親友への対応

 渋滞を抜けて馴染みある道路を車が快調に走りだしたのは、大友と電話してからかれこれ十分後くらいだった。かつてこの道は、学校への通学路となっていた道だった。並木道に工場に、住宅に、かつてとほぼ変わらない街並みの間を車がすり抜けていった。


 小学校への最後の十字路を右折し、車が小道を走り出した。

 タイムカプセル開封会の集合時間まではあとおおよそ三十分くらい。多分、そろそろ皆が集まりだす頃だった。


「駐車場に停める?」


 渚が確認してきた。要は、駐車場にこの車を停めて俺達が一緒に降りるところを見られたら、炎上しますよ、ということだ。


「じゃあ俺、手前で降りようか」


「わかった」


「あの辺でいいよ」


「わかった。あーあ、一人で学校に行くなんて寂しいな」


「ちょっと我慢してよ」


 苦笑して答えると、アハハと渚が笑っていた。


「ガソリン代、さっきクレジットカードで払っちゃってたけど幾ら?」


「いいよ。これくらい」


「……まあ、また後でね。キチンと払うから」


「はーい」


 一応、お金の話もキチンとしようと思っていたのだが、どうも気乗りしていないようだった。忘れないようにしないとと思いつつ、車が左折の合図のウィンカーを出したから、シートベルトを外す準備を始めた。


 車が左に寄って停止した。後方から車は来ていないが、出来るだけ急いで車を降りた。


「じゃあ、また後で」


「うん。大友に言うか考えた?」


「……うん」


「じゃあ、楽しみにしてるよ」


 渚は答えを聞くつもりはないらしい。その意思を理解して、微笑みかけて扉を閉めた。渚の運転する車が発進し、ある程度見送ったところで歩き出した。

 すっかり陽は落ちていた。

 季節と盆地という環境も相まって、一年東京で緩み切った耐寒が悲鳴を上げていた。悴んだ手をジーンズのポケットに突っ込み、小学校への道を急いだ。


「……マフラー、車内に忘れた」


 寒い首元を擦り、大切な防寒アイテムを忘れていたことに気が付いた。致し方なし。寒さに堪えながら道を歩いた。


 そして、大友に渚との関係を言うかを考えた。


 ……結論から言えば、言う。

 渚との関係を、恙なく言うつもりだった。そもそもそんなに、意固地になって隠すような話でもない。あいつは俺の最近の交友関係を知っているから最初は驚くかもしれないが、最終的には祝福してくれるだろう。


 ただ、どこのタイミングで言うか。

 それは考えなければならないと思っていた。今日言うか、はたまた別日、東京で二人で遊んだ時に言うか。

 出来れば、今日言いたくなかった。だって、他の誰に聞かれるかわからないし。


 まあ、タイミングがあれば、くらいかな。


「あれ?」


 などと考えていたら、丁度良いタイミングが早速巡ってきた。小学校にまもなく着くという頃、前方から歩いてきた人は見覚えのある人だった。


 大友仁志。


 俺の一番の親友である彼、その人だった。


「宗太じゃん」


「こんばんは、大友」


「お前車で来るんじゃなかったの?」


 痛いところを早速突かれた。俺は苦笑した。


「おばちゃんに送ってもらったんか?」


「まあ、そんなとこ」


 思わず嘘を吐いてしまった。だって、しょうがない。渚とのことを言える空気でも流れでもなかったし。


「まあいいや。とりあえず行くぞ」


「うん」


 納得していないが、一先ず先を急ぐ決断をした大友の後に続いた。


「今日一日、お前何してた?」


「えっ」


 大友からの質問に、俺は素っ頓狂な声をあげた。


「どうせずっとゲームだろ? あ、それか昨日の二日酔いか?」


「……まあ、近からず遠からず」


 嘘です。めっちゃ遠いです。


「お前、昨日はハッスルしてたもんなー。弱いのに無理すんなよ」


 大友は笑っていた。まったくもってその通りです。


「あの後、渚となんかあった?」


「え?」


「いやだって、送ってもらったんだろ? さすがになんかあったべー」

 

 ……。


「……まあ、色々とね」


 思えば、言うか考えるまでもなく、渚との帰宅現場を目撃されたんだから、そこに行きつくのは必然じゃないか。

 俺は無駄に緊張していたことが急にあほらしくなり、頭を掻いて苦笑した。


「え、何マジで?」


 大友は、わかりやすく湧いていた。


「ぜ、絶対言わないでくれよ?」


 俺は慌てて大友に頼んだ。


「どうして」


「……茶化されたくない。しかもこの後、酒が入るんだぞ? 絶対碌なことにならない」


「あー、それは言えてる。オッケー。わかった。宗太、いつ空いてる?」


「どういう意味で?」


「電話で詳細教えてくれよ」


 ……なるほどね。

 正直、詳細を教えるだなんて気が引ける。恥ずかしいし。

 しかし大友は、昨日あの場でさっさと帰ってくれて、俺達を二人きりにしてくれた言うなれば恋のキューピット。さすがに彼を無下にするのは、日頃のぞんざいな扱いも相まって申し訳ない。


「わかった。いいよ」


「オッケー。じゃあいつ頃?」


「……土曜の夜」


「わかった。いやー楽しみだわ」


 俺はそうでもないよ、とは口が裂けても言えなかった。


「おい、宗太」


「ん?」


「おめでとうございます」


 丁寧に一礼された。

 腐れ縁だが、彼はこういう時中々に律儀だ。そんな律儀な彼と友人になれたこと。それはとても嬉しいことだったと、今再確認させられた。


「ありがとう」


 俺は照れくさそうにお礼を言った。

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