーリオさまに華麗にお辞儀した。
社交辞令って大事だよネ。
「これはご丁寧に……なんとも麗しいお方だ。私が正式に即位したあかつきには、ぜひ
「い、いえいえ……もし殿下がそのようにお考えなら、こちらとしてもまたとない話でございます。ぜひ、ご検討いただきたく……」
……おや?
「そうだ、せっかくですから娘とお話などいかがでしょう。ご婚姻されるかはまたべつとして、殿下ほどの立派なお方との交流は、娘にとっても素晴らしい経験となりましょう。殿下がよろしければ、ぜひ……」
おやおや?
「そうさせていただけるなら、こちらからもぜひお願いしたい。ただ、私もまだ多くの方々に挨拶しなければならない身……パーティーが終わったら、使用人をよこします。では、また後で……」
そう言って爽やかに微笑みながら、ユーリオさまは次のおべっか使いの相手をすべく、
その背中を、あたしは茫然と見送る。
……ちょっと、展開が急すぎやしませんかね?
「まさか、こんなに事が上手く運ぶとは……! ルーネ、しっかりやりなさい!」
……なにを?
すっかり興奮したパパに肩をがっしり掴まれながら、あたしは途方に暮れる。
あんな堅苦しくて真面目そうな人相手に、会話が続くわけないよ……!
たすけて、フィリー!
◆
――ちなみにそのころ、僕はというと……
「あら、可愛らしいぼうや。あたくし、あなたみたいな子も好きよ。どこの使用人? ――え、ルーネちゃんの? それはまた好都合……いえ、奇遇ね。ぜひ、彼女と一緒に今度あたくしの屋敷に遊びにいらっしゃいな。歓迎するわよ?」
通りすがりのディアーシャ様に絡まれ、身動きがとれなくなっていた……!
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