『アレの自宅』

 先日、エレキオーシャンのライブが行われた。その打ち上げを真鈴の家ですることとなった。というより、最早恒例行事のようなものである。


 なぜ恒例行事になっているのか。その理由についてはアレがあまりにもアレすぎたためである。


 操、MIYA、フミカの3人は真鈴の自宅にやってくる。インターホンに反応して、真鈴がドアを開けた瞬間、3人は絶望することとなった。


「きったな」


 MIYAが開口一番にそう言った。部屋が汚いことに定評がある真鈴。この汚部屋で打ち上げをするのには理由がある。


「おい、真鈴。お前、私たちが来る前に少しは片づけておけって言ったよな?」


「うん。だから、キッチン周りと調理器具の手入れはしておいたよ」


「違う! そこじゃない! いや、そこも重要だけど……もっとあるだろ!」


 玄関からして足の踏み場もないこの状況。なぜ玄関にあるのかわからないバスタオルとトイレットペーパーの芯。異次元の散らかり方をしているここは本当に現世なのか。異世界に転移したみたいだが、全くテンションが上がらない3人。


「マリリン。早いところ片づけちゃおう」


「うん!」


 冷静なフミカが話を進める。そう、この部屋で打ち上げを定期的にする理由は、汚部屋掃除である。毎秒汚くなる真鈴の部屋。それを放置しているといずれゴミ屋敷と化して近隣住民にも迷惑がかかってしまう。


 このダメ人間を放置することはできない。同じグループのメンバーとして、このアレを更生させようとするも全くできない。


 それならば、せめてもの掃除をしないとダメ人間に磨きがかかってしまうのでエレキオーシャンのメンバーが定期的に掃除に訪れているのだ。


「なあ、真鈴。これ最後に掃除したのはいつだ?」


「うーんとね。“弟”が3日前に来た時に掃除してくれたから3日前」


 操は真鈴の言葉に反応してしまう。3日前に掃除したばかりという衝撃的な情報ではなく、弟の方である。


「あはは。マリリン。3日でここまで汚くするなんて才能があるよ」


「文字通りゴミみたいな才能だけどね」


「もう! フミカ、ひどいよー」


 絶妙に微笑ましくない会話をしながら、掃除を開始する4人。少ない足の踏み場を歩いていくと、なぜか床がベトベトしている。


「うわっ……なんか変なもの踏んだ」


「ちょっと。リゼ! 私の靴下を変なもの扱いしないでよ! これ気に入ってるんだから」


「気に入っているんだったらきちんと保管しろ」


 お気に入りのものでも乱雑に扱う。それはレアカードをスリーブに入れずに傷だらけにしてしまう男子小学生並の愚行。ちなみに、真鈴のお気に入りと称している靴下。すでに小さい穴が開いている。


「これ穴開いてるけどまだ履くつもりなの?」


「MIYA。靴を履けば隠れる位置にある穴は穴と呼ばないの。これ、人生の先輩からのアドバイスだから覚えておいて」


「じゃあ、もっと先輩の私が言う。このバカの言うことを一切参考にするな」


 年功序列によるマウントを年功序列で返すという流れ。しかし、ここで真鈴が余計な一言。


「でも、リゼは背が低いから私の勝ちってことで」


「よし。真鈴。右手と左手どっちがいい?」


 操が拳を握り、真鈴に問いかける。操の目はまるで笑ってなかった。


「殴るのは確定なの!?」


 背が低いせいで幼く見られがちな操に対して、特大の地雷を踏む真鈴。これが賀藤の血の運命さだめである。


 こんな会話もはさみながら4人で掃除をしていく。4人の力を合わせればあっという間……と言えるかどうかは微妙な時間。小一時間くらいかかった。


「ふう。スッキリしたな」


「いやー。みなの者、ご苦労であった」


 なぜか掃除を手伝ってもらってた真鈴が強気の態度である。本人のアレな性格な部分もあるが、真鈴には強く出られるだけの理由があった。


 時刻は夕暮れ。そろそろ小腹が空いてくるタイミングである。真鈴が冷蔵庫の中身を開ける。


「それじゃあ、お酒の準備もできているし、簡単なおつまみでも作ろうかなー」


「いよ! 待ってました」


 真鈴の発言にMIYAが乗り気になる。操もフミカも疲れていた顔から一転笑顔になる。


 真鈴の料理はプロ級に美味いのである。それこそ、その辺の居酒屋で提供される料理ではかなわないほどである。


「あ、そうだ。そういえば、面白いものを買ったんだった」


 真鈴は台所でがさごそと音を立てて何かを探している。そして、取り出したものは、細長くて肉の塊だった。


「じゃーん、生ハムの原木ー!」


「おお!」


 3人は真鈴が持ってきた生ハムの原木を見て興味を示す。


「生ハムの原木が自宅にある奴なんて初めて見た」


「すごいでしょ。もっと私を尊敬してもいいんだよ。リゼ」


「いや、その必要はない」


「えー」


 真鈴は専用の器具に原木をセットして、生ハムを切り分けていく。その手際はかなり良くて、鮮やかなものであった。


「それにしてもすごいね。マリリン。生ハムの原木って手入れが大変じゃない?」


 フミカの疑問に真鈴はアハハと笑った。


「うん。大変だけどね。ちゃんと手入れをしているからあんまりカビは生えてないよ」


 3人の表情がなんとも言えない歯に物が詰まったようなものになった。全員言いたいことは同じだ。


 生ハムの手入れをしている暇があったら、部屋の掃除をしろと。

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