第5話

「あのテーブルに座ってる小さい子なんか好きじゃない。」


 韓国語がほとんどわからない私ですら何となく意味が分かってしまった。

 

 もちろん、あのテーブルというのは私のテーブルの方向を指していた。小さい子と言うと範囲が広いように聞こえるけど、実際ここにいた子達は身長が高くてスタイルも良かった。 ジスオンニも周りよりは小さい身長だったけれど明らかに私よりは背が高かった。まさかジスオンニのことをいうわけはないだろうと思った。


 そうすると必然的に私に向けられた言葉になる。幸い、同じテーブルの2人には聞こえていなかったらしく、周りを見渡して他の女の子達を見ても特におかしい感じはなかった。


 その言葉が聞こえた方向を向くとその女の子はもう別の話をしていた。独り言のつもりで言ったらしい。


 まあ、韓国語も話せない、歌もダンスもオーディションに受かったとはいえ他の子達と比べれば差は歴然なのでそんなことを言われるのはもうしょうがないと思った。 


 そこでスルーしておければ良かったのだけれど。その後に聞こえた言葉が私の心臓を突き刺していった。


「韓国語もダメだし歌もダンスも全然ダメ。それなのに社長とマネージャーとは仲良い感じだし。なんか他の子ともすぐ仲良くなってる。あのジスに声もかけてたし。なんであの子が私より一個上のランクなんだろう。」


 ちゃんと聞こえた部分は少なかったけれどずっとダメという単語だけが頭の中に響いていた。ジスも自分の名前が聞こえたのか声のする方向に振り向いたけれど、少し気にしただけで気づいてはいないようだった。


 今の言葉は同じテーブルの子達は聞こえてしまったらしく、そこまで言わなくて良いのではと釘を刺している感じだった。

 流石にこの言葉には私も心にくるものがあった。ついさっきまでとても美味しかったご飯の味がしない。まるで小学校の時のトラウマのように、鮮やかな絵の具が一瞬にして黒に染まるように私の心の中は悲しさでいっぱいになった。

 

 手が止まっている私に気づいたのかソヨンが声をかけてくれた。けれど今その声に答えたら私の中で甘えが出てきてしまいそうで一言、大丈夫と返した。


 流石にこれ以上この場所にいるのは気まずくて、食堂のおばさんにごちそうさまと一言言って食堂を出ようとした。ソヨンも追いかけてきたけれど、トイレに行くとだけ言ってその場を去った。



 小学校の時に陰口を言われたり、面と向かって嫌がらせや悪口を言われたりしたことは何回もある。それは自分のせいじゃなかった。だからこそ上手くスルーすることができた。けれど、さっきの言葉がどうしても頭の中を駆け巡る。


「歌もダメ。ダンスもダメ。韓国語もできない。」


「好きじゃない」


 どれも今の自分に当てはまるものばかり。分かっているからこそ悔しかったしとても悲しかった。

 

 食堂を出た後にいろんな想いが込み上げてきた。大好きな人の顔が頭をよぎる。


 「地獄」だった中学校生活。またあの頃のようになってしまうのかと不安と恐怖とが涙となって溢れてくる。トイレの個室に一人自分の鼻をすする声だけが響く。

 

 私の人生において幾度となく遭遇するこの瞬間が何故か落ち着く感覚もあり、いつもこうなってしまう自分にいつも嫌気がさしていた。



 あまり長く姿を表さないのもいけないと思い、トイレに入って5分ほど経ってから集合場所になっていた事務所の入り口に向かった。入り口に着くとソヨンが少し心配したような顔で出迎えてくれた。隣にはジスオンニがいた。ソヨンはやはり気づかなかったらしく何かあったのかと尋ねてきた。

 

 思わぬ心配をかけたくないし、何より泣き顔を見られたくなくて空元気の笑顔で大丈夫と言った。隣のジスオンニを見ると少し複雑そうな顔をしていた。



 1分ほどして社長が出てきて自ら事務所案内をしてくれた。社長の隣にはジアさんもいた。ジアさんの顔を見て、とても申し訳ない気持ちが出てきて、また泣きそうになってしまった。


 ジアさんの顔を上手く見れなくて下を向いた時に、隣にいたジスオンニが声をかけてきた。


「ふうか、もし何か嫌なこと言われたらオンニにすぐ言うんだよ。」

 

 その言葉がとても嬉しくてまた泣きそうになってしまった。けれどそこで言う勇気は無かったし、何より私のことじゃないかもしれないと言い訳をしてその時はオンニに大丈夫と返事をしてしまった。オンニは少し不服そうな顔をしていたけれど、笑顔で頭をポンッとしてくれた。



 説明も終わり、いよいよ帰る時間になった。明日からは毎日レッスンがあるらしく月末には今日のように評価される時間があるらしい。体重管理などもあるらしく思ったよりも厳しい挑戦になるようだった。


 ジアさんの家に帰るとジアさんはまだ帰ってきていなかった。テーブルの上を見てみると、ラップがされている料理が出ていた。忙しいのか、料理を作り置きしてまた仕事に出かけたようだった。ラップの上に、メモ書きで


「きょうはほんとにじょうずだった!これからがんばっていこうね!!」


と書かれていた。今日は涙もろい日なのかそのメモ書きを見ただけでまた泣いてしまった。



 次の日、みんなは学校に行っていたので午後からのレッスンだった。私は午前中から事務所に来るように言われた。

 

社長に呼び出しをされていた部屋に行くと声をかけられた。


「ふうかさんかな?」

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