エレキオーシャンの打ち上げ
「行くよおおおお! 次の曲はブラッティータイムだあああ!!」
エレキオーシャンのボーカルのMIYAが観客に向けて叫び出す。当初の打ち合わせ通りに他のメンバーが演奏を開始する。エレキオーシャンの屈指の人気曲のライブで観客たちは大盛り上がり。観客の中にメンバーのマリリンの弟の同級生、政井 夏帆がいる。普段はクールな振る舞いをしている彼女だが、推しのライブの時は観客たちに馴染むくらいにテンションを上げている。
◇
「それじゃあ、みんなお疲れー! 今日のライブも良かったね」
真鈴がそう言うとエレキオーシャンの4人はグラスを乾杯した。ライブの後は決まって居酒屋で打ち上げをするのがこのバンドの通例となっている。
生ビールを一気飲みをする真鈴。「ぷはー」と親父臭い吐息を漏らして頬を紅潮させた。
「リゼ~。リゼ~」
隣にいる操に絡みだした真鈴。操は内心鬱陶しさを覚えながらも、酒の席なので相手にすることにした。
「真鈴。序盤からペース上げ過ぎじゃないのか? 酔いつぶれても私は知らないぞ」
「ふへ~。私は大丈夫なのだ」
「リゼの言う通りですよ。マリリン。若い内から肝臓にダメージを与えると歳をとった時に辛い想いをするのは自分ですから」
エレキオーシャンのドラム担当にして、メンバー内で最も理知的なフミカが真鈴をたしなめる。しかし、それで言うことを聞くのであれば、とっくの昔にバカは治っている。他人の忠告を聞く頭がないのは生まれつきだからしょうがない。一定以上の知能がなければ、頭を良くする機会にすら恵まれないのだ。
「ねえ、リゼ~。あんた何か良いことあったんじゃないの~」
真鈴が操の顔を下から覗き込むようにして、ねっとりとした感じで聞いてきた。実際、操は恋が実るという良いことがあったばかりなのである。
「な、なにを言うのか! 真鈴、お前ってやつは……!」
「あはは。リゼさん隠し事するの下手すぎ~。それじゃあ、マリリンですら騙せないよ」
MIYAが無邪気に横やりを入れてくる。人懐っこくて無邪気なMIYAにすら嘘が見破られたことに操はショックを隠せない。
「うう。ああ、わかったよ。正直に話してやる。私は最近、やっと好きな人と結ばれたんだ」
酒のせいではない顔の赤らみ。操はしばらく秘密にしておこうと思ったことを意図も容易く白日の下に晒されてしまったのだ。
「あはは。やっぱり~リゼのギターの音がちょっと軽かったからね~。いつもはもうちょっと重い感じだったから違和感があったんだ。だから、良いことがあったのかなって」
感覚だけで生きている真鈴とかいう珍獣。その耳は人間の耳よりも優れていて、楽器を出す人の気持ちも察知してしまうほどである。耳の良さと感受性の高さが相まって得た彼女の数少ない特技の1つである。
「ねえねえ。リゼさん。その相手ってどんな人?」
MIYAが興味津々と身を乗り出して訊いてきた。フミカは操の想い人が誰か検討がついているが故に黙って静観をしている。
「どんな人と言われても……なあ」
操は思わず真鈴の方をチラリと見た。この謎の生物の弟。それが操の想い人にて恋人になった相手。しかし、本人を前にしてそれを言うのは抵抗がある。
「え? なになに? 私の知ってる人? おせーて。おせーてよ。リゼ」
真鈴が操の肩を掴んでゆすり始める。これは逃げられないと悟った操は正直に答えるしかないと思った。
「わ、わかった。言うからゆするのをやめろ」
「あーい。あ、すみません。店員さん。生中1つ」
このタイミングで追加注文を頼む真鈴。自由過ぎる行動に操は呆れつつも、「こほん」と咳払いをして意を決して話をはじめる。
「実はな……私が今付き合っている人はこの中のメンバーの家族なんだ」
「え、そうなの? 誰の家族?」
MIYAが首を傾げる。ちょっと予想外の回答に驚きながらも興味を示すMIYA。
「それは……真鈴の弟だ」
「ふぇ!? え? 琥珀と付き合ってるの? リゼが? え?」
完全に予想外の射撃を食らった真鈴は目を丸くしている。それに対して、自分の弟でなくて良かったと心の中で胸を撫でおろしたMIYA。全てを知っていたフミカ。その三者三葉のリアクションが混ざる現場は混沌を極めた。
「え? あの琥珀と? え? 弟はまだ高校生……? しかも高校1年生? え? 去年まで中学生だったんだよ? え?」
ただでさえ悪い頭に理解が追い付かない情報を流し込まれたことにより、混乱する真鈴。そして、店員が生中を持ってきた。それを見た真鈴はジョッキを一気に飲み干して、荒々しくジョッキをテーブルに置いた。
「真鈴。お酒の一気飲みは体に毒ですよ」
「飲まなきゃやってられるかってんだ。へ!」
なぜか不貞腐れる真鈴。一応、将来の義姉になるかもしれない人間の機嫌を損ねたことであたふたとしてしまう操。
「ま、真鈴……? やっぱり、私が付き合うのはまずかったか?」
「そういうことじゃないの! 確かに、私より後に生まれた癖に先に恋人を作って、そこはちょっとアレだけど、中学生の妹に先を越されるよりかは許せるから全然構わない。問題はリゼ! あんただよ!」
真鈴はビシっと操を指さす。いきなりの真鈴の行動に操は思わずビクっとしてしまう。まるで探偵に犯行を暴かれる犯人のような気分になった。
「な、ん、で! 私に一言相談しなかったのよぉ! 普通、先に姉に話を通すもんでしょうが! こそこそと人の弟を付け回してくっついてんじゃないよ!」
「あ、いや……別に付け回したつもりはないんだけど……」
「でも、そんなの関係ねえ! 私を完全にハブったことが問題なの! 2人の共通の知り合いなのに、私が関わらなかったの、なんか寂しい!」
語彙力よわよわながらも感情をぶつける素直な真鈴。真鈴に相談したところで、無駄どころか状況が悪化してしまうと思ったから。操の意見はそれであったが、流石にそのまま言うわけにはいかない。確かに、話を通さなかった操にも落ち度はあるのかもしれないと、彼女は思い始めた。
「すまない真鈴。悪気はなかったんだ。でも、お前の弟を好きになったなんて言うのはちょっと恥ずかしくてな」
「なによ! ウチの弟が恥ずかしいっていうの?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「恥ずかしいのはお前が義姉になることだよ」と琥珀イズムを持つものならそう言うであろうが、操はいくら相手が真鈴であっても一線を越えた発言はしない。
「まあ、でも……リゼに恋人ができたことは素直に嬉しいし、それは友達として祝ってあげたい」
「真鈴……ありがとう」
「というわけで、おめでとうついでに今回の会計はリゼ持ちで」
「きゃはは。出た。マリリンの謎理論」
MIYAが楽しそうにケラケラと笑う。面白ければ比較的何でも良いと思う性格のMIYA。実は最も真鈴と波長が合う人物なのかもしれない。
「まあ、それはおいといて今日はめでたいから飲むぞー」
真鈴はまた酒を飲もうとメニューのアルコール欄を見始めた。やはり、ショコラの魂の姉とだけあってアルコールとの親和性はそれなりにあるのかもしれない。喜の感情が爆発してしまいロクなことにならないのは明白。段々と真鈴の意識は薄れていき……?
◇
ズキズキと頭を殴られるような感覚で目が覚めた真鈴。周囲を見ると、そこは居酒屋ではなくて自分の防音機能付きのゴミ屋敷だった。
「うう……頭痛い。あれ? なんで私自分の家にいるの? 昨日はたしか……ライブの打ち上げをしたんだっけ。そして、リゼの話になって……なんだっけ? 何の話をしたんだっけ?」
自分の弟とバドメンバーが付き合ってる。その衝撃的な事実を忘れたという衝撃的な事実がここに明らかになった。人間は忘れることで前に進める生き物だと論ずる哲学者もいるとかいないとか。重要なことを寝たらすぐに忘れてしまう、この生物が猪突猛進な性格なのは自明の理だったのかもしれない……
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