第6位 時光 翔也

一族のまともな子

 4月。学生が1学年進級して、環境がガラリと変わる季節。小学校を卒業して、中学生となった賀藤 真珠とその同級生にして、彼女に密かに恋心を抱いている宮守みやもり かい。真珠の通うことになる中学は、真珠の通っていた小学校の他にも、別の小学校から進級してくる生徒がいる。その生徒の中に、2人の運命に大きく関わることになる時光 翔也がいた。


 入学式を終えてクラス発表の瞬間、宮守は心臓をバクバクと鳴らして神に祈っていた。どうか、「大好きな真珠ちゃんと一緒のクラスになれますように」と前日からの願いが叶うかどうか運命の一瞬だった。


 結果は……残念ながら彼の意に沿う結果にならなかった。その代わり、真珠と翔也が同じクラスになってしまった。この時の宮守は真珠と別のクラスになったというショックから、翔也の存在を特に意識してなかった。後にあらゆる意味で意識してしまう相手になるとも知らずに。


 真珠と翔也のクラスにおいて、出席番号順に並べられた座席で賀藤 真珠と時光 翔也は隣の席になった。「が」から始まる真珠と「と」から始まる翔也の間にそこまで該当する名前がなかったために発生してしまった事象だ。


「やあ、初めまして」


 翔也は隣に座っていた真珠にニコっと笑いかけた。元から小学生時代にその容姿から女子に絡まれることが多かった翔也。相手が女子だからと言って変に気を遣うような性格をしていない。


 真珠も翔也のその邪念を感じられない。純粋に自分と仲良くしたいんだろうなという雰囲気を感じ取って「初めまして」と返した。


「僕は時光 翔也。まあ、後で全員が自己紹介することになるとは思うけど……隣の席だから一応先に挨拶しておくね」


「私は賀藤 真珠。よろしく」


真珠まじゅ……真珠しんじゅって書いてそう読むんだ。良い名前だね」


「お父さんが宝石とか好きだったから、この名前になったんだ。そのお父さんは宝石好きが行き過ぎて鉱物学者になったんだけどね」


「お父さんが学者なんだ。凄いね」


「そうかな……私は小さい頃から慣れ親しんでいるからそうは思わないかな。それに、今は海外出張に出かけて家にいないし……もっと家にいてくれる職業の方が良かったよ」


 真珠がある程度大きくなって、手がかからなくなってから、父親の彩斗は海外でフィールドワークをするようになった。元から研究室での研究よりも外に出ての調査をやりたかったが、子供たちの育児や面倒を見なければならない都合で中々そっちの道に進むことができなかった。末っ子の真珠が成長したことで念願だった道を歩むことができたのだ。


「そうなんだ。賀藤さんはお父さん思いなんだね」


「え? そうかな? 普通だと思うけど」


「なんか女子ってこの歳になると父親を嫌うイメージがあったから、家にいて欲しいなんてお父さん思いかなって」


「ああ、そういうこと。確かに私の友達にも自分のお父さんを嫌ってる子もいるけど、私のお父さんは嫌いになれないよ」


 翔也は真珠のこの発言で、真珠の芯の強さを感じ取った。1人父親のことを嫌う女子がいたら、同調圧力でそうでなかった女子も父親を嫌うようなことを言い出すこともある。そして、その発言がやがて言霊のように真実となり、本当に父親のことが嫌いになる負の連鎖に陥りやすい。


 真珠は女子社会の同調圧力に屈することなく、自分の父親への想いを貫いている。その芯の強さに翔也は少し惹かれたのであった。



 新しい学校生活にも徐々に順応していく新一年生。5月までに部活動を決めると言うお決まりの流れで、各々の生徒はどの部活に入るか部活見学などをして検討している。


「賀藤さんは何部に入るか決まった?」


 最早、翔也が真珠に話しかけるのは日課と化していた。翔也も真珠と話すうちに段々と真珠のことが好きになっていっているし、真珠も翔也に対して好意的な感情を抱いている。それが友情なのか愛情なのか、真珠にはまだ判断がつかないことだけど、男子の中で最も好印象なのは間違いない。


「私は陸上部にしようかなって思ってるんだ。色んな部活から誘われてはいるんだけど、やっぱり走るのが1番好きだし」


「色んな部活に誘われてるって賀藤さんはスポーツが得意なの?」


 体育の授業は男子と女子に別れているから、異性の身体能力を知る機会というのは中々ない。特に中学で初めて知り合って間もない間柄なら猶更だ。


「あんまり自分で言うことじゃないけど……まあ、得意というよりかは体を動かすのは好き程度にしておくよ」


 スポーツが得意でみんなからも誘われるほどに慕われている真珠に翔也はますます興味を持った。翔也もこの感情が恋であることをようやく認識し始めたころだ。陸上部は男女で別れていないから真珠と一緒の部活に入るチャンスである。本来なら真珠と一緒の部活に入りたいところではあるが、翔也には入れない事情があった。


「僕も部活動に入ってみたかったけれど、それは難しいかな」


「え? なんで? 家庭の事情とか?」


「僕は小さい頃からスケボーを習っていてね。中学になってもそれは続けていくつもりなんだ。この学校の運動部にはスケボー部がないから、今習っているところを続けるしかないかな」


「へー。時光君スケボーやってたんだ。オリンピックでも種目として採用されたし、先見の明があったってやつかな?」


「いやいや。僕はプロになれるほどは上手くないよ。本当に嗜む程度だから」


「ねえ、時光君。今度私にスケボー教えてよ」


「お、賀藤さんもスケボーに興味を持ったのかな? 僕で良ければ教えるよ」


「うん。約束だよ!」


 こうして、翔也は真珠にスケボーを教える約束をした。その当日——


「それじゃあ、真珠ちゃん。今から僕がお手本を見せるからよく見てて」


「うん」


 翔也は愛用しているボードに乗り、慣れた感じで移動を始める。体の重心を巧みに操り、綺麗な円を描くように移動する。


「わあ、凄い」


「まあ、最初は曲がるのは難しいと思うから直線でもいいから移動することを意識してみようか」


 翔也が真珠にボードを貸した。真珠はそのボードに乗り、体重をコントロールしてボードを動かそうとする。


「うーん。こうかな?」


 真珠がぐらぐらとしながらも、ぎこちない移動をしていく。


「お、いいね。その調子。最初は綺麗に移動しなくてもいいから、体を慣らしていこう」


 翔也の指導を受けて真珠はどんどんとスケボーのコツを掴んでいった。運動神経が良くて、なんでもすぐに吸収してしまう真珠はいつのまにか……


「見て、時光君。私も円を描けるようになったよ」


「ええ……」


 真珠の上達っぷりに流石の翔也も困惑を隠せない。けれど、この女子とは思えない身体能力に翔也の心が揺れているのは事実だ。翔也は実のところを言えば、可愛いものが好きだし、自分自身も可愛く着飾りたいとすら思っている。だからこそ、真珠のように下手な男子よりも恰好良い女子に憧れを抱かざるを得ないのだ。


 でも、その真珠のイケメン部分のせいで翔也の心に陰りができたのだ。


「賀藤さんが上手に移動できるようになるまで指導するつもりだったのに、もう指導が終わっちゃった」


「ふふん。凄いでしょ」


 翔也の気も知らずにVサインを見せる真珠。


「僕の指導がいらないってことは……もう、この2人だけの時間も終わりってことか」


「え?」


 真珠の胸がキュンときた。真珠は賀藤家と一般的な感性の2つの性質を併せ持つ。一般的な感性で翔也の想いに気づいてしまった。


「別に……スケボーの指導以外でも2人きりになれる方法はあるんじゃないかな?」


「え? それって……」


 翔也は真珠の予想外の反応に戸惑っている。しかし、真珠のみなまで言わせるなというオーラから決意を固める。


「じゃあ、次はスケボーの指導じゃなくて……デ、デートにでも行かない?」


「うん。行きたい」


 その後、2人はデートを通じて関係を深めていき、付き合うことになったのだ。周囲の親しい友人にも付き合ったことを伝えたが、文芸部に入って1人でもくもくと小説を書いていた宮守にはその事実が伝わることはなかった。

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