第6位 魚住 龍之介

不幸のピタゴラスイッチ

「はあ……」


 もう何社目かわからないお祈り通知を見てため息をつく魚住 龍之介21歳。就職活動のために、自身のスキルを活かすために3DCGに関連する企業に応募を続けるもその結果は振るわない。


 何がダメなのか。それは就活している身では中々にわからない。お祈りに不採用理由などは書かれないから仕方ないと言えば仕方ない。龍之介は自分のポートフォリオがダメで不採用になっているんじゃないかと不安になってきているのだ。もしかして、自分には才能がないのではないか。同じ学部で自分より成績が不出来の同級生が次々に就活に成功しているのを見ると複雑な気持ちになってくる。


 実のところは、不採用理由はほぼほぼどの会社も同じようなものである。面接での対応が悪いことが原因である。話している内容も要領を得ないし、声も上ずっている。質問されれば目が泳いで、発言内容が嘘ではないのではないのかと面接官に疑念を与えてしまう。それを指摘する人がいないから、気を付けて直しようがないし、直そうと思ったところで一朝一夕で直るものでもない。


 ネガティブ、プレッシャーに弱い、チキンハート。それらの要因が絡み合って対人関係のスキルが磨かれない。


 そんな折に奇跡的に内定を貰えた会社があった。CG制作をメインにしている会社で主に外注や下請け業務がメインだ。


「龍ちゃんおめでとー!」


 龍之介の姉である加恋が彼のために祝賀会を開いてくれた。この姉弟は地元を離れてそれぞれ一人暮らしをしている。両親は遠い地方にいるので、祝賀会には来れなかったものの、お祝いの電話やメールを貰って龍之介は報われた気がした。


「ありがとう加恋お姉ちゃん」


「やっと龍ちゃんの実力がわかる会社が見つかって良かったね。今までの会社は目が節穴すぎた」


 愛しの弟を不採用にし続けた会社に悪態をつく加恋。そんな加恋の様子を見て、龍之介は「あはは」と渇いた笑いをするのであった。



 就職してから数年が経った。新人だった龍之介も今では後輩をサポートする立場になり、元々の実力が高かったのもあってか会社の若きエースとして活躍していた。


 ある日、いつも通り作業していると社長が龍之介のデスクにやってきた。社長の姿を見た龍之介はすぐ様席から立ち上がり、社長に向かって30度程のお辞儀をした。


「社長。お疲れ様です」


「おお、そんなに改まらなくても良いよ。キミの活躍は凄まじいものがある。キミを採用して本当に正解だったよ」


 社長はやり手の50代。社長としては最も脂がのっている時期であり、経験もあり歳も取りすぎていない良い塩梅である。最近の悩みは健康診断でメタボに引っかかったことと、頭皮の薄まり方に歯止めがかからないこと。中年男性あるあるの悩みである。


「お褒めの言葉ありがとうございます!」


「キミは我が社の貴重な戦力なんだ。これからの活躍にも期待しているよ」


 社長は龍之介の肩をポンポンと叩いてその場を去っていった。それが……龍之介が最後に見た社長の姿だった。


 翌日、普通に出社した龍之介は会社の入口で立ち尽くしていた同僚を発見した。


「おはようございます」


「ああ、ズミさんですか。おはようございます」


「どうしたんですか?」


「これ見てください」


 同僚が指さした先には今までオフィスとして使っていた建物に貼られていた張り紙。その内容は、建物の管理会社の名前とテナント募集中の文字だった。


「え? あ、あれ?」


 突然のことで混乱する龍之介。自分が通勤経路を間違えて別の建物に来てしまったのか、それともタチの悪い夢なのか、ありえない仮定として平行世界に迷い込んでしまったんじゃないかと、とにかく現実的な思考をするまでに時間がかかった。


「そ、そうだ。社長に連絡してみましょう」


 龍之介はポケットからスマホを取り出そうとする。しかし、あまりにも衝撃的なことがあって手が震えてスマホが上手くつかめない。


「無駄です。既に俺が連絡したんですけど、社長の番号は解約された後でした」


「え? ってことは、社長は逃げたってことですか?」


「そうなりますよねえ」


 前日まで、普通に接していた社長が従業員に何も知らせずに高跳びした。その衝撃的すぎる事象にまたしても龍之介は非現実的な思考に囚われてしまうのであった。



 会社が消滅したことで失職してしまった龍之介。失意のどん底にいる彼だったが、人生は悪いことばかりではない。ある一本の電話が彼の運命を変えることとなった。


「私は株式会社Vストリームの代表取締役の里瀬と申します。こちらの番号は魚住 龍之介様のお電話番号で間違いありませんか?」


「ええ。私が魚住です」


「先日は、お勤めになっていた会社が倒産されそうで……心中をお察しします」


「いえ。ありがとうございます……そんな不幸のどん底にいる私に何か用ですか?」


「ええ。実は弊社ではVtuber事業を手掛けていまして、そのデザインとモデリングができる人材を探しているのです。いきなりで不躾ですが、魚住様の力を貸して欲しいのです」


「え? あ、いや。その……かける番号間違っていませんか?」


「ん?」


「いや、だって……僕はあの会社に拾われなかったらどこにも就職できなかった凡才ですし、そんな大それた仕事務まるかわからないんです」


 実力は高いけれど、ネガティブ思考に囚われて冷遇されているクリエイターがいる。その噂を聞いていた匠は、その噂通りの言動にある種の愉悦を感じていた。自分が拾いたかったのはこういう人材だ。実力はあるのに、実力の外のことで夢を諦めざるを得ない人。そんな人を救いたくて会社を立ち上げた。正に今電話をしている青年はそれである。


「できるかわからないのであれば、とりあえずやってみましょう。こちらもある程度の心得はありますので、サポートはできます」


「え、そうですね。わかりました……ぜひお願いします」


 押しに弱い龍之介はそこまで強い押しではないのに負けてしまった。


「では、詳細な内容と契約の締結に関しては後日ということでお願い致します」


 安定した就職ではなかったものの、とりあえずは報酬が発生する仕事を引き受けることができて食いつなぐことができたと安堵する龍之介。翌日、自動車に轢かれて両手が骨折する怪我を負ったことで全てが台無しになってしまった。


 病室にて、動かない両手を見て涙が出てきそうになる龍之介。絶望している時に加恋がお見舞いに来てくれた。


「龍ちゃん。大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ……折角仕事が決まりかけていたのに」


「そうだよね……ごめん」


 弟の痛々しい姿を見て、加恋は俯いてしまった。


「龍ちゃんはとりあえず怪我を治すことに専念して。事故を起こした相手方とその保険会社との交渉は私の方でやっておくから。大丈夫! 龍ちゃんを轢いたことを死ぬまで後悔させてやるくらい搾り取ってあげるから!」


「無職を轢いたってそんなにお金取れないでしょ……」


「そんな悲観的なこと……!」


 人身事故であれば、働けない間の保障はされるものの、職を失ったばかりの龍之介にはその保障は当然ない。


「で、でも。仕事が決まりかかってそれが流れたんなら……その報酬の請求をなんとか」


「無理だよ。まだ契約の締結にも至ってないんだから」


 最悪のタイミングでの事故。人生は不幸ばかりではないが、不幸は重なってしまうものである。その世知辛さを両手の痛みで感じながら龍之介はますますネガティブな思考になってしまった。



「はあ……両手骨折か。復帰を待ってあげたいけど、リハビリ含めたらいつ復帰になるからわからないから、代役を立てるしかないか」


 匠としては、本当に心苦しいことではあるがデビュー予定のVに穴をあけるわけにはいかない。龍之介と最後まで争っていた候補に電話をかけようとする。


 電話帳に表示される『賀藤 琥珀』という名前。電話をかける直前で匠はもう1度、龍之介に心の中で謝罪をした。


「この埋め合わせは復帰したら必ずする。最後のVtuber候補がこちらの交渉を受けてくれればの話になっちゃうけれど」


 匠が交渉中の最後のVtuberダアト。後に復帰した龍之介はそれのママになる。

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