バレた

 大友と一緒に小学校へのかつての通学路を歩いた。彼とは登校の班が違ったから一緒になって登校する機会にはあまり恵まれなかったが、下校時はしょっちゅう一緒に帰っていた。

 彼の家は小学校から近かった。そして、俺の家は小学校から遠かった。だから高学年にもなると、下校時にそのまま彼の家で遊ぶことが頻繁した。そのまま電話を借りて親に迎えに来てもらい、車で楽して帰ることも出来るから一石二鳥だった。


 田舎故、俺や渚、大友の両親も、全員農家を営んでいた。だから全員、同業者故の交流もあれば子供達が同級なこともあって仲が良かった。

 母は大友の家に迎えに呼ぶ度、大友の母親と長話を玄関先でしていた。大友の家のリビングに漏れ出した両母親の会話は、やれ旦那への愚痴だったり、やれ今年の実りはどうだだったり、子供ながらに毎度同じ話題でよく飽きないものだと思っていた。


 大友は、基本根暗な俺と違い、世間に対する処世術というか、コミュニケーション能力に長けた男だった。中学に入ると小学校からしていたサッカー部に入部し、三年時には部長を務める程度には周囲からも一目置かれていた。

 そんな彼が事あるごとに俺を遊びに誘うことに違和感がないわけではなかった。何せ、あまりにも性格が違いすぎるから。


『あんた自分から遊びに誘わないもんね』


 いつか母に、俺の人間性を否定されたことがあった。前後の流れはイマイチ記憶に薄いが、とにかくその言葉のインパクトというか、腑に落ち具合が異常なくらいだったので、記憶に残っていた。


『仁志君、しっかり者だからあんたのことほっとけないんじゃない。なるべく迷惑かけないようにね』


 そして、これもいつか母に言われた言葉だった。

 大友は母の言う通り、芯のあるしっかりとした男だった。それは何より、これまで築いてきた大友の実績がそう言っていた。


 そんな大友だからこそ、とにかく危うい俺のことを放っておけないのかもしれない。

 

 でもそれは、俺という人間が面倒見てもらえる人と一緒でないと生きることすらままならないことを意味しているとも思えた。

 面倒見てもらわないと生きていけないなんて、それこそ子供みたいで、大人になれる気がしない俺としては直していかなければいけない部分だと思わされた。


 ……思えば俺は、渚然り大友然り、しっかり者に面倒見てもらってばかりだな、とふと思った。


 陽も沈み日中よりも一層寒くなった外を歩き、馴染みある小学校の校門を抜けて敷地内に侵入した。

 朧げな記憶の中の校舎と、今の校舎が一致しないことに気付いたのは、


「一昨年、校舎の改修工事がようやく終わったらしい」


 大友が感慨深げに校舎を見ながらそう言ったからだった。

 つまり、言ってもらえなければ校舎の変化にも碌に気付くことは出来なかった。


 校舎と校庭の間を大友と歩いた。かつて校庭の隅にあった遊具の数々は撤去されていた。時代と共に、遊具類の危険性を説く声が強まっていたのは知っていたが、自分の思い出が消えたことで、ようやく俺はその論調の浸透具合を認識した。


 当時工事中だった体育館は、すっかりと出来上がっていた。確か、俺達が卒業した翌年に出来たはず。つまり、見に覚えのない施設なのにもう築八年ほどになるということだ。


 時間の流れを感じさせられた。

 それはつまり、それだけ俺が大人になったということ。


 集合場所は体育館傍にある駐車場となっていた。校舎とは渡り廊下で体育館は繋がれていて、その傍に駐車場はあった。

 駐車場に向かうと、しんみりとした校舎とは違い、たくさんの楽しそうな声で溢れかえっていた。

 大友とそちらへ向かうと、懐かしい光景が広がっていた。だけど、背丈恰好はまるで別人な人ばかりだった。


 一斉に、視線がこちらに向けられた。


「おっー、仁志に宗太か!?」


 そう声をかけてきたのは、当時クラスのガキ大将的存在だった村山だった。確か、彼も都内の大学に通っていると母に聞いた。


「おー、久しぶり」


 大友が言ったから、一先ず隣で笑っておいた。


「大友、就職決まったそうじゃん」


「あ、一応東都Mさんの方に」


 わざとらしく畏まった大友の態度に、歓声が湧いた。小さい頃から、彼は電車の運転手になるのが夢だと言っていた。彼の就職先は、電車の駅員。つまり、ゆくゆくはその夢を叶えられる立場になることが出来たのだ。

 この歓声はその賛辞と有名企業に就職したことへの驚嘆の歓声だった。


 俺も一応、それなりの大学に進学したが……言い出しづらい空気になってしまった。


 大友はそのまま、旧友との再会に浮かれる連中に連れて行かれた。


「……言えたの? 宗太」


 放置された俺に近寄ってきたのは、渚だった。

 俺は首を傾げた。


「なんで言うってわかった?」


「わかるよ。宗太のことだもの」


 そう言われると、照れそうになった。


「なんか言ってた?」


「……おめでとうってさ」


「そう」


「うん。後で根掘り葉掘り聞かれることにもなった」


「アハハ。大変だ」


 人前でお淑やかに微笑む渚に、違和感を覚えた。さっきまで楽しそうに微笑んでいたのに、それとはまた違った態度だった。

 なるほど、たくさんの人の前だと素を出すのは控えるわけか。それもまた、渚の処世術なのだろう。


 ……だとすれば、さっきまで車内で見せた美しくおおらかな微笑みが渚の素。その無邪気な素を、俺は知れたのだ。


 心が急に満たされていった。

 砂漠の中でオアシスを見つけ、新鮮な水に舌鼓を打っているような、生き返るような気分になった。


 だけど、そんな空気はまもなく破壊された。

 



「ちょっとちょっとー、出来たてホヤホヤカップルさーん! 何二人で見つめ合ってんのさー!」




 それは渚の友人、既に酒臭い絵里の放った言葉のせいだった。

 思い切り目を丸めた後、俺は一気に顔を熱くさせた。


「ちょ、ちょっと絵里ー! 言わないでって言ったじゃん」


 慌てふためき抗議する渚の姿は新鮮だった。


 が、すぐにそんなこと思っていられなくなった。


「なんだよ、二人付き合ったのかよー?」


「えー、微笑ましー! 馴れ初め聞かせてよ、馴れ初め!」


 唐突に俺……俺達の周りが騒がしくなった。

 それは突飛な話を面白がった野次馬であり、俺達の交際を祝福する空気であり、つまりは同級生の連中の手荒い扱いのせいだった。

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