偽者の休日
琥珀と操の休日がぴったり重なったことが判明したある日。2人の電話口での会話。
「師匠。今度の日曜日に一緒にデートしませんか?」
「今度の日曜日か。うん、大丈夫だ。どこに行こうか?」
琥珀は勢いで誘ってみたものの、特にデートプランとか思い浮かばなかった。それも仕方がない。恋愛経験もそうした知識が薄い男子高校生が成人女性を喜ばせるデートの手法を知っているわけがない。
「うーん。そうですね。あんまりデートスポットとか詳しくないんですよね」
「ははは。キミらしいな。それだけストイックに自分の夢に向き合って努力しているということだ。恋愛している暇もないと言う奴だな」
「なに言ってるんですか。3Dデザイナーになるのは当然として、俺は師匠との時間も大切にしたいですよ。その……恋人関係を疎かにしてまで叶えたい夢なんてないんですから」
無自覚にさらっと操が喜ぶようなセリフを言ってのける琥珀。電話越しということで顔が見られる心配がない操の頬が緩みきってしまう。年上として師匠としての威厳を保ちたいと思っている操が決して見せようとしない表情だ。
「Amber君。私は時々キミという存在が恐ろしく感じる時があるよ」
「え? そういう意味ですか?」
「まあ、色々な才能を秘めていて末恐ろしいと言う意味だ。期待の裏返しとでも言うべきか。まあ、他意はないから気にしないでくれ」
そんな談笑をしている最中に琥珀はパソコンで近場のデートスポットについて調べていた。そんな時気になるものを見つけた。
「見るからにお洒落なカフェを見つけたんですけど……いかにも
「カップル割だと……」
世間一般に琥珀との関係を公認のものとする。そうしたシチュエーションを満たせるし、料金的にもお得なカップル割。操はすぐにでも食いつきたかったけれど、1つの障害があった。
「私、甘いものは苦手なんだ」
「あー。確かそんなこと言ってましたね。どれくらい苦手なんですか?」
「家族で誕生日会とかやるだろ? 当然ケーキが必要になってくるわけだけど、私は甘いケーキを食べられないから、甘さ控えめの奴しか食べられない。しかし、他の兄弟はそうではないからな。だから、私用のケーキと私以外が食べるケーキの2種類が用意されることになったんだ」
「へー。甘さ控えめのケーキとかあるんですね」
「ああ。本来は犬向けに作られたケーキだからな。そうしたものは甘さがそんなにないから助かってる」
「犬用のケーキ……? 誕生日に自分だけそれを出されたら、俺なら虐待を受けたって児童相談所に連絡するレベルですね」
「もちろん、人間が食べても平気だ。愛犬と一緒に食べる人もいるぞ」
いつもの琥珀節を軽くいなす操。最早、これくらいでは動じない程に2人の仲は深いものとなっているのだ。
「まあ、甘いものが苦手なら仕方ありませんね。1つの大きいパフェを2人で食べるみたいな感じで楽しそうだったんですけど」
その言葉にすぐさまに操が反応する。2人で食べるパフェ。それはもうパフェ以上に甘い展開になることは自明の理。カップルがお互いパフェを食べさせ合うという楽しい思い出にならないわけがない。そんな妄想が操の脳内を支配する。
「まあ、仕方ないな。Amber君がそこまで言うのなら、たまには甘いものを食べるのも悪くないかな」
「あ、そこまで言ってないんで無理しなくても良いですよ」
琥珀としては操の胸中を理解せずに、ただ苦手なものを無理矢理食べさせることはしたくない思いやりでの発言。でも、そういうとこやぞ。
「苦手なものでもたまに食べたくなる時ってないかな?」
「ないです」
「キミになくても私にあるんだよ。それに、私が付き合わなかったら、Amber君はそのパフェを食べる機会はないんじゃないのかな?」
当たり前の話だけれど、恋人は基本的に1人であり、他の異性と付き合うのは浮気に当たる。付き合うまではいかなくてもデートの時点でアウト。それ故に、恋人に断られた場合、2人で食べる前提の大きいパフェを食べる相手がいないという問題が発生する。女性といけば浮気だし、男性と行けばカップル割が適応されない上に
「まあ、そうですけど。そこまで食べたいものでも……」
「私がキミと一緒に食べたいんだよ!」
そこまで言わせる前に察しなさいよ! と恋愛アドバイザーが良いそうな程察しが悪い琥珀。これは間違いなく鑑定に出したら本物という結果が返ってくる。
「そうなんですか。それなら早く言ってくれればいいのに。それじゃあ、今度の休みの日に一緒に行きましょう」
「ああ。楽しみにしている」
◇
日曜日、琥珀と操は
メインの料理を食べ終わった頃、ついにこの時間がやってきた。
「師匠。それじゃあそろそろあのパフェを注文しますか」
「ああ」
操が緊張からか生唾をごくりと飲み込んだ。甘いものは食べられないほどではないが、やはりあまり得意ではない操。どちらかと言うと辛い食べ物が好きで、さっき食べた料理もペペロンチーノだった。
パフェを注文すると店員から「カップルですか?」と尋ねられた。琥珀は普通に、操はやや照れながら「そうです」と答えると割引価格が適応されたとのこと。
注文が受け付けてからしばらく待っていると店員がドデかいパフェと細長いスプーンを2つ持ってきた。
パフェはバニラアイスにたっぷりの生クリームとチョコレートソースがかかっていて、細長いウエハースが4本ほど刺さっている。容器の下の方には3層のフルーツソースが重なっていて味の変化を楽しめるようになっているようだ。
「これを食べるのか」
操は見た目からして甘いであろうパフェを見て唖然としている。自分1人だったら絶対に頼まないであろうそれを見て、少しの後悔を覚えている。
「大丈夫ですか? 無理そうなら俺1人で行きますけど……」
琥珀は食べ盛りな男子高校生。であるため、これくらいなら行けると言う謎の自信を持っていた。しかし、折角の恋人同士で食べるパフェ。操も引き下がるわけにはいかない。
「いや、食べる。大丈夫だ」
そうして、操はスプーンを手に取り、生クリームを掬い口に運ぶ。操の口の中に甘い味とチョコの香りが広がる。想像より甘さ控えめであったために何とか操でも食べられるレベルだった。
「うん……これくらいならいけそうだ」
「それは良かったですね。やっぱり2人で食べた方が美味しいですし」
そう言いながら琥珀もスプーンを手にしてパフェを一口食べる。その様子を見て、操はなにやらもじもじとし始めた。操の視線の先には琥珀の持っているスプーン
「ん? そんなに俺のスプーンを見て……まさか、師匠俺に食べさせて欲しいんですか?」
「え?」
図星を突かれた操。やはり年上の威厳と言うものがあり、男子高校生に甘えるような要求をするのは気が引けているというのもあり、中々言い出せなかった。しかし、ある意味チャンス。相手が察してくれたのならそれに乗っかるのは不自然じゃない。
「そ、そうだ! 食べさせてくれ!」
操が思いの外真剣だったことに対して琥珀は一瞬面を食らったけれど、彼の脳内では師匠が恥をしのんで頼んだことだと認識している。故に茶化すことはできない。この対応は間違いなく偽者である。
「わかりました。師匠のスプーンを貸してください」
操が持っていたスプーンを受け取り、パフェを掬う琥珀。それをゆっくりと操の口元へと持って行く。
操は覚悟を決めているが、逆に琥珀の方がこの状況に照れにも似た恥のようなものを感じている。まさか自分がこんなバカップルがやりそうなことをやるとは思わなかったのだ。
琥珀の「あーん」と言う合図と共に口を開けてパフェを食べる操。その表情は頬が緩み、目を細めて苦手なものを食べているとは思えないほどに幸せに満ちていた。
「な、なんか照れ臭いな……Amber君はどうだい? 私に食べさせて欲しいか?」
「あ、えっと……折角ですけど遠慮します……俺はまだその域には達していないというか……」
「そうか。まあ仕方ないか」
操は少し残念に思うも、それ以上に傷ついてはなかった。お互いの恋愛的な関係はまだ始まったばかりである。これからじっくりと仲を深めていけばいい。そう焦る必要はないと心に刻むのであった。
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