ゆるだら令嬢、魔王になる ~それでもお嬢様は可愛いので僕は無限に甘やかす!~

川石折夫

第1シーズン・誕生編

序章1「ゆるだら令嬢、ただいま魔王中」



「――“十大領主”の諸君、よく集まってくれた。では、これより魔王城定例議会をはじめる」


 ものものしい空気漂う議会室に、粛然とした女の声が響く。


 部屋の中心を占拠する長テーブルを左右五席ずつ囲むのは、魔族の有力者たち“十大領主”が座る椅子。


 その十大領主を一望できるテーブル中央の議長席に座るのは、漆黒の鎧を纏い、仮面で顔を隠した女……いや、少女であった。


「では、シャロマ……進行を頼む」


「はい、“魔王様”……」


 鎧の少女――魔王に言われ、その傍に控えていた少女秘書が顔を上げる。


「ではまず、先日行われた魔王城に対する世論調査についてご報告させていただきます」


 魔王の傍らから、秘書は淡々とした無機質な口調で議会を進行する。


 その様を、部屋の片隅から一人静かに見守る仮面をかぶった青年の姿があった……







 やがて、議会は滞りなく終了し、出席者たちは続々と議会室を後にする。


「――あのような娘が魔王など、一時はどうなることかと驚かされたが……市民からの反応は悪くなかったようだな」


「即位の儀では終始堂々とした立ち振る舞いであったからな。少女といえど、なかなかの大器をお持ちのようだ」


「……ま、少なくとも人間どもにナメられる心配はなさそうですね」


 そのようなことを口々にして去っていく領主たちを見送ると、魔王も秘書を伴って部屋を退室。


 専用の執務室に戻って、一般のそれより上質な事務机の椅子に腰かけた。


「――お疲れ様でした、魔王様。本日のスケジュールは以上となります」


「うむ。そなたもご苦労であった……下がってよい」


「はい。それでは、失礼します」


 声はたしかに少女ながら、議会からここまで、歴戦の大将軍にも匹敵する重厚で厳かな立ち振る舞いを一切崩さない魔王。


 その威圧にも等しい空気を終始間近に感じながら、ついぞ表情に少しの変化も見せなかった秘書は、ぺこりと一礼したのち、すみやかに退室していった。


 それと入れ替わりに、執務室に入ってくるひとりの人物。


 さきほどの議会の様子……正確には魔王を、部屋の片隅から終始見守っていた青年である。


 議会の間顔を覆っていた仮面はすでになく、メガネをかけた精悍せいかんな顔立ちがあらわになっていた。


 黒を基調としたスーツに身を包み、姿勢を正して、手ぶりを交えながら魔王に一礼する黒髪の青年。


主への敬意、そして尊重の精神が全身からうかがえるその仕草は、ただの配下のものではない。


 その出で立ち、振る舞いはまさしく、執事だった。


「お疲れ様でした、ルーネお嬢様……それでは、屋敷に帰りましょう」


「うむ」


 青年執事に言われ、席を立つ魔王。


 魔王としての公務が終わってもなお、その厳粛とした立ち振る舞いには微塵の陰りもなく、執事とともに部屋を後にするのだった。







 ――魔都まとタナトー。


 魔族が住むこの魔大陸またいりくプラトー最大にして、中央に魔王城をいただく中枢都市……いわば、王都である。


 様々な姿かたちの魔族が分け隔てなく、昼夜問わず盛り立てる活気のある都市だ。


 魔王城から馬車で小一時間ほどの距離にある特別区に佇む、一軒の大きな屋敷……それが、魔王が住む公邸である。


 この門をくぐり、自室に入ったその瞬間にこそ、魔王は多忙な公務と責務から解放され、ひとりの魔族に戻れるのだ。


 執事に世話されながら仰々しい鎧を脱ぎ、部屋着パジャマに着替え、仮面を外して魔王城ではけっして覗かせない素顔を晒す。


 そして、自室にあるふかふかのベッドに勢いよくダイブした。


「ふぃ~、つかれた~」


 とろけるほどに脱力した顔で、枕にしがみつき、ベッドでごろごろする魔王。


 それに、この第一声。


 その表情にも声にも、さっきまでの威風堂々とした魔王のオーラは微塵もなかった。


 しかも、その体はベッドに飛び込んだ瞬間に縮み、もはや少女ですらない……


 ただのだらしない幼女である!


「あー、会議しんどかったー。ずっと座りっぱなしのうえ、鎧だって重いしさー。肩は凝るし、足もパンパンだよ。メルベル、マッサージしてー」


「はいは~い、ただいま~!」


 ベッドの上で白い足をぶらぶら揺らしながら、部屋に控えるメイドを呼びつける幼女。


「ふはーっ、気持ちいーいん~!」


 そのメイドの丹念な指圧マッサージを受けて、緩んでいた顔がさらにとろける。


「フィリー、マポテチとマコーラ持ってきてー」


「かしこりました、お嬢様」


 フィリー……その名を受けて返事したのは、城からここまでともに帰ってきた青年である。


 幼女に言われ、ただちに部屋を出た彼は、間もなくして戻ってきた。


 手に持った銀のトレイに載っているのは、芋を原材料とした油分たっぷりのスナック菓子に、しゅわわ~と泡立つ糖分たっぷりのドリンクが注がれたグラス。


 いずれも、彼女の大好物である。


「もう間もなく夕食になりますので、間食はほどほどに……今夜はメルトバイソンのフィレステーキなどを予定しておりますので」


「わーい、にくにく~!」


 一般の食卓にはまず出ない高級肉の名に、幼女は満面の笑顔ではしゃぐ。


 それでも彼女は遠慮なく今目の前にある堕落の味に手を伸ばし、バリバリとマポテチをほおばり、ごきゅごきゅとマコーラを飲み干していた。


 その様を特に言い咎めることなく、フィリエルはにこにこと微笑んで、夕食の支度へと向かう。




 ――魔族二十八種族のひとつ、“幻魔族ナイトメア”領主家令嬢、ルーネ=ヴィリジオ。


 城では多くの者を畏怖させる威容の女魔王だが、ひとたびプライベート空間に戻ればこのとおり。


 体が縮むほどに活動魔力をカットしてまで、怠惰に明け暮れるその姿こそが真実……彼女は極度にオンオフが激しい、“ゆるだら令嬢”だった!


 


 なぜ、彼女はこのように堕落だらくしたのか……


 そのはじまりは、ルーネが魔王になるはるか前、リアル幼女だったころ。


 フィリエルとの出会いにまでさかのぼる……

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