『叔母と姪』

「操ちゃん。あーそぼ!」


 里瀬 匠の娘。里瀬 詩乃(5歳)が操(28歳)の家に遊びに来た。


「すまないな。操。詩乃をよろしく頼む」


「ああ。兄貴たちも忙しいからな。色々とな」


 含みを持たせる言い方をする操。なにせ、匠は妻とデートをするために、詩乃を預けているのである。詩乃はそのことを知らずにただ単に叔母を遊べるものだと思っている。


 もしかしたら、このデートで第二子が誕生するかもしれないし、しないかもしれない。


「操ちゃん。ジェンガであそぼー」


「ああ、わかった」


 操はジェンガを取り出して、それを綺麗に積み上げていく。操のきっちりとした性格が非常に出ている。


「私もやるー」


「はいはい」


 詩乃が操の手を制止してジェンガを積み上げる。操と違って不器用にジェンガのブロックを積んでいく。そして、数段積み上げた後に——


「どーん」


 その言葉と共に積みあがったジェンガを倒した。音を立てて崩れ去るジェンガを見て操は苦笑いをする。


「あはは。詩乃ちゃん。これはちゃんと積み上げてから1個ずつブロックを抜いていくゲームなんだ」


「えー? でも、こうして、どーんって倒した方が楽しくない? ほら、どーん」


 残っていたジェンガブロックを蹴飛ばして飛ばす詩乃。操はその様子を見て微笑ましく笑った。


「あはは。詩乃ちゃんは自由だな」


 大人が作ったゲームのルールに縛られない子供の自由な行動に操は詩乃の将来性を感じた。下手にルールとして矯正させるよりも、この自由な発想で楽しむという気持ちを大切にしたいと思った操はあえて詩乃に付き合うことにした。


「ほら、こうして積み上げてどーん」


「操ちゃん。何してるの? そうやって遊ぶもんじゃないよ?」


 詩乃が正論を言う。しかし、これこそが典型的な「おま言う」である。正しいことを言っているのには間違いない。「正しいことを言っているかが重要」ではなくて「誰が言っているかが重要」の好例である。


「ねーねー。操ちゃんは、あんばー君のことが好きなんだよね?」


「ああ。そうだな」


 操はそれを否定することなく受け入れた。


「へー。そうなんだー。らぶらぶ?」


 詩乃が目を細めて操をからかうようにして訊いてくる。


「子供がそういうことを聞くもんじゃない」


「えー? だって、詩乃だって幼稚園に好きな子がいるよ?」


「そうかー。いるのか。どんな子なんだ?」


 5歳児と恋バナを始める28歳。


「うーんとね。足が速くてかっこいいの」


「そっか。足が速いのか。私が小さい頃も足が速い男子がモテてたな」


 足が早ければモテるという幼稚園、小学生にありがちな謎の判断基準。走力があれば生存に有利だと原始時代からの遺伝子に刻まれた本能なのか。それは定かではない。


「あんばー君は足が速いの?」


「さあ。知らないな。本人は中学生時代からずっと帰宅部だったから体力がないとか言っていたけどな」


「あはは、じゃあ、あんばー君はモテないんだね」


「こらこら。本人の前でそういうことは言うんじゃないぞ」


 子供特有の無邪気さからくる無遠慮な発言をたしなめる操。詩乃は素直に「はーい」と返事をする。流石にこればかりは幼少の頃からきっちりと躾をしないといけないと感じてしまう。なぜならば、操は知り合いにそういう感じの奴がいるからである。


「ところで、詩乃ちゃんのパパはその好きな子のことを知っているのかな?」


「ううん。知らない。ママに言ったら、パパには黙っておこうねって言われたから」


 操は心の中で自分の兄に想いを馳せた。知らないところで娘が初恋を経験しているという事実。父親としては複雑な気持ちになることは間違いない。いつかは、詩乃にもちゃんとした彼氏ができて、結婚する未来があるのかもしれない。しかし、それでも幼稚園児ならまだ早いって感情が先に来てしまうのは父親ならば仕方がない。


 その後も操は詩乃と一緒に遊んだ。幼稚園児でも遊べる簡単なババ抜きやオセロ等をして盛り上がった。


 そして、匠とその妻が操の自宅へとやってきた。


「パパー、ママー」


 詩乃が真っ先に母親に抱き着いた。母親に抱きかかえられて満面の笑みを浮かべる詩乃。


「操。今日はありがとう。お陰でゆっくりできたよ」


「うん。まあ、私も詩乃ちゃんと遊べて楽しかったな。また詩乃ちゃんは大きくなったんじゃないのか?」


「そうなんだよな。ちょっと前までは、本当にハイハイすらできなかったのに、今では立って歩いて喋るんだもんな。子供の成長は嬉しいけどちょっと寂しいものもあるな」


 匠は憂いを秘めた目で語る。


「詩乃もいつかは好きな男子とかできるかな……」


「え?」


 操はドキっとした。正にさっきまでその話をしていたところだった。


「なんてな。流石にまだ早いか。な? 操」


「あ、そ、そうだよ。兄貴。10年くらい早いんじゃないのか?」


「ははは。10年って言ったら詩乃は中学、高校の時期だ。流石に彼氏が出来ているかもしれないだろ。彼氏……か。その頃には父親なんて雑に扱われるんだろうな」


 自らの発言に自爆をする匠。操はただ苦笑いをしかできなかった。がんばれ、世のお父さんたち。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る