大健闘

 ついにマサカVtuber大会の決勝戦となった。どこぞの爆弾魔が強豪たちをまとめて吹き飛ばしたりと番狂わせが多い大会に、マサカ界隈では無名だったカミィがまさかの決勝に残るという事態に。


「あー緊張してきた。この走りで全部決まるんだよね?」


『ここで優勝できたら熱い』

『ここまで残ったのは全員実力者だけど果たして……』

『マジのやべえ実力者たちはショコラパイセンが吹き飛ばしてくれたからワンチャンある?』


「そだね。ショコラパイセンの意思を引き継いでがんばろう」


『爆弾魔の意思を継がなくていいから』

『おかしいサキュバスを亡くした』

『ち~ん』


 ステージが決定して、ついに決勝戦が始まる。3、2、1……スタート! スタートダッシュを決めるカミィ。しかし、ここまで残った強豪たちは誰1人としてスタートダッシュを失敗しない。それどころかコースの位置取りも一切無駄がなく、純粋なテクニックでいえばカミィが最も低い。ただ、このゲームは地力では負けていても、運次第ではいくらでも巻き返しが効くゲームだ。大事なことは最後まで諦めないこと。そう、周回遅れでも爆発という仕事を遂行したあのサキュバスメイドのように。


 現在のカミィの順位は9位。ギリギリ1桁だけれども、決して良い順位とは言えない。カミィの目の前にいるのはゴリラ。カミィはそのゴリラの真後ろにぴったりとくっつく。


「よし……ぴったりくっついた」


 しばらくゴリラの後ろを走っていると、カミィのキャラが加速する。スリップストリームを利用して、一気にゴリラを抜き去り8位になった。


「やった! 成功した。ねーねー。あーしの今のテク見た? 凄いっしょ?」


『やるじゃん』


 上位陣から見れば下位の争いに興味などないだろうが、こうした抜きつ抜かれつの積み重ねによって、下位のキャラも上位に躍り出ることも可能なのだ。現にカミィは加速のお陰によって、目前に7位が迫っている。


「よし。この7位の人のおケツにもぴっちりと付いて加速すんよ」


 7位の緑色の恐竜の後ろに付こうとする。しかし、その時カミィに電流が走る……! 物理的に。誰かが使用したサンダー。発動者以外に雷を落として、クラッシュと減速を与える中々に強力なアイテムだ。


「ぐぬぬ。こうなってしまっては、加速はできないねえ」


 気を取り直して走るカミィ。しかし、後ろやってきた無敵状態のキャラに追い抜かれて再び9位に転落。無敵状態になれるスターを取るとサンダーを無効化することができる。サンダーの被害を全く受けない上に、スターには加速効果もあり、こちらも強力なアイテムだ。


「ちょ、スターとサンダーのコンボなんて反則!」


『自分のスター中にサンダー撃たれると気持ちいいけど、他人のスター中は嫌だね』


 運次第では勝てる勝負というものは存在する。しかし、その運が自分に向くとは限らない。強者に追い風を与えてより強者に。その追い風は弱者にとっては向かい風となり、より実力差はハッキリとわからせるのだ。真の強者はここ1番の運すら持っている。それが如実に表れたワンシーンだ。


「大丈夫。まだ諦めないよ。良いアイテム来い!」


 カミィは祈りを捧げてアイテムを取った。アイテムのルーレットが回る緊張の瞬間。カミィが手に入れたアイテムはバナナ。甲羅攻撃を防いだりと、防御に使えるから悪くはないけれど、雑に使っても強いアイテムでもない。上位の時に拾えると盤石で嬉しいけれど、下位の時に取っても逆転の一手にならない立ち位置のアイテムだ。


 このゲームは確かに、1位のキャラと離されていれば強力なレアアイテムが出る確率は上がる。しかし、それはあくまでも確率。結局、下位でもしょうもないアイテムを掴まされることは十分ありえる。運すらも味方しないカミィはそのまま下位を走り続けた。


 気づけば3周目に突入、カミィの順位は現在11位。最下位ではないものの、ここからの逆転はほぼ絶望的。1位2位は既にコース中盤にて競っている状態。彼らにクラッシュの連続という不幸が重ならない限りは、とても追い抜ける状況じゃない。


『これは優勝は絶望的かな』


 そんなリスナーのコメントがカミィの視界に入る。現実を突きつけられたカミィはそれでも笑顔を絶やさなかった。


「大丈夫。あーしは今楽しい。それで十分」


 その一言でカミィはモチベーションを取り戻した。兄からの教え。ゲーム中は楽しむことが最も重要だ。負けた悔しさは確かに成長の糧になる。しかし、勝った負けたの結果で一喜一憂するのは結果が出てからで良い。重要なのは最後まで自分らしいプレイでやり抜くこと。楽しくプレイするのがゲームを長く続けるコツ。長く経験を重ねれば重ねるほどにゲームが上手くなる。それが、勇海の考えにして教えでもある。


「正直言えば、この順位で悔しくないと言えば嘘になる。けど、それよりもこんな凄い人たちと対戦できて楽しい気持ちの方が大きい。みんな、最後まで応援よろしく」


『がんばえー』

『勝ち負けは確かに重要だけど、ゲームはそれだけじゃないからね』


 カミィの前向きな姿勢にリスナーたちも明るさを取り戻した。配信者が暗くなれば、リスナーも暗くなる。リスナーは配信者を映す鏡なのだ。このリスナーの空気感、暖かさが彼女がこれまでに誠実に健全にVtuber活動を頑張ってきたことの証。


 もうゴール前、そこにいるのは1周目でやりあったゴリラ。


「ゴリラ。また再戦と行こうか!」


 カミィの方がマシンの速度が出ている。残りの距離的に追い抜けるかどうかギリギリのラインだ。カミィは最後まで走り抜いた結果——


 10位。ギリギリのところでゴリラを抜いてこの順位に落ち着いた。


「あー……終わったー……やっぱり決勝戦はレベチだったわー」


 順位は下から数えた方が速いレベルだったけれど、カミィは爽やかに笑った。彼女の心にあったのは、自分をここまで鍛えてくれた兄だった。優勝は逃したものの、強豪がひしめくこの大会で決勝戦までに駒を進めることができたのは兄のお陰だ。ほとんど素人に近い実力だったカミィがここまで来れたのは本当に大健闘と言える。


『まさかカミィがここまでやれるとは思わなかった』

『今度マサカ配信やってくれたら見るよ』

『確かにこの腕前なら安心して見られる』

『対戦相手がおかしいだけで、レート戦だったら普通に1位2位取れる実力者でしょ』


「あはは、みんなありがとう。配信の方は考えとくね」


 こうしてカミィの挑戦は終わった。カミィは大会を盛り上げた一員として、注目されてチャンネル登録者数を更に伸ばした。ゲーマーとしての高い腕を持っているという新たな一面を見せて、より魅力的なVtuberとしてこれからも活動していくカミィなのであった。



「莉愛。お疲れ様」


 大会と配信を終えた莉愛の元に勇海がやってきた。勇海の手には、莉愛の好きなリンゴの缶ジュースが握られていた。


「お兄さん! ありがとうございます」


 勇海の気遣いのリンゴジュースを受け取り、莉愛は缶ジュースを開ける。


「よくがんばったね。決勝まで行ったのは本当に凄いよ」


「ううん。本当に凄いのはお兄さんですよ。素人同然だった私をあそこまで鍛え上げるなんて流石です。教えるのが上手すぎますよ」


「あはは。昔から初心者向けの解説動画とか出してたからね。その影響もあるかも。全然伸びなかったけど」


 自虐を交えつつも莉愛の誉め言葉を素直に受け取る勇海。2人の間は笑い、和やかな空気が流れる。勇海も投稿者として売れてきているだけに、売れなかった時代を笑い話にできている。もし、まだ動画が伸び悩んでいたままだったら、触れてはいけない空気になっていたことだ。


「まあ、でも私が今回決勝までいけたのは、くじ運が良かったのかもしれません。ショコラさんと同じブロックになっていたらと思うと……」


「あー……確かに。あそこは強豪が多かったし、何するかわからないショコラさんもいたからね」


 大して強くないのになぜか恐れられているショコラ。彼? 彼女? の爆発記録はこれからも打ちあがるのだった。

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