第2回人気投票特典
第3位 椿 勇海
変わる生活と変わらない関係性
本編よりも10年前の時代。放課後、近所の公園にて集合した小学生男子の集団。彼らは外に出て運動をするのかと思えばそういうわけではない。当時流行っていたゲーム機【ニトロ3】を持ち寄ってゲームをしていた。
「雷に当たると一撃で死ぬから気合いで避けて」
「お、おい。避けるって言ったってどうするんだよ」
「プレイヤーが立っている地点を狙うからとにかく走り回れば良い」
ハンティングゲームの裏ボス的な感じの理不尽難易度に挑戦している小学生たち。元が難易度が高いゲームのため、裏ボスまで辿り着ける小学生はそんなに多くない。学年の中でもゲームがトップクラスに上手い4人が集まって遊んでいるのだけれど、ゲームが上手いと言っても小学生はまだまだ経験値が浅い。ゲームが上手い大人ですら苦戦するようなボスに簡単に勝てるわけもなく。
「ちょ、おま。こっちくんな!」
不幸にも走り回っていたプレイヤーが衝突してしまい、敵の雷攻撃が2人のプレイヤーを同時に貫く。体力が満タン状態のプレイヤーだけれど、無慈悲に一撃で削り切る。制作者の簡悔精神が具現化されたその攻撃は小学生に悔しさを植え付けるのであった。
「あー。くそ、クエスト失敗かよ。お前のせいだぞ。お前が俺の方に来なければ!」
「なに言ってるんだ! お前がくだらない攻撃で1乙していたから、3乙になったんだろ。こっちは1乙しかしてねえよ」
共同で狩りにいく場合でもプレイヤー全体のライフは3まで。3回目の力尽きたプレイヤーが出た時点でそのクエストは失敗。今回は少年Aが2回倒れて、Bが1回倒れたので失敗である。
「まあまあ、もう1回挑戦しよう。今度は勝てるかもしれないからさ」
「大丈夫。僕がいれば勝てるよ」
先程、この少年たちはゲームがトップクラスに上手い少年4人と紹介されたが、それは順位をつけたから数字上ではそうなっているだけであって、実質的にはツートップである。ツートップと少年ABの間には簡単には埋まらない差が確かにある。
そのツートップの少年の名は、椿 勇海。その片割れは、
「ああ、そうだな。まだ時間はあるしな!」
実のところ、門限を考えたら後1回くらいしか挑戦できない。けれど、小学生の放課後の時間はゆっくりと流れる。大人にしてみれば、まとまった時間として扱わないすき間時間も、彼らにとっては大きな時間なのだ。
◇
それから、約2年の時が立ち、勇海が12歳になって迎える4月。彼は中学生になった。
入学式の当日、学生服に身を包んだ勇海は家族にその姿を見せていた。
「わあ、お兄さん素敵です」
真っ先に反応したのは妹の莉愛。そして、当時はまだ子供たちとの間に溝がなかった父親が頷いている。
「まあまあ似合ってるじゃないか。勇海も中学生か。時が流れるのは早いな」
勇海本人からしたら、12年の歳月はとても長いものであって父親の発言にはあまり共感を得られなかった。教育や仕事に追われた親の視点から見ればそれこそ一瞬に近い出来事だったのだ。勇海も結婚して人の親になれば、父親の言葉の重さを知ることになるであろう。
「でも、今日からお兄さんは中学校に通うんですよね。もう私と一緒に登校してくれないんですね」
双子や同学年の年子などの特殊なケースでもない限りは、兄弟姉妹は必ずどちらかが先に中学へと上がる。それまで一緒の学校に通っていたのに、兄に一足先に進まれてしまったことに莉愛は寂しさを覚えるのであった。
「莉愛も来年からは中学生じゃないか。すぐに追いつくさ」
「むー。でも、私が中学3年生になるころには、またお兄さんが高校生になるじゃないですか」
勇海の慰めの言葉に更に拗ねてしまう莉愛。仲の良い兄妹の様子に両親は目を細めた。
◇
6月。梅雨でじめじめとしてくる時期。1学期の折り返し地点を過ぎて、中学生活にも慣れてきて、新1年生は本当の意味で中学生らしさというものを手にする時期。勇海は小学生の頃の友人と久しぶりに遊びたいと誘いをかけようとした。
「ねえ、今日の放課後一緒に遊ばない?」
「わりい、勇海。今日はバスケ部の連中で映画を観に行く約束してんだ」
「それは残念」
「また誘ってくれよな」
小学生の時に仲良かった友人に遊びに誘うも、彼は既に部活動という別のコミュニティに所属したことで新たなる遊び仲間を得ている。別に勇海のことを嫌いになったとかどうでも良くなったとかではない。より親密な相手ができただけのことだ。勇海だって、美術部に入って新しい交友関係ができたし、彼を責めるつもりはない。
勇海はまた同様に別の友人を誘ってみるも……
「悪い。ちょっと狙っている女子がいてな。その子とデートなんだ」
中学に上がることで異性への興味関心は強まる。事実、小学生の頃は女子に興味ないムーブをかましていた男子も、そうした恋愛話やちょっと大人な下ネタに花を咲かせることもあった。しかし、そうした性の目覚めには個人差があり、勇海にはまだ早いこともあり、そうした波にはイマイチ乗り切れてない部分もあった。
そして別の友人たちは……
「遊び? ああ、いいよ。今日ヒマだしな。何して遊ぶ? え? ゲーム。うーん、ゲームか。最近やってないんだよな。そんなことより勇海も楽器とかやってみないか? ギターやったら女子にモテると思って最近始めたんだ」
「ごめん。今日は塾で遊べないんだ。まあ、正確に言うと今日“も”だけどね。中学に入ったら、塾に通うって母さんと約束しちゃったから」
小学生の時は好きだったゲームに飽きる者や勉強で遊ぶ暇がない者。そうした個々人のライフスタイルの変化により、付き合う友達も必然的に変化してしまうのだ。
今日は諦めて1人で遊ぼうかと思ったその時、たまたま廊下で隣のクラスの凛太朗とすれ違った。すれ違いざまに挨拶をする2人。環境の変化でここの関係性も疎遠になりかけていたのだ。
「あ、そうだ。勇海君。良かったら今日遊ばない?」
「え、ああ。いいよ……そういえば、倫太朗は何部に入ってるんだっけ?」
お互いが所属している部活動すら把握してなかったことに今更気づいた勇海。
「あー。僕は部活に入ってないよ。先生にe-スポーツ部を立ち上げたいですって言ったら『お前はバカか。学校でゲームが許されるわけないだろ』って軽く説教されたよ。ははは。他に入りたい部活もなかったし、無所属」
e-スポーツの市民権が今よりもずっと低かった時代。先生世代が間違いなく受け入れないであろう概念を中学の部活動に提案する倫太郎の恐れ知らずの行動に勇海は感心してしまった。
「なんていうか……倫太朗。キミは変わらないな」
「ん? どういうこと?」
「まあ、周りのみんなは、他に趣味を持ったり、女子に興味があったり、勉強に集中したりでゲームに対する関心が小学生の時より薄れていると思うんだよね」
「あー。確かにそれは僕も感じてる。そこはかとなく皆の付き合いが悪くなった。まー、でも僕は、ゲームが1番の趣味だし、3次元の女には興味ないし、勉強も程々でいいやーって思ってるから、なんか周りと価値観がズレてきてるんだよね」
「倫太朗は周りに合わせようとは思わないのか?」
「まあ、自分がやりたいことができないのは辛いからね。それで周りと合わなくなってもそれはそれでいいかなって。それに、別に友達が多くなくてもいいやって思うし。100人の希薄な友人よりも、たった1人の信頼できる友人の方が価値がある。僕はもうその友人を手にしている。これ以上は望まない」
「そっか。キミは凄いな。そう思える人って中々いないと思う」
それまで薄れていく一方だった関係性も偶然廊下ですれ違っただけで、また元のような関係性に修復されていった。そして、信頼できる友人は中学を卒業して、お互い別の道に進んだ今となっても変わらない関係でいるのだ。
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