歴史的和解

 セフィロトプロジェクト所属のマルクト・テラーと白石ケテル。この2人の因縁は前世にまで遡る。彼女たちがまだ、Vではなかった時代。織部 明日香と宇佐美 初だった高校時代。共通の想い人がいた。


 それは、同級生の賀藤 大亜。人当たりと成績が良いことから、密かに目をつけていた女子は多かった。と言っても、当の大亜本人にはその自覚がなく、高校卒業してもなお、高校時代はモテなかったと本人は思っている。


 その1人の男子生徒がきっかけに、明日香と初は対立してしまい絶縁することとなった。が、数奇な運命の元、同じ箱のVとして再会してしまった。


 それからと言うものの、ことあることに対立する2人。その間に挟まれるのは、同じ箱のVtuberビナー・スピア。彼女の魂は大亜の妹の真珠であると、こちらも中々の巡り合わせとなっている。


 ある日のこと、マルクトはマネージャーと一緒に打ち合わせをしていた。


「うーん……マルクトさん。協力プレイのゲームの企画が上がっているんですけど、コラボ相手は誰にしますか?」


「うーん。ケテル以外だったら誰でもいいかな。対戦ゲームだったら、ぼこぼこにできるから、ケテル相手でもいいんだけどねー」


 マルクトとケテルの対決はリスナー視点からすればキャットファイトとして人気があるのだ。リスナーからしてみれば、本当に仲が良いのか悪いのかわからない。ただ、そういうキャラ付けだと思っている層もいる。そうした自分好みに解釈できる幅があることも、この組み合わせが人気の理由の1つだ。


 他の箱が百合営業をする中で、キャットファイトの需要を満たせるすき間産業的な人気もあり、マルクトとケテルのチャンネル登録者数は着実に伸びていってる。


「そうですね……ちょっとスケジュールを確認してみます」


 マネージャーがタブレット端末を使って社内ネットワークにアクセスして、それぞれのVtuberの配信予定日を確認する。


「空いているのは……イェソドさんとゲブラーさんですね」


「うーん。協力プレイだったら、イェソド君の方が良いかな。ゲーム上手いし。ゲブラーちゃんは、対戦ゲームでわからせるためにいるからね」


 それぞれのキャラの立ち位置を把握して最適な解を選ぶマルクト。コラボ相手の持ち味も活かすような立ち回りも彼女が配信者として重宝される一端を担っている。


「わかりました。では、そのようにスケジュールを調整しますね。ところで、マルクトさん。どうしてそんなにケテルさんと仲が悪いんですか?」


 マネージャーが思い切って尋ねる。これまで、マネージャーは本人たちのプライベートの話にまでは介入して良いのかどうか悩んでいた。しかし、ケテルと仲が悪いことで色々と支障が出ているのも事実である。解決するに越したことはないと判断したので訊いてみることにしたのだ。


「それは……誰にも言わないで欲しいんだけど。まあ、なんというか……その……」


「ハッキリしませんね」


「大元の原因は私にあるっていうか、その……いや、私は謝ろうとしたんだよ! したけどさ……あの頑固な女が私の話を何1つ聞かないんだよ」


「はあ……1から順序だてて説明してもらえますか?」


 急に語彙力がよわよわのざーこざーこになったマルクトに呆れるマネージャー。締めるべきところはきっちり締める彼女らしくない。


「まあ、その……高校時代ね、私とケテルは同じ人を好きになったんだよ。んで……まあ、私がね……その、あれだ。ほら、勘違いしちゃったわけね。思春期ではよくあるでしょ? 付き合ってると思い込むってやつ」


「ないです」


「あれ!」


 キッパリと言うマネージャーになぜか逆ギレするマルクト。


「それでね……私と彼は付き合っていると思って……んで、ケテルが彼に告白しようって言いだしてさ。まあ、その……誰が誰に想いをぶつけようと自由なんだけどさ。彼は私と付き合ってるわけじゃない?」


「付き合ってないんですよね?」


「付き合ってると思い込んでたの! それで、ケテルが告白したって、フられるのはわかりきってるじゃん?」


「いえ、それはわかりません。二股される可能性だってあります。男の人はそういうことを平気でしますから。私も大学時代に……」


「待った! その話は長くなりそうだから、一旦私の話を聞いて? 無理矢理割り込まないで? 後で聞くから」


 マネージャーの恐ろしく長い愚痴が始まると予想したマルクトは話の腰をへし折られないように阻止した。


「だから……その、フられて傷つかないように私が既に付き合ってるって言ったの。それでケテルは諦めてくれたんだけど……その数年後、同窓会で私と彼が付き合ってないことがケテルの耳に入って……」


「あー。なるほど。そういうことですか。私がケテルさんの立場だったら、マルクトさんの髪の毛を引っ張りまわして、市中引き回しの刑にしますね」


「マネちゃん怖いね! 恋愛絡むと狂暴な面出ちゃってるね!」


 マネージャーの口から恐ろしい単語が出てきたところでマルクトは話を続ける。


「まあ、それでケテルと揉めてさ。私はとにかくケテルに謝ろうとしたけど、アイツ、人の話を聞かなくて。いや、勘違いしていた私が悪いっていうのはわかる。でも、私を許すか許さないかは、せめて私の言い分を聞いてからにして欲しかったのに、話すら聞いてくれなかった」


「なるほど。まあ、ケテルさんは優しい方だと思いますよ。私だったら話を聞かないどころか、話ができない体にしていたと思います。実際、大学時代の元カレも」


「待った。その話は色々と危ないから!」


 クローズドな環境とはいえ、配信者の職業病がら、センシティブワードが飛び出そうだったので阻止するマルクト。


「まあ、それで私もついカッとなって、せめて人の話は聞け! って怒ったら、喧嘩になって……」


「なるほど。それで今に至るわけですね」


 マネージャーは頷いている。そして、さも当然かのように口を開く。


「それじゃあ、謝ればいいじゃないですか」


「いや、謝ろうと思っても、顔を見合わせると喧嘩になっちゃうし」


「あー……じゃあ、手紙でいいんじゃないですか? 謝罪の気持ちをこめた手紙を書いて下さい。私がケテルさんに渡しますから」


「手紙……? そんな前時代的な……せめてメールで」


「ダメです。手紙の方が気持ちが伝わりますから!」


 マルクトは「うへえ」と言いながらも、マネージャーが用意した便せんに、自分が勘違いしたせいでケテルに迷惑をかけたことを謝罪する文を書いた。


「それじゃあ、私が責任持ってケテルさんに渡します」


「あい。よろしくお願いしやす」



 それから数日後、再びマネージャーと打ち合わせをしているマルクト。一通り、配信の企画内容が固まったところでマネージャーが話を切り出す。


「ケテルさんからの手紙の返事が来てますよ。これがその手紙です」


 マネージャーは封筒をマルクトに見せた。マルクトはそれを見て、表情を歪ませる。


「え? マジ? うわ、怖っ。え? なんて書いてあった?」


「さあ。私も内容を確認してないので、自分で確かめてください」


「うへえ」


 マルクトは封筒を開けて中から水色の便せんを取り出した。そこに書かれていたのは――


『とりあえず、一言だけ言わせて』


 その一文の下に、大きな文字で『バーカ』と書いてあった。小学生でもやるかやらないか微妙なラインなことを成人女性がやっている。


「あいつ……!」


 そして、そのバーカの下の方に小さく『まあ、アンタの事情は納得できた。一応謝罪は受け取ってあげる』とだけ書かれていた。


「なんて書いてありましたか?」


「でっかく、バーカって書いてあったよ。小学生かってんだ」


 そう言うマルクトはマネージャーに気づかれないように小さく微笑んだ。

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