呑みの席

『二十歳になった僕へ

 元気ですか?

 今の総理大臣はだれですか?

 今何をしていますか?

 生きていますか?』


 渚が笑いを堪えて読んだ手紙の内容に、周囲が湧いた。


 会食場所は、小学校から程よく近い個人経営のレストランだった。当時の児童会の副会長であり今回の会の幹事である絵里の親が経営するアパートだそうで、つまりは縁故起用であった。

 こじゃれた雰囲気のレストランだった。田舎のこの町にこんな雰囲気のレストランなんて滅多にないんじゃないかと思いつつ、出てくる横文字の多い料理に舌鼓を打っていた。


 そんな中で、絵里のせいで拗ねた渚が取った行動が事前に告知していた俺の封筒を皆の前で確認する、というものだった。封筒の中には、固く折り畳まれた破られたノートが入っていて、そのノートに書かれた内容が渚が呼んだ内容だった。


 タイムカプセルを残したこと自体は覚えていて、こんなことを書いたような気も多少はあったし、別に周囲に知らしめさせることを躊躇うことはなかったが、声に出して読まれると意外と恥ずかしいものだった。


「宗太、昔から捻くれてたんだね」


 笑い泣きしていた渚が目尻を拭いながら言った。


「いや、子供の頃なんてこんなもんだろ」


「いいえ、だって最後に生存確認しているんだよ?」


 渚は面白そうに続けた。


「二十歳まで生きてると思ってなかったの?」


「人生何があるかわからんでしょうに」


 というか未だに思っていることだが、俺は自分が大人になれるとは思っていなかったのだ。まあ、この頃からそう思っていて、その考えを改められていない辺り、将来有望である。まあ、その有望な人間が今や恋人持ちなわけなのだが。


「宗太、正直に言って」


「何を?」


「正直、今の総理大臣なんて気にしてなかったでしょ」


「あー、多分」


「なんだかこの文、一番聞きたいことを聞きだすまでにする世間話に見えてしょうがないんだよね」


「というと……かつての俺は本当にこの年まで生きていると思っていなかったと言いたいわけだな」


「そうそう。思い詰めているみたい」


「つまり……可哀そうな小学生だったってことで良いかい」


「うん。それで良いと思う」


 渚に良い笑顔で同意された。良いわけあるか。ちょっと頭に血が上り始めていた。多少お酒にやられていたところもあるのだろう。


「ま、そんな俺も今やこんな可愛い彼女が出来たわけだけどね」


 意識せず大きめの声で言ってしまい、結果店内を沸かせてしまった。俺は一気に酔いを覚まして、縮こまった。


「宗太君、中々大胆ですねえ」


「交際期間たった一日でめっちゃ惚気るじゃん」


 やかましい絵里と程よく酔った大友に茶化されて、俺は肩身を狭くした。いやはや仰る通り。


 俺が委縮したのをきっかけに、周囲で各々の近況報告がなされることになった。それで一々湧いては、短い会話を挟んで次の人の近況報告へ。そんな和やかな雰囲気で会食は進んでいった。

 割合として、男は就職をした人が多く、女子は進学をした人が多いように感じた。地元の県立大学へ進学している者。医学部へ進学している者。変わり種では来期から探偵事務所に就職するなんて人もいた。


 狭い世界で生きてきていたんだなと実感させられた。

 かつては同じ学び舎で過ごしてきたのに、ここにいて同じ進学、進路を進んだ人は誰もいなかった。人生が如何に何があるかわからないか。それをこの場で体現させられた気分だった。


 昨晩のこともあったので、お酒は控えめに済ませていた。隣に座る渚は、相変わらず運転手を買って出ていたので酒は飲んでいなかった。注文の時に俺も飲まずに過ごそうと思ったが、なんで飲まないのと渚に問われたので仕方なくビールを注文した。


 程よいペースのおかげか、はたまた渚と結ばれたおかげか。


 昨日よりもキチンと周囲を見て談笑を楽しめている気がした。そして、談笑を楽しめているからこそ、微かに残る小学校時代の記憶の中の同級生と今の彼らを対比させて、彼らの成長具合を実感させられることとなった。

 皆、大人になっていっている。


 勉強のために大学進学する。金を稼ぐために就職する。愛を深めるために誰かに嫁ぐ。

 

 伝聞した話だけだが、彼らは大人になるために自立していっているのがわかった。

 

 その点、自分はどうだろう。

 正直、まだまだ大人になんてなれていないと思っていた。親の仕送り金で生計を立てて、自分の気の向くままに趣味をして、嫌ではない具合に勉強をしている自分が、大人だなんて言えるはずがないと思っていた。


 ただ、別に卑屈になっているわけではなかった。

 だって、小学校時代に二十歳まで生きていると思っていなかった俺は、今二十歳になり更に年を重ねて生きていこうとしている。隣で俺に茶々を入れる人と愛を育もうとしている。


 大人になるペースに前後はあるだろうが、そう遠くない内に俺も何かの拍子に大人になれるのだろうと思った。


 だから、卑屈になってはいなかった。

 むしろ、だからこそ成長していかなければいけない。乗り遅れないように、成長していかなければならない。


 そう思わされた。そう、自己を奮い立たせていた。

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