六畳一間
渚と電話を一時間くらいして、大友から電話がかかってきたからそれに応対をした。最近の大友は、専門学校の卒業準備、上京してくるための入居先探し、そしておじさんの四十九日準備と忙しない毎日を送っているようだった。愚痴っぽい話も増えているが、多少でも彼のストレス解消に繋がるならそれも悪くないと思っていた。
大友とも一時間くらい電話をして、それから俺はゲームを開始した。まとまった時間ゲームをすることが最近の俺のルーティーンと化していた。傍から見たらそれはただのエゴにしか見えないと思うが、自分でもそう思うのだから救われなかった。
結局その日俺が眠りに着いたのは、明日渚が来ることはわかっていたのに深夜三時過ぎだった。ゲームはまだまだ出来たが、長時間地べたに座り続けたせいで腰が痛くなったからゲームを止めた。
明日……というか、今日は渚が来ることになるが、それだけゲームをしても起きられるだろうと思っていた。そう思ったことに深い理由も根拠もなかった。
そうして俺は、実に渚が我が部屋に到着する三十分前に起床することになった。
『もしもし、宗太?』
起床理由は渚からの電話だった。
「おはよ」
『その声は寝起きだね。もう、大学が長期休みだからって夜更かしして。夜型になっちゃうよ』
「それはもうなってる」
『もう』
プリプリと怒る渚の電話口の遠くからたくさんの雑音が聞こえていた。
電車の音。
人と人が話す声。
そうして、駅構内に流れる駅員のアナウンス。遠くから、渚が今いる場所が新宿であることを駅員が教えてくれた。
「え、もう新宿?」
俺は慌てた。別に、どこかで渚と落ち合って昼ご飯を食べるだとか、そういう予定があったわけではなかった。
思い出していたのは、渚と結ばれたその日、小学校の同級会を終えた後の渚の軽自動車内での彼女との会話だった。彼女はあの時、アパートにお邪魔する時に部屋の掃除から始めるのは嫌だと言っていた。にも関わらず、これでは彼女が予期した通りに事は運ぶことになるのだ。
確かに昨晩、彼女は何かを悟っていたように掃除からしようと言っていたが、かつての約束がある以上それを守ろうとしないのはあまりにも恰好が付かないと思っていた。
『うん。このまま真っすぐそっちに行くから』
「わ、わかった。気を付けてきてくれ」
どれだけ掃除出来るかはわからないが、急いで掃除をしようと思っていた。
『宗太、まずは身なりを整えておいて。掃除は一緒にしよう?』
しかし、彼女からそう言われたら同意する他道はなかった。
渚が次の電車に乗り込むからと電話を切ると、俺は彼女の指示に従って外出出来るように準備を始めた。
渚はきっと、めかしこんでくる。
いつもなら起きてから十分もあれば外に出れるのに、渚が隣を歩くことを意識すると準備にも時間がかかった。いつもの倍、二十分以上を準備に費やしたところで、ようやく俺は掃除に手回し出来る時間を設けられた。
とにかく、ゴミは捨てておこうと思った。
ゴミ箱内のティッシュをゴミ袋に押し込んで、計四つのゴミ袋を両手にかけて外に出た。
「あ」
丁度その時、扉の前にいた渚とかち合った。リビングの机に置いてあったスマホのバイブの音が聞こえた。
「おはよ、宗太」
渚の挨拶に返事をすることは出来なかった。
久々に渚に会ったからか、はたまためかしこんだ彼女に目を奪われたのか。視線は彼女に固定されたまま微動だにすることが出来なくなっていた。
「どうかな? 似合ってるかな?」
そう言って、渚は少し気恥ずかしそうにその場で衣服を拝ませるようにクルクル回った。モデルのようだと思った。ただモデルと違うのは、彼女が照れとか気恥ずかしさを今の行為に感じていることだった。ただそれが、俺にはたまらなく……その、エモかった。若者言葉を嫌うたちだが、照れ隠しのようにそう思った。
「へ、変かな?」
「え……。そんなこと、ないよ……。その、エモい」
「そっか。ありがとう」
ここで若者言葉を使う俺の心境は、恐らく渚には筒抜けだった。であれば、さっさと全て筒がなく言ってしまえばよかったと後悔した。
しかしその浅はかな考えはすぐに否定された。
もし胸中を全て吐露していたら、多分俺達は今日部屋から一歩も外に出ることはなかっただろう。
「持つよ?」
渚がゴミ袋を四つも抱える俺に言った。
「な、何言ってんだ。お前にこんな汚い物、持たせられるわけがないだろう」
少し語気を強めて言った。自分がこんなにも熱く物を語る日が来るとは思っていなかった。
「へ、部屋で待っててよ。すぐに捨ててくる」
「いいの?」
「当たり前だ。ほら、入ってて」
扉を支えながら外に出て、渚に中に入るように促した。
「じゃあ、お邪魔します」
「うん。すぐ戻ってくるから」
扉から離れて、ゴミ捨て場である倉庫に向かった。
「うわー」
去り際、閉まりゆく扉から渚の阿鼻叫喚とも驚愕ともとれる小さな悲鳴が上がった。
慌ててゴミを捨てに行った。
駆け足ですぐに部屋に戻って、小さめのシンクで石鹸を使い入念に手を洗ってリビングに入った。
「……あれ?」
渚がベッドの上で枕を抱えて丸まっていた。
……酷い既視感。
「……長旅、疲れた?」
「……んー?」
要領を得ない返事だった。
「お気に召された?」
「んー……」
しばらく渚は、ベッドの上で枕を抱えたままうずくまっていた。気が済んだのか、渚は突然、地べたに座っていた俺に向けて枕を投げつけてきた。
「よし、掃除しようか」
オンオフの切り替えが早い人である。俺は苦笑して立ち上がって、枕をベッドに戻した。
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