序章2「甘やか執事、ちいさな女神と出会う」
――僕、“フィリー”ことフィリエルが彼女と出会ったのは百年ほど前(※魔族にとっては十年ほど)……魔大陸プラトーの
僕は当時から執事のような仕事をしていて、とある方に仕えていた。
……正直、かなり困ったお方だった。
毎日気まぐれで無理難題を押しつけられ、僕もさすがに疲れていた。
僕が
けど、早々にトラブルに見舞われた。
魔族の少女が、魔獣に襲われている現場に遭遇したのである。
魔獣は基本的に魔族に使役されるもの……けど、中には野生化して魔族すら襲う凶暴なものもいるらしい。
周りに大人の姿はなく、少女はひとりで森の中にいた。
かなり幼く、しかし一目で高い身分の娘だとわかるくらい、身なりの良い少女だった。
あとでわかったことだけど、どうやら家の者とピクニックに来た途中ではぐれてしまったらしい。
そこで運悪く、野良魔獣とばったり出くわしてしまったわけだ。
恐怖にかられて叫ぶ彼女の悲鳴を聞き、僕はその場に駆けつけ、反射的に魔獣をぶちのめした。
特別そうする義務や義理があったわけじゃないけど、幼い少女が襲われてるのを無視するのはさすがに気が咎める。
……動機は、その程度のものだった。
「あ、ありがとうございます、しらないおにいさん……」
突然現れて魔獣をボコボコにして追い返した見ず知らずの僕を茫然と眺めたあと、少女は慌てたようにぺこりと頭を下げた。
改めて顔を見ると、どきっとするくらい可憐な娘だった。
毎日丹念に手入れされているかのようにサラサラな長い髪に、きめ細かな白い肌……そして、僕の顔を映し出す金色の大きな瞳。
こめかみから生えた魔族の証である
幼い見た目のわりには落ち着いており、こんな状況でも泣かず、助けてくれた相手への礼を優先するくらいには、しっかりした教育を受けていたらしい。
まじまじとこちらを眺めていた少女の視線が、僕の右腕のあたりで止まった。
「あ、けがしてる……」
確認すると、肌がざっくりと切れ、血がしたたり落ちていた。
さっきのどさくさで、魔獣に斬りつけられてたらしい。
この程度、たいしたことなかったし、言われるまで気づきもしなかった。
「まってて! あたし、おくすりもってるから!」
「べつに、そこまでしてもらわなくても……」
「だーめ! わるいばいきんがはいってたら、おにいさんしんじゃうよ!」
微笑ましくさえ見えるおこり顔でそう言うと、少女は身に着けていたバッグからせっせと物を出し、僕を手当てしてくれた。
もしもの時のためにと、家の者が簡単な医療キットを持たせていたようだ。
水筒の水で傷口を洗い、丹念に消毒した上で薬草を練り込んだ傷薬を塗り、包帯まで巻いてくれた。
手際はすこしつたなかったけど、それでも小さな手を駆使して一生懸命に手当てするその姿に、僕はいつしか見とれていた。
……とても優しく聡明で、なにより可愛い子だと思った。
僕が今まで出会った誰よりも美しい……天使、いや、理想の女神のようだった。
そう思った時にはもう、使命も当時の主人のことも、僕の頭から吹き飛んでいた。
だから、手当てが終わった頃、僕はこう告げた。
「どうか、貴方に仕えさせてほしい……おはようからおやすみまで、貴方のお世話をさせてください!」
と……
僕は彼女……ルーネ=ヴィリジオを新たな主人にすることを決意し、
まぁ、少しだけ小細工もしたけど、旦那様に見せた誠意は本物だ。
そうして僕は代々ヴィリジオ家に仕えてきたシャルツガム家を後見人にしてもらい、フィリエル=シャルツガムという名と、新たな身分を手に入れた。
それから僕は、前の主人のもとで鍛えさせられたスキルのかぎり、ルーネお嬢様のお世話をした。
彼女は領主の娘として生まれ、幼いながらどこに出しても恥ずかしくない淑女としてすでに完成されていた。
……あの年頃でそうなのだ。よほど窮屈な生き方をしてきたのだろう。
子供らしい気ままで自由な生活というものを、彼女は知らず育ってきたのだ。
だから、僕はまずそれを教えた。
食べたいものを食べたいときに食べさせ、遊びたいときにたくさん遊ばせた。
そうしているうち、お嬢様はよく笑うようになった。
それがうれしくて、僕はさらに甘やかした。
それから長い月日が経ち……
「フィリー、退屈だからなんか芸やってみせてー」
「かしこまりました、お嬢様。おい、なんかやれメルベル」
「なんでわたくし~!?」
――お嬢さまはすっかり、わがままでたまにイタズラもして、よく食べてよく遊ぶ、当たり前の子供になった。
……まぁ、子供って呼べる歳でもないんだけどね、もう。
体も本来なら美しく育ち、見た目なら文句のつけようがない淑女だ。
……まぁ、淑女どころか今魔王やってるんだけどね。
でも僕にとっては、あのころからすこしも変わらない、昔のままのお嬢様だ。
……プライベートじゃ縮んで、実際子供のままだしね。
正直、少しやりすぎたとは思ってる。
でも反省もしていないし、後悔もしていない。
だって、お嬢様は相変わらず可愛いんだもの!
お嬢様が笑い、ゆるーくだらけていてくれれば、それだけで僕は幸せだ。
だから、僕はこれからもお嬢様を不自由させず甘やかす!
無限に甘やかし続ける!
そして、僕は執事としてお嬢様の幸せなゆるだら生活を守る……それが、今の僕の使命だ。
……でも、さすがに魔王になるなんて微塵も思っていなかった。
ルーネお嬢様が魔王になったワケ……
それは、ある事件が発端だった。
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