第2位 賀藤 琥珀/ショコラ

友人と分岐点

 琥珀がまだ中学生だった頃、3DCGに出会う前までは画家になる夢を諦めて無気力な毎日を過ごしていた。そんなある日の出来事だった。


 放課後になると琥珀は真っすぐ家に帰っていた。部活動もやっておらず、特に熱中しているものがない琥珀は家でただボーっとして過ごしている。しかし、今日は違った。


「なあ、琥珀。お前いつも家に帰って何してんだ?」


 琥珀のクラスメイトである三橋 光弥。サッカー部に所属しているものの未だに公式の試合に出場した経験はない。それでも毎日楽しくサッカーをしているある意味でメンタルが強い持ち主だ。


「何かしている……うーん。適当にテレビ見ながら時間潰しているかな」


「マジで? 昼すぎ頃のテレビってあんまりおもしろいのやってなくねえか?」


「じゃあ、ゲームしてる」


「じゃあって何だよ。お前面白いやつだな」


 気怠そうに答える琥珀に対して、三橋はケラケラと笑っている。琥珀は元々、人付き合いを嫌うタイプではなかった。でも、中学に上がり環境の変化に伴って、部活動をしてない琥珀は自分を異質な存在として捉えるようになっていたのだ。その内、小学生時代からの友人も寄り付かなくなって、中学生の時から新しく知り合った同級生にも距離を置かれている。しかし、そんな中、三橋は琥珀の無意識に張っている壁をぶち壊していた。


「琥珀。今日、俺ん家に来て遊ばないか? お前どうせヒマだろ?」


「三橋。お前部活あるんじゃないのか?」


「いや、今日は部活がない日だから遊べるドン」


「そうか。それじゃあ一緒に遊ぶか」


 どうせヒマだから。そんな理由で三橋と遊ぶことになった琥珀。この何気ない決断だったけれど、この選択が彼の人生において後に大きな意味を残すことになる。



「お邪魔します」


「おう、上がれ上がれ」


 三橋の部屋に入った琥珀。三橋の部屋はシンプルなもので、特に変わったものはなかった。強いて言えば、漫画しか入ってない本棚の上には誰のものか分からないサイン入りのサッカーボールが飾られているくらいである。その要素だけでこの部屋の持ち主はサッカーが好きであると推察できる。


「琥珀。お前、ゲームするんだよな?」


「まあ、人並にはな」


「それじゃあ、サッカーで対戦するか」


 三橋はサッカーゲームのパッケージを持ってニヤリと笑った。


「いいけど……俺、サッカーゲームをやったことないぞ」


「マジかよ。でも、サッカーのルールくらいは知ってるだろ?」


「キーパー以外は手を使っちゃいけないくらいしかルール知らないぞ」


「とりあえず、ボールを相手のゴールにシュートをすればいいとだけ覚えておけばなんとかなる」


 こうして、琥珀と三橋のサッカー対戦が始まった。サッカーのことについて詳しくない琥珀は指運で適当なサッカーチームを選択した。


「お、琥珀。お前中々良いチーム選ぶじゃねえか」


「そうなのか?」


「ははは。お前本当はサッカーのことわかってんじゃないのか?」


「いや、知らんけど」


 お互いがチームを選びスタジアムを選択したところで、キックオフのホイッスルが鳴った。


「おら!」


 三橋のチームが琥珀のゴールに向かって切り込んでいく。それに対して、琥珀のチームの選手がプレスをかけていく。


「く、中々やるな!」


 初心者とは思えない琥珀の指示に三橋は思わずパスを出した。しかし、琥珀のチームがそれをカットする。完全なビギナーズラックではあるが、現状では琥珀がかなり有利な状態だ。


 そのまま琥珀のチームのフォワードが三橋のゴール前まで待機する。そして、その選手にボールを持っている選手がパスを出した。


「行ける!」琥珀がそう確信したものの、三橋は慌てることなく状況を静観している。フォワードがパスを受け取った瞬間、ホイッスルが鳴った。


「へ?」


 画面に表示される“オフサイド”という文字。琥珀は状況を理解してなかった。


「琥珀。今のはどう見てもオフサイドだろ」


「いや、オフサイドってなんだよ。そんなローカルルールを押し付けてくんのかこのゲームは」


「ローカルルールじゃねえよ。全世界で採用されてる公式ルールだ」


 オフサイド。サッカーのルールは知らないけど、なんとなく言葉としては知っているルール部門ナンバーワン。初心者は大体オフサイドのルールを知らない。


「いいか? オフサイドって言うのは、オフサイドライン……まあ、相手のDFより後ろの所だな。そこのラインを超えた位置にいる選手が味方のパスを受け取ってはいけないというルールだ」


「なんでそんな面倒なルールがあるんだよ」


「このルールがなかったら、サッカーがクソゲー化するからだよ。ストライカーを相手のオフサイドポジションのところに配置して、その選手にパスを出すだけでキーパーと1対1の対決ができる。そんなのディフェンス側……特にキーパーからしたら、理不尽極まりない状況だ」


「じゃあどうすればいいんだよ」


「オフサイドポジションにいる選手にパス出さなきゃいいんじゃね?」


「なるほど。頭いいな」


 琥珀がオフサイドのルールをざっくりと理解したところで試合が再会した。三橋の猛攻で琥珀の陣営は追い詰められていく。そして、三橋チームのMFがロングパスを出して、FWがそれを受け取る。FWの前方にはキーパーしかいない。完全なタイマンの状態で、シュートが炸裂! 見事に琥珀チームのゴールを割り、得点した。


「よっし! ゴールゴールゴールゴォオオル!」


「三橋。ちょっと待ってくれ。今のオフサイドだろ」


「え? いや、オフサイドならそう判定されるはずだ。今のはセーフだ」


「でも、FWがオフサイドライン越えたところでパスを受け取ったぞ。どういうことだアレは!」


「ああ。パスを出した後で、FWが移動してオフサイドラインを超えてパスを受け取るのはセーフだ」


「なんだよ! それズルじゃん!」


 オフサイドのルールで難解な部分。サッカー初心者にルールを説明する時、初心者の9割がここで理解を放棄する仕様である。


「琥珀。走ると疲れるだろ? 途中で相手DFにカットされるかもしれないようなパスを毎回ダッシュで追いつこうとすると体力が持たない。だから、それくらい許してやれ」


「確かに……リスクに見合っていると言えばそうなるのか……知らんけど」


 オフサイドの難解さとある種の理不尽さを体感した琥珀。


「でも、ルールは覚えた。ここから逆転してやる」


「それはどうかな? サッカー部の俺に勝てると思うな!」


 その後、試合が進み、2-1でなぜか琥珀が勝った。


「汚いぞ! 琥珀! 2点取った時点で鳥かごしやがって!」


「いや、時間終了間近だったし、攻めにいくバカはいないだろ」


「お前……本当にそれでいいのか? 鳥かごで勝って楽しいか?」


「鳥かご使わずに負けるよりかは楽しいさ。ははは」


 青春サッカー漫画ならば、鳥かごを使っていた相手チームが主人公チームの説得に心動かされて、正々堂々と熱いサッカーをする展開になる……が、この賀藤 琥珀とか言う中学生は、スポーツに関して言えば、フェアなプレイをする精神性を持ち合わせてはいなかったのだ。


「あはは。まあいいや。琥珀。お前、ちゃんと笑えんじゃねえか」


「え?」


「教室で見ているとさ、お前の笑顔はなんかぎこちないと言うか、その場を取り繕うために笑っている感じがしたんだよな」


「そうかな……?」


 琥珀は完全にその自覚がなかった。夢を諦めて気力がなくなり、友人付き合いも希薄になったことで、人として大事なものが抜け落ちかけていたのだ。


「俺は小学生時代のお前を知らない。けど、聞いた話によると、琥珀は絵のコンクールかなんかで賞を獲ったのに、もう絵は描かないって言うんだろ」


 三橋の言葉に琥珀は言葉を失った。


「きっと、お前にも事情はあるんだろうけど……夢を諦めるってのは辛いんだろうなって思う。だけどさ、そんな状況でもさっきみたいに笑えば、また別の夢が見つかるかもしれない。だから、ほら。教室でも今みたいに笑え」


「ああ……わかったよ三橋。いつまでも不貞腐れてないで、ちゃんと前を向くよ」


 このことをきっかけに、琥珀は完全に気力を取り戻すまでには至らなかったが、少なくとも亀裂が入りかけた友人関係は修復していった。この時の琥珀はまだ知らないが、後に三橋の言葉通りに新しい夢を見つけることとなる。


 たった1日。友人と遊んだだけで、大きな人生の分岐点となった。そういう日だったのだ。

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