あまり知らない幼馴染のこと

 トンネルを抜けて、中学時代に度々通った道路を車が抜けていった。そうして、神社へ続く道へ左折し入ると、真横に覚えのある大学が見えた。


「見て見て、渚」


「なあに?」


「ここ、君の通う大学じゃないか」


「そうだね」


 ウキウキで言うも、地母神のような優しい笑みで返されてしまった。中々俺の思い通りになってくれない人だなあ。


「大学は楽しい?」


「昨日言ったじゃない。楽しいよ」


 そう言えば確かに、同窓会の中で聞いたような。


「そう言えば、何科に入ってるの? 理系? 文系?」


「理系だよ」


「おっ、一緒じゃないか」


 正直、渚は文系だろうと思っていたが、ここでもあてが外れてしまったらしい。本当に、俺がまったく彼女のことを知らないことを一時間に一回くらいのペースで突き付けられるな。イメージと実際の渚の乖離に、多少戸惑う気持ちもなくはなかった。


 しかし、それを言うとまたマウントを取られると思ったので、とりあえず喜んでおいたのだった。


「宗太は機械科だっけ?」


「よく知ってるな」


「お母さん伝いでね。お母さん、おばちゃんから聞いた宗太の話大体吹き込んでくれるから、あたし大体宗太のこと知ってるよ」


 そう言えばさっき、そのことも言われたな。腑に落ちて、なるほどね、と呟いていた。


「まあ、あたしからもおばちゃんと会ったら宗太のことなんか言ってた? って聞いてたから、多分お母さんにはあたしの気持ちは筒抜けだったでしょうね」


「そうだったんですかー」


 なんの牽制のつもりでこんなことを言うのだろうかと疑問に思いつつ、ニヤニヤしている当人を見てからかいたいだけだなと結論付けた。


 ……本当に、たった一日一緒に遊んだだけで、これまで築いていた渚への印象が随分と変わった。これが彼女の言う、俺が過去を美化していた証明なのだろう。

 本当に、たった一日で色々と変わったものだ。


 彼女への印象。

 彼女への気持ち。

 そして、彼女との関係。

 その他諸々。


 正直、戸惑いや現実を受け入れたくないと思う気持ちがないわけではなかった。されど、それを受け入れていかないと渚との関係は進展していかないのだろう。そう思うと、戸惑いつつも受け入れていかないといけないのだろうと思うようになっていた。


 ただ、そうして彼女の状況を含めた情報を彼女から得ている内に思うことがあった。


 それは、これまで彼女と違って相手に対する気持ちを明確にしていなかったことによって生じたディスアドバンテージ。

 そして、散々渚にも指摘されたこと。


「……俺、本当に今の渚の事、何も知らないんだな」


 車が神社に続く参道を北上して行く中、口にするつもりはなかった言葉が漏れた。言った後、外の景色すら見れなくなり、俯いてしまった。そんなこと、好いた彼女に……好いてくれた彼女に言うべきではないことだった。


「ゆっくり知っていけばいいじゃない」


「慰めてくれるのか」


「違う。フォローしてあげてるの」


「……似たようなものじゃないか」


 返事はなかった。

 車は件の神社に辿り着いた。渚は神社の手前の駐車スペースに車を停めた。停車したのを確認して、お礼を呟いて俺達は外へ出た。


 車は神社のある堀の手前、石造りの柵の手前に停められていた。そこから橋を渡って境内に進むのだが、橋の前の交差点には出店が並んでいた。

 お祭りごとが好きなたちだったが、出店に目移りすることはなかった。そんな気持ちにはならなかった。


「……そう言えば、神社なのに堀があるっておかしいよね」


 堀にて隔てられた先へ行くため、橋を渡るときに渚は呟いた。


「元は戦国武将の城跡地だからな。名残りなんだよ」


「へえ、好きなことだと本当に詳しいのね」


 そう言って、渚は石造りの柵から乗り上がり、緑色の水の中で呑気に過ごす鯉を眺めていた。


「危ないよ」


「じゃあ、もし落ちたら助けてね」


「落ちないようにしようって気はないんかい?」


 一先ず、浮かれる渚の腕を引いて柵から離した。


「きゃっ」


 渚が小さく悲鳴を上げた。おかげで善意でしたつもりなのに、悪いことをしてしまった気になった。


「……危ないから」


「……むぅ」


 どうやら少し機嫌を損ねてしまったらしい。もっとクールと思っていたのだが、意外と子供っぽい。

 俺は柵から乗り上げることはせず、池に向かった。そして、池に向けて餌をあげるように手を開け閉めさせた。


「……何やってるの?」


「こういうところの鯉は、こうしてる人が餌をくれるって知ってんだよ」


「へぇ」


 俺の目論見通り、鯉が集まりだした。そして水面に顔を出し、口をパクパクしだした。


「あら、凄い」


「やってみなよ、なるべく危なくないようにさ」


 渚が隣で、俺の見よう見まねで鯉をおちょくりだした。


「アハハ。すごいすごーい」


 無邪気に微笑む渚に、俺は苦笑した。

 本当に、俺が思ってたよりもこの人は全然子供っぽいし、からかい好きだし、クールだし綺麗だ。


 前まで思っていたイメージとはまるで違った。それで戸惑う心もある。

 だけど、こうして彼女に抱く好意は不変なようだ。


 それがとても嬉しかった。その程度では揺るがない感情なのだと知れて嬉しかった。


 ……そう言えば。


 彼女は、俺のどこを好きになったのだろう?

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