親友の父の死

 渚同様、大友とは別の高校に進学し合った。だけど、中学までも疎遠にならなかったからなのか、はたまた同性だったからなのか。大友との交友が途切れたことはなかった。だけど、大友家に遊びに行くことは年を重ねる毎に減っていった。中学、高校にもなると小学校の時よりも家からの束縛も緩和されたので、外で遊ぶ機会が増えたためだ。


 最後に大友の父と会ったのはいつだっただろうか。

 確か、高校二年の時、母の東北の友人から送られてきたサクランボを大友家に届けに行った時だ。チャイムを押して出てきたのが、大友の父だった。


 大友の父が喉頭ガンになり声帯を摘出したのは、俺達が中学を卒業してすぐのことだった。


 親からのかん口令が出たため、大友自身が俺にそのことを教えてくれたのは彼の父が退院した後のことだった。だから、それを始めて聞いた時、驚きと心配と安堵を全部一緒にしたことを今でも覚えていた。


 サクランボを届けに行った時聞いた彼の父の声は、かつて声帯を切除する前の声とはまるで違う声だった。喉を抑え、一見すると息をしづらそうに最近の俺の近況を心配してくれた。自分の方が辛い状況だったろうに、それでも小さい頃から見てきた俺のことを気にしてくれたのだった。


 大友は俺に父のことはほとんど話さなかった。たまに話されたことと言えば、声帯を切除されたために彼の父が障がい者手帳を入手したことでの愚痴のようななじり話だった。それが彼なりの父への気遣いだとわかっていたから、俺はあまり強めの口調で注意はせずにただ聞いて微笑むだけに留めるようにしていた。

 大友の父は、旅行へ行くのが好きだと聞いていた。ついこの前も、就職祝いに一緒に草津へ旅行へ行ったと聞いたばかりだった。だから、今回こんな話をされるだなんて、まるで思いもしなかった。


「通夜は?」


『金曜日。告別式が土曜。火葬が日曜だから……休日全部潰れちまったよ』


「……そっか」


 友人の両親を失うことは、初めての体験だった。だからこんな時、どんな言葉をかけて慰めてやれば良いのかわからなかった。


『誰にも話す気はなかったんだけどさあ。まあ、明後日にはお悔やみに載るだろうし』


「そっか」


『悪いな、こんな時間に』


「気にするなよ。落ち着くまで話してくれて構わん」


『おー、助かるわ』


 義理堅い人ではあるが、大友が人の手助けを求めるようなことを言うのは珍しい気がした。精神的にそれほど参っていることを察してしまった。

 ……そんな状態で、先週は成人式に参加していたんだな。それに気付くと、彼の心中は最早俺には察することも出来ず、ただ悔しさから唇を噛み締めることしか出来なかった。


『急に容体が悪化したんだよ』


「……うん」


『ガンが転移してたのは聞いてたんだけどさ、いきなり昏睡状態で、そのままポックリ逝ってしまった。本当、人生何があるかわかんねえよなあ』


「うん」


『で、喪主俺がやるみたいなんだよな』


「そうなんだ」


『おう、段取りの話も色々あるみたいで、正直ちょっと落ち着かないよな。まだ実感ないもんな』


「そうだよな」


 慰めの言葉をかけたい。

 そう思ったのに、俺は彼の言葉を聞いて相槌を打つことくらいしか出来ずにいた。それから三十分ほど話した後、大友は一時は満足したのか電話を切った。これから眠りにつくそうだ。


 大友の電話の後、俺は母親に電話をした。

 夜分からの電話だったが、何より母がまず驚いたのは俺から電話が来たことだったそうだった。それで良からぬことなのは見当が付いたらしい。


「大友のおじさん亡くなったって。多分明後日にもお悔やみに載るって」


 そう言うと、母は俺との電話の最中なのに父と姉に事情を大声で話し出した。大友にも姉がいて、俺の姉と同い年だった。だから、我が家と大友家の交友は本当に根深いのだ。

 電話口の向こうから、姉と父の驚く声が聞こえた。家族そろって大友の父が亡くなったことを悲しんだ。


「明日の講義、午前だけだから。俺そっちに帰るわ」


 そんな状態を目の当たりにしたからか。

 それとも、一番の友人の親の訃報だったからか。

 俺の口からそんな言葉が、自分の意思とも反して紡がれていた。


『明後日の講義は?』


「実習もないから、一回くらいなら大丈夫だと思う」


『……そう。気を付けて帰ってきなさい』


「うん」


 親との電話を切って、次に電話をかけたのは渚だった。


『もしもし!』


 渚の声は、いつになく明るかった。


『珍しいね、宗太から電話なんて。どうかした?』


「……うん」


『どうかした?』


「俺、明日そっちに帰る」


『え、急にどうしたの?』


 喉の奥が乾いていくような感覚に見舞われた。


「大友のおじさん、亡くなったんだよ」


 言い切ってから、電話口の声が聞こえなくなったことがわかった。

 思えばここで、渚にそのことを言ってどうなるのだろう。大友のおじさんが亡くなって家に帰ると言っても、とてもじゃないが今回は渚に会おうと思える気分ではなかった。何も言わずに帰った方が良かったのではないか。今更ながらそう思った。


『宗太』


「ん?」


『……いいんだよ?』


「……何が」


『泣いても』


 俺は黙った。


『今はあたししか聞いてないから』


 不意に、泣きそうになった。大友の心中を思ってからか、大友の父との思い出を想い、悲しんだからか。

 涙を溢しそうになった。


「……いいや、泣かないよ」


 俺は声を震わせて言った。

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